第30話 キミのシンカ ジョウジュシャ(成就者)
チトセは目を開ける。そして眩しさの中で徐々に視界が鮮明になっていく。すると、その先には結の描いた絵が見える。
彼は訳が分からない。彼は飛び起き周囲を見回す。昨日、彼が眠りにつく前に見た光景と代わり映えしない彼の部屋だ。
とりあえず頬を思い切り叩く。痛みがある。まだ定かではないが彼は急いで着替える。そして時刻を確認する。正午を回っている。彼は外へ飛び出す。
「寝坊かい? チトセ」
「なんでいるんだよ?」
「いてもおかしくないさ。だって隣の部屋に住んでるんだからね」
「そっだったのか」
「今日から僕も仲間だよ」
「なんのことか分かんねぇけど急いでんだ。後で話を聞いてやる。じゃあな、リンネ」
チトセは走り去って行く。
「チトセが僕をリンネって名前で呼んでくれたぁ」
そう言うと彼は感慨に浸る。そんなことは全く知らないチトセは階段を下りていく。下りきるとキズナが両手を広げて行く先を阻止してる。
「兄上、コガレ殿から聞きましたよ。私を置いて消えて去ってしまおうとしていたなんてあんまりじゃないですか!」
そう彼が言うとコガレが羽交い締めにしてチトセの進路から退かす。
「今日という日だから行かせてあげるわ、チトセ。さぁ! お行きなさい!!」
「あぁっ。サンキュ、コガレ」
そう言うと彼はキズナを尻目に去って行く。
「兄上のことは諦められたのですか! コガレ殿。あれ程、恋い焦がれておられたのに」
「ハァ〜ッ!!! アンタは何を言っているのかしら〜?」
「えっ……違うのですか?」
「私がチトセを諦める訳ないじゃない。これから先、何が起こるかわからないわよっ。チアキさんだって18歳を迎えることが出来たのだから。私がチトセと付き合う未来だってあるんじゃないっ? これからチトセを巡って女の戦いが始まるのよ」
「…………コッ、コガレ貴殿の前向きな姿勢には感服致します」
「あんがとぉ〜、キズナ〜〜ッ」
「気安く私の名前を呼ばないでもらいたい。まだ私は心を許したつもりは御座いませんぞ、コガレ殿」
「そんでも嬉しいの〜〜っ、私のキズナ〜〜〜ッ」
そう言うと彼女は抱きつく。羽交い締めの時と、さほど変わりはないのだが彼は引き剥がしにかかる。階段を下りてきたリンネがそれに気が付く。彼は気を失いそうになる。
チトセは丘への一刻も早く着く為にショートカットしようと公園へと入る。走っていると芝生の上にカントクシャが立っている。進路を変え彼の方へと向かう。そして立ち止まる。
「カントクシャ様!」
「やぁ、チトセ」
「一体どうなっているんですか?」
「チトセは消え去らなかった。ただ、それだけさ」
「どうして…………」
「私は昇天したよ」
「おめでとう御座います」
「それで私の精魂を彼女に譲魂したんだ」
「えっ……」
「昇天する私には不要だからね。実は私はカントクシャになってから程なく昇天の話があったんだよ」
「そうなんで御座いますね」
「それでも残っていた理由はチトセと一緒だったんだ」
「えっ……」
「私には妻がいた。私が戦死した後、別の男性の所へと嫁いだんよ。この世に留まり見ていたんだ。とても幸せそうだったよ。転魂した後、全ての世で彼女は幸せに暮らしていたよ」
「それは何よりなことで御座いますね」
「チトセなら、そう言うと思ったよ。そこがチトセと私の違いさ」
「どういうことで御座いましょうが?」
「昨日、チトセは私の問いに彼女に嫉妬したことはないと答えたよね」
「はい、そうで御座いますが」
「私は幸せな彼女に嫉妬するようになった。それで私はホバクシャを辞めたんだ。このままでは反転化する気がしたんだ。一方、チトセは彼女の最期を見届け続けた。彼女が18歳を迎えられるよう願いながらね。そうだろ? チトセ」
「そうで御座いますが」
「カントクシャになってからは妻の転魂先は追わなくなった。時折、思うことがあるなぁ。あぁ〜、今世も彼女も幸せなんだなと。チトセに気付かせてもらったよ」
「何をで御座いましょうか?」
「チトセにはこの世に残る理由があって、私には最早ないとね」
「カントクシャ様……」
「つまらない話を聞かせて申し訳なかったね」
「そんな事は御座いません」
「当面はホバクシャとして活躍してもらう。チトセの代わりは、なかなか見つからないね。時機を見て転魂するといい。知ってるとは思うが、このままの姿で転魂は出来る。さぁ、行くといい! チトセッ!!」
「はい! カントクシャ様」
彼はカントクシャに一礼し駆け出す。彼の背中を見送りながらカントクシャは黄金の翼を広げると、ある方向を指差しながら天へと飛翔していく。ふとチトセはベンチを見る。すると彼には一瞬だけ結が見えた気がした。
――怒ってたのかい? 結? 絶対に忘れないよ
そう心の中で呟きながら公園を後にした。
チアキの家に着いた。インターホンを押す。待っているが反応がない。数回、試みたが同様である。彼は待ち続けようか迷う。
「何してるんだ? 絶妙ストーカー」
「そうよっ! 盗聴ストーカー」
彼が振り向くとミレとカコが腕組みし不敵な笑みを浮かべている。よりによって、今日という日に二人に捕まってしまうなんてと彼は思う。
「縛についてもらおうか? 絶妙ストーカー!」
「えっ……」
「お主の汚れきった悪の魂をあの世へ送ってやる! 盗聴ストーカー!」
「えっ! 二人は一体なにモノですか……」
「はぁ? ミレだけど」
「何言ってんのよ、カコよ」
「どうして、そんなセリフを」
「最近、見始めた時代劇の決めゼリフだ」
「そうよ、コガレさんに勧められてハマってるの」
「あぁ……そうなんですね」
「もしチトセ同学生に会ったら言ってみると面白いわよって、コガレさんが。まさか! 心当たりがあるのか?」
「遂に悪事に手を染めてしまったのね、チトセッ」
「急いでいるので失礼しても?」
「私、チアキと連絡取ったわね〜、そう言えばぁ〜」
「奇遇ね〜、私も連絡取ったわ」
「どこにいるんです!」
「あれぇ〜、急いでるんじゃないの〜?」
「そうよ。即刻、立ち去ってもいいのよ〜?」
「彼女を捜してるんです! 教えて下さい!! お願いします!!!」
彼は深々と頭を下げる。するとカコが彼の右肩、ミレが左肩にそっと手を置く。
「今日のチトセは素直だな」
「いつもの打っても響かないチトセとは違うわね」
そう言うと二人が指で彼の内側の手首に触れる。
「脈ありだ」
「脈ありね」
二人は小高い丘を指差し方向を示す。
「さぁ、行ってくるんだ! チトセ」
「行ってらっしゃい! チトセ」
そう言った二人それぞれに彼は頭を下げた後、走り出す。
「チトセ!」
「チトセ!」
その二人の呼びかけに走りながら振り返る。
「コガレさんに感謝しろよっ! たとえ今日限定であってもな」
「そうよっ! 明日からは容赦しないらしいけどぉ」
彼は頷くと前を見て加速する。小高い丘の麓まで着いた。彼は一気に駆け上がる。不思議とそんなに息が上がってない。
その彼の視線の先にはチアキが日光に背を向けて横たわっている。彼のジャージを枕にして。躊躇わず彼は彼女の顔側に座る。そして、彼女のキレイな寝顔を見続ける。
どれくらいの時間が経っただろうか、チアキが目を開ける。二人は見つめ合う。今日の彼は視線を逸らさない。一方、チアキは目を見開いている。
「チトセ君?」
「そうです」
そう言うと彼は立ち上がる。チアキも立ち上がろうと腰を起こす。そこ彼女に彼は手を差し出す。一方、チアキは戸惑い手を伸ばそうとしたり引っ込めたりしている。
今日の彼は一味違う。そんな彼女の手をしっかり握ると引き上げる。そんな彼に彼女は更に目を見開く。
「ようやく僕からキミに触れられたよ……」
「どっ、どうしたの? 今日のチトセ君は別人みたい」
「そうかもしれません」
「……そっ、そう見えるよ。いつもは私なのに僕とか。しかも私のことを君とか」
「君はキミですから」
「よっ、よく分からないけど……二人称ですら呼ばれたことないから嬉しいよっ、チトセ君」
「良かった。あっ、遅れてすみません」
「いいよ。嬉しいよ、チトセ君に会えたから」
「僕もです」
「えっ……あっ! そうだ。午後からのミレとカコとの予定が急にキャンセルなったんだけど、二人ほぼ同時にメッセージが来たの。不思議なこともあるんだね」
「今、僕も体験してます」
「今?」
「あっ、気にしなくで下さい」
「あっ、うん。不思議なことと言えばもう一つあるんだ。これはチトセ君とだよ、多分ね」
「えっ……僕ですか?」
「うん。聞きたい?」
「もちろん」
「チトセ君、冬の大三角形のおおいぬ座の星座は何かな?」
「シウリスですが」
「違うよっ、チトセ君。シリウスだよ」
「あっ、そうなんですね。ずっと、そう覚えてました」
「私、同じ間違えをした子を覚えているんだ」
「そうですか」
「ほらっ、星座鑑賞の時に言った男の子だよ」
「そうなんですね。小さい子は間違えますよね」
「そうだね。私、その子の名前思い出したの! シンカ君だよっ!!!」
「えぇっ!!!」
「やっぱりチトセ君だったんだね? そうでしょ?」
「こんなことが……」
「奇跡だと思わない?」
「そっ、そうかもしれませんね」
そう言った彼に彼女が満面の笑みを見せる。その彼女を見つめた彼の口元が緩む。
「チトセ君?」
「何でしょう?」
「どうしてシンカなの?」
「あっ……それはですね〜、あっ、そうでした。チトセって女性っぽい名前なんで、からかわれていたんです。それでシンカって名乗ってたんです、はい」
「あっ! そうだったんだね」
「はい」
「チトセ君?」
「何でしょう?」
「やっぱり少し気になるんだけどね。どうして君なの? 名前で呼んでくれれば……」
「すみません。まだ気恥ずかしくて。あっ、そうだ! 小さい頃に出会った時、名前が分からなかったからキミって勝手に名付けたんですよ。まさか、そのキミだったなんてっ。嫌ですか?」
「うぅん。そんなことないよ。当分はそれでいいよっ。じゃあ、私もチアキって呼んでくれるまでは二人っきりの時はシンカって呼ぼっかなぁ。私がキミでチトセ君がシンカ。キミとシンカだね?」
「いえ、キミのシンカです」
「んっ?」
そう彼女が言った時、突風が吹き荒ぶ。チアキが枕にしていたジャージが舞い上がる。それを掴もうとチアキが手を伸ばす。それにより体勢を崩し前のめりになる。チトセが彼女の反対側の手を掴み引き寄せる。
彼の胸に顔を埋めたチアキは彼の鼓動が速くなっていくのを感じている。意識してもらえているんだと嬉しい。すると、彼女の鼓動も急に速くなっていく。
「明日もキミに会える」
「明日は月曜だし学校で会えるよ? シンカ」
「あっ、そうだね。キミに会える。明後日も……」
「そうだよ。シンカ?」
「何です? キミ」
「もう少しだけ、こうしてていいかな? シンカ」
「何時間でも」
「うんっ!」
「あっ、舞い上がり過ぎて忘れてたっ!」
「んっ? 何を?」
「18歳の誕生日おめでとう!! キミ」
「ありがとう、シンカ」
そう言った彼女はチトセの腰に両腕を回す。そっとチトセは彼女の両腰に触れる。
先程の突風で空高く舞い上がっていた一枚のイチョウの葉がひらひらと舞い落ちてきてチアキの髪に留まっている。
それに気付いた彼は取ろうした指先を引っ込める。そして、結とお揃いだと思わず口元が緩む。
なぜかチアキは彼の胸での居心地の良さに懐かしさを感じながら目を閉じる。
この第30話をもって完結いたしました。お読みいただいた読者の皆様、ありがとうございました。




