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「ひな、部屋に着いたよ。ドア、開けるね?」
「うん」
いつもの慣れた部屋のはずなのに、この日初めて案内されたのではないかと違和感を覚えるほど、ひなは自分の部屋である心地がしなかった。視覚を奪われただけなのに、こんなにも人生が変わってしまうとは、予想していなかった。そのため、不安と少しばかりの恐怖が入り混じった。
「大丈夫だよ、ひな! 私もパパもママもついているから。安心して?」
「みとちゃん、ありがとう」
「幼馴染なんだから、そんなの当たり前だよ。それに、この村に残る数少ないヒナドリの仲間」
「うん……そうだね」
「おやすみ、ひな」
「おやすみなさい、みとちゃん」
ふたりは布団にもぐって暖を取った。真っ白な翼を折りたたみ眠る姿は、まるで天使がそこに居るかのように錯覚する。
はじめは不安で、胸がドキドキして眠れなかったひなだが、それを察したみとはひなの手をそっと優しく握った。思わずハッとして、ひなは目隠しの中で目を開けた。視界は相変わらず暗い。
「ひな、大丈夫。ひなは私が守るから」
「……みとちゃん」
「ゆっくり眠らないと。明日からは、畑にも出かけるよ?」
「うん」
「今度こそ、おやすみ」
「うん」
目隠しの中でゆっくり目を閉じる。右手からはみとの温もりが伝わり、とくん、とくんと鼓動が伝わって来た。それによって安心感を得られ、ひなはすぐに眠りについた。
その日の深夜遅くのこと。
「賊の襲撃だ!」
カンカンカン!
警報の鐘が鳴る。
パチパチと火の粉が躍る音が響き、多くの足音も響いて来た。慌ててひなもみとも目を覚ます。
「賊!?」
「みとちゃん! どうしよう……私たち、殺されちゃうの!?」
「目隠しは決して外しちゃダメだからね、ひな。これは、掟だから」
みとの声は、何故か冷静さを保っていた。不安に煽られるひなを必死に落ち着かせようとしているのかもしれない。ひなの手を握る手は汗ばみ、緊張から乾いた口の中、ごくりと息を呑む。
「みと、ひなちゃん! あなたたちは、ここに隠れていなさい! きっと、私たちがあなたたちを守ってみせるわ」
「ママ!」
「ぐわぁぁぁぁ!」
遠くの部屋から、男性の断末魔が聞こえた。他でもない、みとの父の声だった。
「パパっ!」
瞬時に聞き分け、現状を把握したみとは、すくっと立ち上がるとひなから手を離した。見えてはいないはずなのに、まるで今起きていることを全て見ているかのように、みとは現状を理解していた。子どもである自分とひなを奥の部屋に隠し、入口で防戦していた父は、賊に斬られたのだ。目隠しを外している大人は、インプリンティングには適応されない。戦士として戦い、散ることが許されている。しかし、まだ未熟であるみととひなは、目隠しを外すことが叶わなかった。
死を前にしても、掟を守らなければならないのか。
ひなは疑問視した。
「みとちゃん、目隠しを外して私たちも戦おう!? このままじゃ、みんな殺されちゃうよ! 私たちも死んじゃう!」
「……でも、長様がお許しにはならない!」
「命と掟、どっちが大事!? 私は、命だと思う!」
「……ひな」
「ダメよ、ひなちゃん、みと。ここは母さんたちがなんとかするから。あなたたちは、掟を守ってこれからもここで生きていくの。それが、私たちヒナドリの……」
バシュ……。
嫌な音が響いた。
きっと、この音、この臭いをひなは一生忘れない。
「イヤァァァ、ママっ!」
「やっと見つけたぜ、ヒナドリの子どもをな」
「み、みとちゃん!」
「よくも……よくも、パパとママを!」
賊の姿は見えていない。何人で押しかけて来たのかもわからない。でも、外からは複数の靴音が響いていた。この部屋にも、何人が入って来たのか分からない。
ひなは、恐怖で動くことが出来なかった。そのひなを置いて、みとは枕元に置いていた護身用の短剣を持ち、賊に向かって斬りかかった。
「パパとママの仇!」
「おっと、子どもは捕獲対象なんで、手荒な真似はしたくねぇなぁ」
「はぁぁぁぁ!」
キン!
金属と金属がぶつかりあう音が響いた。ひなは咄嗟に両手で耳を塞いだ。
(怖い、怖い、怖い……誰か、助けて!)
「だけど、子どもはひとり居れば十分だな。うるさいガキは嫌いなんでね」
ドス……。
「うっ……ぁ…………」
「み、みと……ちゃん?」
「……ひ、な……逃げ、て……」
ドサ。
床に落ちる大きな音。ひなは、察するしかなかった。
「い、嫌だ! みとちゃん、死んだらダメだよ!」
「さぁ、お前さんは選ばれたんだ。その眼を見せてくれよ」
耳元で声がする。ゾクっと身体が震え、硬直した。ひなの目に厳重に巻かれたばかりの目隠しは、賊の剣の切っ先によって切られ、はらりと布が落ちた。目を開いた瞬間、目と鼻の先には見知らぬ男性が座っていた。
目と目が合った瞬間。
ひなの身体には、稲妻が落ちるような衝撃が走った。




