危険を感じる初日
朝が来た。
大きなベッドの上で目が覚めると、立派な角を持った魔王が寝ている。寝返りもできないおれは、ただ上を見ている。
(夢ではなかったか。まだ実感はないなあ。)
魔王が寝ている間に少し試したいことがあった。
召喚魔法だ。まずはうさぎをもう一度召喚してみる。
(うさぎ、カモーン!)
側にある台の上に魔方陣が光り、小さな白うさぎが現れた。うさぎは魔王を見て怯えている。
(うさぎさんや、魔王は今いいから私の質問に答えてくれるかな?)
うさぎは静かに頷く。
(うさぎさんお話しできる?)
首を横にふられた。
これはまずい。質問には答えてくれるが話せないとなると、問い方を考えなければ。っていうか念話って一方通行なんかい。
(いつかはお話しできる?)
「キュ」
小さい声で返事が来た。肯定しているみたいだが、音が発せるなら言語として翻訳できないのか?
そもそも魔人は翻訳できていたのか?
うさぎの鳴き声を言葉だと思うことにしよう。
その前に大切なことを忘れていた。
(うさぎさん、なんて名前なの?)
「名前ないです。でも、欲しいです」
キターーー!!
うさぎ言語理解!
翻訳に成功した。鳴き声ではなくうさぎ語と思えば翻訳できるわけだ。これは大きな収穫だぞ。
名前をつけてやらんとだな。
(うさぎ、君の名前は今から【ラパン】でどうだ?)
「ありがとうございます。名前うれしいです。」
安直ではあるが、この間まで働いていたお店の名前だ。ありがちで捻りもないけど、思い出のある名前。側に置くには丁度よかった。
話せるならたくさん聞きたいことがある。
魔王が起きる前に聞いておこう。
(ねぇ、ラパン。他の動物も召喚できるの?)
「できます。でも呼びかけが必要です。私だけ例外ですが、普通は呼び掛けてコストを支払う必要があります。碧様の場合、魔力をコストとして支払うことになります。」
(ほう。魔力ってどれだけあるの?)
「碧様の現在の魔力量は10です。魔力をたくさん使うと、魔力総量が増えます。減った魔力は時間で回復します。個人差がありますが、碧様は毎秒10%回復します。」
めっちゃくちゃ丁寧に話してくれるじゃん。翻訳なかったら キュ? ってしか聞こえんかった。
そうだ。
(それと、おれこの世界で名前変える。今日からおれは【つかさ】。それでよろしくな、ラパン。)
神からの使者ならぬ司者。なんつってな
自分で言っておきながら意味わからん。
「分かりました。つかさ様。よろしくお願いします。」
やさしい卯だわ
こうしてうさぎとの話が一区切りした頃、魔王が起きた。
ラパンは今にも逃げそうに震えている。なんとかしなければ。
キュ。がいけるなら、おれの赤ちゃん語も訳せるだろ、
「あ、あーうー」
訳せなかった。しかも長くは喋れん。
だが、なにか伝わったのか魔王はうさぎとおれを抱え部屋を移動した。
念話なら伝わったのかな。次試してみよう。
お腹空いた。
魔王に連れられ広い部屋に着いた。
長方形のテーブルと椅子が5脚置かれている。一番奥の豪華な椅子に魔王は腰かけ、おれを抱えている。ラパンはテーブルの上で怯えている。
少し沈黙の時間が続いていると、ドアが開き人が入ってきた。空いている椅子に4人が座り、早々に1人の男が口を開く。
「パトラ、その子どもとうさぎはなんだ」
まあそうなるよね。
男は魔王に聞いた。
だがおれは、そんなことより腹が減っている。
「昨日ヒューマンの子どもを拾った。うさぎは朝起きたらこの赤ん坊と一緒にいた。」
「うさぎはまだしも、その赤子をどうするつもり?」
次は女の声だ。
産まれたての視力ではなにも見えないが、今は姿より腹が減ったことの方が問題だわ。
「私が育てる。」
もう無理だ。空腹の限界だ。
念話を使ってみよう。
(魔王さーん、お腹空きましたー。)
しーーん。。
使えねぇ。もういい!泣く
おれは全力で泣いた。
「あらあら、赤子が泣いてますけど。魔王になんとかできるのかしら。」
また別の女の声が聞こえたが、今はどうでもいい。ミルクをくれ。
おれが全力で泣いていると魔王が使用人を呼び、なにか伝えている。
これで、ひと安心。
ではなかった。
生肉のブロックが出された。
え?
赤ちゃんって生肉食べれるの?
歯がないよ?無理じゃない?
お肉が口に迫ってくる。微力ながら必死に抵抗してみた。
すると、魔王は魔法を使って肉を焼いた。
そういう問題じゃねぇ!!
無理無理無理無理。
そんなことをしていると、別の使用人がなにやら違うものを持ってきた。
コップと飲み物だ。
なんの飲み物かは知らんが肉よりはマシだ。
(ラパン、あのコップ哺乳瓶に変えれないかな)
テーブルで息を殺し、小さくなっていたうさぎにおれは頼んだ。
こっちは既に生死がかかってるんだよ。
ラパンは動くことなく、魔法でコップを哺乳瓶に変えてくれた。
魔王は不思議そうだったが、飲み物を哺乳瓶に移し、飲ませてくれた。
うまい。 生き返るぅ
なんか内側から力が湧いてくる感じがする。
「多くの生物は親からエサをもらう。ヒューマンが幼いときには、ミルクを飲ませるそうだぞ。パトラがんばれよ。」
そんな男の声が聞こえた。
ありがとう、男の人。
なんとか食事の問題は解決した。泣きつかれて、お腹は満たされ、おれはまた寝る。おれが眠りに落ちるその前にラパンは消えた。
ラパンはやっていけるんかな。
こうして問題が1つ解決して、朝寝をする。
目が覚めると魔王の寝室だった。
(ラパン、出てきて)
例のごとく、小さな白うさぎがでてくる。
(ラパンさんや、視界が悪いのをなんとかなりませんかな)
(分かりました。視覚強化の魔法をかけておきますね。つかさ様の魔力を毎秒10%ずつ消費します。少しの間、目を閉じていてください)
目を閉じると少し温かい感じがした。
たしか魔力は毎秒10%回復だから、実質0だな。
というか、念話が伝わるならうさぎ語理解必要なかったな。
(ねぇラパン。念話っておれ達しか使えないの?)
(そんなことはありません。恐らく、つかさ様からの受け入れ態勢が整ってないだけだと思われます。)
じゃあ今は使えないわけだ。
どうにか伝えれたら楽なんだけどな。
なんだよ、受け入れ態勢って。と、思うおれが間違っているのだろうか。
寝室のドアが開く音がした。
魔王が近くまできて、うさぎを肩に乗せ、おれを抱き抱えた。
よく見えるから分かる。角がやっぱすごいし、この魔王でかい。抱えられて見える景色が体感2mぐらいはある。
「外に出るぞ」
魔王と共に外に出ることになった。
魔王に抱っこされている。辺りを見回す。辺りが見回せる。丈夫な身体のオプションをつけていたおかげか、転生したての赤ちゃんのはずだが首や腰に問題ない。
城の外にあるグラウンドのような広い場所で、魔族達が戦っている。模擬戦のようだ。武器無しで殴り合っているのでケンカにも見える。
戦いを見ていた周りの一部が魔王に気づいた。
「「魔王様お疲れさまです」」
しっかり統率されている感じがした。
すると、一番偉そうな人が近づいてきた。魔王よりは小さいけど、この人も他の魔族よりでかい。
「プチ、こいつが大きくなったら稽古を頼むぞ。先の話ではあるがな」
「それまで生きていたらな」
このでかいの、プチって名前なの?
魔王よりは小さいけど大分でかいよ。
抱えられたおれと同じ目線で威圧感が怖い。
しかもおれ、あの魔族の殴り合いに参加予定なの大丈夫か?
不安だわ~。
そんなおれの気持ちに気づけるはずもなく、魔王は違う場所へ歩みを進めた。
同じ敷地内に別の館があり、中に入る。
たくさん部屋があるのを無視して2階の奥の部屋まで進んだ。
中には白衣を着用した、いかにも研究員っぽい女性がいた。
「魔王がわざわざ人の子と何か用事?サンプル提供とか?」
「こいつらの周知を兼ねた散歩だ。自衛ができない間、私無しでの接触は厳禁だからな。」
この白衣の人、危険人物なんだ。
できるだけ1人では会わないようにしよう。抱かれている間は大丈夫なんだろうけど。
研究員の女性は、別の人に呼ばれどこかへ行ってしまった。それと同時に魔王はまた別のところへ向かう。
城を出て、左側の門から街を出る。城下町ではたくさんの魔族が魔王に何か言っている。すごく慕われているようだ。魔王もそれに応えるようにファンサはバッチリ。
門をくぐり少し行った先の広い土地に、様々な動物が放牧されている場所に来た。
少し先にある建物からなにかがゆっくり飛んでくる。
「あらあら、魔王様ミルクですか?」
「定期的に城に送っておいてくれ。こいつの食事になるようだからな。」
「ヒューマンの子ですからね。成長が楽しみです。」
朝食のミルクを作ってくれた女神様だったみたいだ。
その節はありがとうございました!
「魔王様こちらを。ひとまず本日分でございます。」
また建物から人が飛んできて、魔王にケースを渡した。 ミルクだ
(ラパン、瓶を頼む)
おれの上に哺乳瓶が現れると、魔王はさっそくミルクを注いでくれた。
さっそく飲むと、その間に別れを済ませ次に行くみたいだった。女神様がいなくなると魔王の近くに魔方陣、その上から黒く大きなドラゴンが現れた。
魔王が背に乗ると、飛んだ。
急に高く飛ぶとビビってミルクが止まってしまう。
街を越え少し進むと、ドラゴンは地面に降りて消えていった。
小便ちびったわ。まぁオムツなんてなく、全身を気休め程度の布が巻かれているだけなんですけどね。
今度は魔法の演習場のようだ。
たくさんの魔法が飛び交っている。
1人の男がこっちにきた。
「どうした、パトラ。特別講師か?」
「こいつを育てるなら、みなに知っておいてもらわねばならんからな。メリアスもこいつに魔法を頼むぞ」
たぶんこの感じ朝の4人に会ってたんだな。
この人は側頭部から正面に向かって、角が生えている。
おれは手にあるミルクを思いだし残りを飲み進めた。その間になにやら話していたがミルクに勝るものなし。
しかもこのミルクうますぎるし、飲む度に体の中から何かを感じる。
ミルクを飲み終えるとまた、眠ってしまった。
起きてはミルク。飲んでは寝る。
赤ちゃんのおれにできることは、その繰り返しだけだった