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ひなは、十歳になるまでヒナドリの村で幸せに暮らしていた。確かに大人が少ない世界だったし、ひなの両親も既に他界していた。そのため、ひなは隣に住んでいた幼馴染のヒナドリのご両親に支えてもらっていた。
長老に目隠しをされてから、ひなは幼馴染に支えられながら家に帰って来た。
「ひなも、目隠しの儀式を終えたんだね」
「うん。真っ暗で何もみえないよ。ちょっと怖い」
「大丈夫。ちょっとずつ暗闇には慣れるから。それに、視覚がない分、他の五感が働くようになって、不自由なく暮らせるようになるよ」
「そうなの? みとちゃん」
「私、目隠し歴二年だもん! 経験者は語る、だよ」
「うん、そうだね」
ひなは不安げに口元に笑みを浮かべ、椅子に座った。幼馴染のみとも席に座ると、大人であるみとのご両親があったかいスープを入れてくれた。大人になったヒナドリは、目隠しを外してもいいことになっている。「インプリンティング」の掟は、子どもにしか当てはまらないからである。目隠しの外れた大人のヒナドリは、戦士族としても扱われ、人間は恐怖を抱いていた。今のヒナドリたちは、自分たちの小さな故郷から出ることは滅多になく、人間世界を襲うこともなかったが、昔はヒナドリの戦士族が人間と戦争していた経緯があり、未だに冷戦状態が続いているのだ。
ヒナドリたちは、もう二度と争わないという誓いを立てるためにも、目隠しの儀を行うことにした。
大人になってから目隠しを外すのは、子どもたちを守るためには力が必要だからである。ただし、寿命が短いヒナドリは、大人になってからどれだけの間子どもたちを守れるのか、気が気でない。みとのご両親も、年老いてきている。背中に生えた羽根も、折れはじめていた。これでは、空を飛ぶことは出来そうになさそうだ。
「ひなちゃんも、十歳になったんだね。おめでとう」
「ありがとうございます」
みとのご両親は、この日のためにケーキを用意してくれていた。そのケーキを拝むことは出来ないが、甘い香りがふんわり鼻に届いた。これが、五感が働くということかと、ひなは実感する。
「ひな、お誕生日おめでとう!」
「ありがとうございます」
「さぁ、食事にしましょう。ひなちゃん、はじめは食べにくいでしょう? 手で感触をつかみながら、少しずつ口に入れてくださいね」
「わかりました、おばさま」
みとのご両親は、ふたりとも健在だった。老いて来てはいるものの、まだまだ元気そうだ。早くに両親を亡くしたひなにとって、ちょっぴり羨ましくも思えた。でも、実の娘のように可愛がってくれるふたりには、感謝しかない。
「いっぱい食べて、ゆっくりお休み。暗闇の世界は、不安もいっぱいだろうからね」
「おじさま……はい。今まで見えていたものが見えなくなってしまって、とても不安です」
「成人まで生き延びたら、また色ある世界を見ることは出来るから。それまでの辛抱だよ」
「おばさまも、儀式を受けたのですよね」
「あぁ、もちろんだよ」
みんなが一緒の道を歩んで来ているのであれば、心強い。ひなはそう思うことにした。手探りでスープの皿を探し、両手で支えてこくこく飲み干す。ケーキは切り分けられたみたいで、ひなの前にも置かれていた。それを手掴みで少しずつ口に運んだ。
「お味はどうだい?」
「とてもおいしいです」
「ひな! 今日からは一緒に寝よう? ひとりじゃ不安でしょ?」
「みとちゃん。うん、そうさせてもらえると嬉しいな」
「それはいい案だ。ふたりで仲良く休みなさい」
「はい」
ふたつ年上のみとは、既に儀式を受け、暗闇にもすっかり慣れている様子だ。先輩が隣に居てくれたら心強い。ひなは食事を終えるとみとの手を握った。
「もう寝る?」
「うん。ちょっと、疲れちゃった」
「神経使ってるからね。パパ、ママ、私たち先に寝るね!」
「えぇ、おやすみなさい。みと、ひなちゃん」
「おやすみなさい、おじさま、おばさま」
挨拶を済ませると、景色が見えていないはずなのに、みとは迷うことなく自室に向かって歩き出した。ひなは、よろよろと不安げに一歩を踏み出す。みとの手をしっかり握り、時折壁にぶつかりながら進んだ。




