鬼にお悩み相談 ②
男はイスに座って言った。
「少し長くなるが、おれの話を聞いてくれるか?」
鉄格子の中に重り付きで捕らわれている身に、選択しなどない。
男は話し始めた。
「おれはよお、ここのリーダーと一緒に転移してきたんだけどな、転移する前は学生でリーダーと幼なじみだったんだ。ある日気づいたらこの世界に来ていて、よく分からないままおれはこの街の副リーダーなんかやってよぉ。おれはなぁ、ただ舞と一緒に過ごしたかった。昔は金持ちになって舞を幸せにしたいとか思ってたけど、今は細々でもいい。舞と一緒に過ごせたらなんだっていいんだ。でもな、この気持ちなんて伝えたらいい?分かんなくってさぁ。今さらおれの気持ちを断られたらどうしたらいいんだろう、なんて柄にもなく考えてしまうんだよ。なぁ、おれはどうしたらいいと思う?」
・・・
「なぁ、聞いてるか?おれはどうしたらいいと思う?」
危ない危ない。
もう少しで意識が飛ぶところだった。
聞いてたぞ。うん、ちゃんと聞いてた。
要するに、こいつはリーダーに想いを伝えたいわけであって、長年一緒だからこそ言いづらいんだろ。
何かきっかけさえあればいいのだけど。
バタバタバタバタ
慌ただしい足音と共にドアが強く開かれた。
(ついさっきもこんなことあったぞ。)
「兄貴!!リーダーがやばいっす!」
副リーダーの拳一は血相を変えて部屋を出ていったことにより、おれとネフルだけが取り残され、静かな時間がしばらく続いた。
そんな空気の中、マチカ達が帰ってきた。
マチカの後ろからウリボーのリックが突進してきて、おれは突き倒された。
犬のマチカに舐め回され、羊のイルコスにはモフられ、されるがままだ。
表現の仕方はそれぞれだが、懐いてくれるのはうれしい。
「ほかにひといた?」
「ワン!」
おれが聞くと、マチカはおれを踏み台にして、天井に向かってジャンプしながら返事をした。
最初は舞い上がって遊んでいるだけかと思ったが、上に人がいるって意味ではないかと解釈をした。
おれが召喚獣達と戯れていると、部屋のドアがゆっくりと開いて、たくさんの人が入ってきた。
老若男女関係なく子ども達もいる。
順番に鉄格子の中に入れられ、最後に拳一が入れられた。
見た感じ拳一は意識を失っている様だった。
全ての人を鉄格子に入れ終わり、用事が済んだ者達は部屋を出ていった。
彼らがどこの誰かは分からないが、その間も気にせず、おれとネフルは悠長に召喚獣達とじゃれていた。
意外とネフルも動物好きらしい。
今連れてこられた人達は皆暗く、諦めた様な目をしている。
口々に聞こえるのは
「終わったな」 「楽に死ねるかな」
など悲観的な言葉だった。
その中に一言。
「こんな関係の無い親子まで巻き込んで…どうしようもないリーダー達だね」
という、おばちゃんの声だった。
それはおれ達のことだろう。
親子ではないがそう見えても不思議ではない。
リーダー黒蝶 舞。街を良くしたいとは言っていたが、この言われ方から察するにおばちゃんは街の人だろう。
そういえば拳一は目の前の鉄格子にいるけど、リーダーは見てないな。
違和感を感じながら見回すと、隣のネフルが頭部の布をはぐろうとしていた。
おれは止めようとするが間に合わない。
「おれ達がここにいるのは、おまえ達のリーダーがおれの正体に気づいたからだ。そしておれは気が立っている。黙ってろ。」
空気が凍りついた。
鬼の姿を見た街の人達は、口を閉じ静かになった。
一部気絶している人もいるみたいだが。
それでも1人恐る恐る口を開いた者がいた。
「鬼なら強いんでガスよね?リーダーを‥リーダーを、助けて…ほしいんでガスよ」
小太りの男は怯えながら、鬼のネフルに頼んだ。
ネフルが黙っていると男は話を続けた。
「おらはベンゼン。村で育ったんでガスけど、15歳の時、朝起きたら村のみんなが倒れてたでガスよ。原因が分からないまま1人取り残されたおらが、どうしたらいいか分からなくて途方に暮れていた時、リーダーが助けてくれたでガスよ。おらが今死なないでいるのは、リーダーのおかげなんでガスよ。頼むでガスよ!リーダーを助けてくれでガスよ」
男は必死に鬼に訴えた。
その話を聞いた鬼は、少し悩む素振りを見せた後、おれの方を一目見て答えた。
「無理だな。」
それを聞いたベンゼンはしっかり握っていた鉄格子から手が離れ、膝から崩れ落ちた。
そして鬼は言葉を続けた。
「見ての通り、おれはここで重りも付いて出られない。おまえ達のリーダーがこうしたんだ。どうして助ける義理がある」
ネフルの発言に少し矛盾を感じた。
助けるのは無理だと言ったが、その前は鬼の正体を明かしてリーダーを庇った。
どうしたいのか、おれには全く理解ができなかった。
「なんででガスか。鬼なんでガスよね?強いんでガスよね?リーダーを助けてくれでガスよ。おらの命の恩人なんでガスよ。」
最初のビビりはどこへ行ったのか。諦めずに説得を続けた。
しかし、
「うるさい!!」
ネフルが耐えきれず怒鳴った。
すさまじい圧力により、ベンゼンは再び怯えている。
「そんなに言うならおまえが行けばいいじゃないか。人に頼むばかりじゃなくて自分で行けよ。」
全くその通りだ。
でもどうせ、おれは弱いからとか、無理だとか、逃げる理由を並べてくるんだろうよ。
「分かったでガスよ。それならおらがリーダーを助けに行くでガス。」
予想外の返事をしたベンゼンは、鉄格子を力いっぱい広げようとした。
だがそう簡単に出れるわけがない。
少しがんばって、体を通そうとしてみるが通らない。
それの繰り返しを街の人であろう者達が冷たい目で見ている。
「出たところでどうせ殺されるんだ」
なんて声も聞こえる。
「おい、リーダーを助けてやろうか?」
ネフルがベンゼンに提案をした。
ベンゼンは血だらけになった手を止め、泣きながらネフルに頼んだ。
「お願いします」
今までの口癖のガスが無くなってるが、そんなことは気にならない程ベンゼンは必死だった。
「だが、さっきも言った様におれには無理だ。だからこいつに行ってもらう」
そういってネフルはおれを指差した。
阿呆かよ。
他の人も思ったようで、
「息子を見殺しにするのか」「あいつのやばさを知らないのか」
と意識ある者達の声が飛び交う。
「こいつなら大丈夫だ。行ってこい」
ネフルはおれに向かって言うと、布を巻き直し壁にもたれるように座った。
敵がどんな人達か分からないけど、人族なら勝てると思う。
闘技場の事を思い出して自分を鼓舞する。
おれだってリーダーは助けたい。
できるなら街の人達とより良い街を作ってほしい。
おれは足の重りを刀で断ち切り、従魔と共に鉄格子を出た。
赤ちゃんボディなので、枷さえなければ通れる。
ベンゼンの前に立ち「まかせて」と一言、格好つけて言って部屋を出た。




