第26話 長き因縁の決着 ゴウヨクシャ(強欲者)とタイマンシャ(怠慢者)
祭りから数日後、彼はユイの初めての漢字の勉強を見てあげている。ユイは彼のお手本を見て山や川などの漢字を書いている。
「お兄ちゃん、ユイの漢字はどう書くの?」
「ちょっと分からないかな。いっぱいユイって名前の漢字があるからね」
「魔法使いなのに分からないのっ?」
「ごめんね」
「あっ、そうだ! お母さんが人と人を結ぶからユイなのよって言ってたよ」
「…………あっ、そうなんだね」
「まだ分からない?」
「あっ……分かったよ」
「やっぱりお兄ちゃんは魔法使いなんだね!」
「……あっ、そうだよ」
「書いて!」
そう言われた彼は彼女のノートのユイの漢字の練習で埋まった隣のページの上に結の文字を書く。すると彼女は目を輝かせる。
「わぁっ! これがユイの漢字なんだね」
「あぁっ、そうだよ。結」
「書くね」
そう言うと彼女はノートに書き始める。その表情は真剣そのものである。あっという間に1ページを結の文字で埋め尽くす。
「下手くそな字だね? お兄ちゃん」
「んっ、そんなことはないよ。もっと上手く書けるようになるよ」
「うん。結、頑張るね。今日はこれで終わりにするね」
「そっか、分かった」
そう言うと彼女は星座図鑑を読み始める。とても気に入っているのだ。もう何周も読んでいるが彼女は飽き足りていない。
彼はテレビをつける。ドラマ『僕の彼女は二人いる』を見る為だ。しかし、ふと思った時がある。食い入る様に見始めたこのドラマについて彼女と語り合うことは決してないだろうと。しかし、せっかく見始めたので現在はは惰性で見てる感じだ。
スマホの音が鳴り響く。彼が設定している着信音でもない。目覚まし設定はしてないが間違えてしたのとか手に取る。するとミレの文字が表示されている。通話アプリの着信音だったのだ。今まで鳴ったことはない。
メッセージは来たことはあるが通話は初めてだ。彼は無視しようか悩む。しかし、無視したら明日が怖い。なので仕方なく取ることにする。
「もしもし」
「チトセ?」
「はい、何でしょうか?」
「今、チアキと一緒にいたりはしないよな?」
「いるわけないじゃないですか?」
「だよなぁ」
「どうしたんです?」
「チアキの母親から連絡が来て私の家にいないかって。チアキがまだ帰ってきてないそうなんだ」
「もう九時過ぎですよ!」
「今、私は近所を親と捜してるの。カコも親とそうしてる」
「ミレさんとカコさんにどこ行くとか連絡なかったんですか?」
「私にもカコにない」
「そうですか」
「チトセにはどうだ?」
「連絡先知りませんよ!」
「怒らないでよ」
「怒ってませんて」
「今までこんなことなかったって。チアキどうしちゃったんだろう」
「私も捜してみます」
「お願いね」
「じゃ切りますね」
「分かった、頼りにしてるぞ」
彼は立ち上がる。すると結が手首を掴む。そして心配そうに見上げている。
「手を繋がなかったお姉ちゃんがいなくなったの? チアキお姉ちゃん?」
「どうして分かったんだい?」
「ミレお姉さんとカコお姉さんの名前は出でたでしょ? それに結はチアキお姉ちゃんが祭りにいたお兄ちゃんの後をつけるのを見てて追いかけてたの」
「それは誰だい?」
「お兄ちゃんのこと兄上って言ってた人だよ」
「キズナかぁ。場所分かるかい?」
「途中までなら分かるよ」
「案内してもらえる?」
「分かった」
そう彼女は精魂になる。彼女は玄関をすり抜けて行く。彼は扉を開け後を追う。すると誰かにぶつかる。リンネだ。
「なんでここにいるんだよっ」
「だって」
「急いでんだ。じゃあな」
彼は結の精魂を追い階段を下りる。すると向かいのアパートに住むコガレが下りてきた。
「なんでチトセがいるの?」
「いるからに決まってんだろ」
「じゃあチトセにも救援信号あったんだよね?」
「誰からだよ?」
「キズナしかいないじゃん」
「ねぇぞ」
「ならどうしてチトセも出てきたの?」
「彼女が行方不明だそうだ。その彼女がキズナの後を追ってたそうだ。結が見たって」
「チアキさん?」
「そうに決まってるだろ」
「怒鳴らないでよ。彼女だけじゃ……」
「場所どこだ?」
「それが反応が消えたのよ。精魂が弱まってるんだと思うわ」
「何だって! じゃあ、彼女も危ないってことだよな!」
「……そっ、そうなるかしらね」
「先、行くぞ」
「場所知らないでしょ?」
「結が途中まで知ってる。結の精魂に付いて行くぞ」
「分かったわ」
彼らは走って後に続く。しばらくすると住宅街を抜け人気のない場所へ出た。辺りには外灯がぽつんとしかない。辺りを見回すと建物といえば廃工場しかない。
「おそらくあそこだな」
「えぇ、そうね」
廃工場の入り口に着いた。中の様子を見るが暗くて分からない。しかし門が少しだけ開いている。ここに違いないと彼は思う。
「ここだな」
「でしょうね」
「行くぞ」
「そうしましょう」
「結も行っていい?」
「待っててくれるかい?」
「結もお姉ちゃんを助けるの」
「ありがとう。その気持ち嬉しいよ。でもここで待っててくれるかい?」
「結も行きたい!」
「駄目だよ!」
「どうして怒るの?」
「あっ……ごめん」
「おチビちゃん?」
「なにぃ? コガレ」
「チトセはおチビちゃんが大切だから待ってて言ってるの。お兄ちゃんを困らせたいの?」
「違うよ」
「なら待ってなさい! お兄ちゃんはとても強いから大丈夫よ」
「分かった。コガレお姉さん」
「あらっ、どうしちゃったのかしらっ。やけに素直ね、ユイちゃん」
「行くぞっ! コガレ」
「行きましょう」
そう言うと二人は中へと入っていく。暗がりなので、なかなか前へ進まない。チトセに苛立ちが募る。
「コガレ、照らしてくれ。このままじゃ埒が明かねぇ」
「いいの? 相手に私たちの場所が知られるわよ」
「一刻も早く彼女を見つけ出さないといけないだろ! それにキズナの状態も心配だ」
「そうね。分かったわ」
そう言うと彼女の掌から精魂を出現する。それを彼女が払い上げる。するとそれは上空へ打ち上がり光り輝き続ける。そして辺りを照らす。すると彼らの前方に倒れているキズナが見える。
彼らは駆け寄る。確認すると僅かではあるが精魂の反応がある。
「早くアレを使って回復してやってくれ」
そう言うと彼女はキズナに手を翳す。
「持ってこなかったのか?」
「これまでコイツから救援要請なんて一度もなかったから、チトセにも何かあったんじゃないかと思って焦ってたのよっ。アンタだって持ってきてないじゃない」
「あぁっ、そうだったのか」
「使わなくったって多少時間がかかるだけよ。私を誰だと思ってるの」
「あっ、すまん」
「任せて」
「頼む」
「思ったよりも早かったじゃないか」
その声に二人は振り返る。すると悪魂が浮かんでいる。すると、それは徐々に姿を変えていく。それは宰相だ。
「オマエか!」
「さすが女の尻を追いかけ回してるだけある。待ち遠しかったぞ、我が国最強の武将よ」
「彼女はどこだっ!」
「やはり私は正しかったようだ。貴様の弱点をようやく見つけたぞ。長年、貴様の前だけには現れず潜伏した甲斐があったというものだ。今日が最初で最後の好機となるだろう。いや、貴様の最期だ!」
「ほざいてろ。最後の言葉そっくりそのままオマエに返してやるよっ!」
「ハッ、ハッ、ハッア。笑止!!!! 私は貴様を倒す為だけに力を蓄えて来たのだっ! 今の私の力は絶大だ。その証拠に貴様の部下を軽く捻ってやったわ」
「どうせ卑怯な手でも使ったんだろっ!」
「さぁ、どうだろうな。これから楽しみにしていろ。しかし、この私は何故そこに転がっている雑魚に討ち取られたんだろうな? 今でも理解に苦しむよ。我が国最強の武将よ」
「人望がなかっただけだろっ!」
「いや、私の周りは人で溢れていたよ」
「それは媚びに来てただけだろ!」
「なんだとっ!」
「自覚はあったんだな」
「私は人に敗れたのではないっ! 貴様の亡霊に敗れたのだ!!」
「それは滑稽だな」
「女に溺れていた貴様に言われる筋合いなぞないわ」
「オマエとは違う!!! 権力に溺れて周りが見えなくなったオマエとは!」
「このままではあの女は死ぬぞ。私の悪精をたっぷり注ぎ込んでおいたからな」
「なんだとっ! こんな所で彼女は……黙れ!!!」
「死ぬという言葉は口にもしたくない様だな。それを貴様は恐れているということだ!」
「違う!!!!!」
「図星か! では、そろそろ始めるとしよう」
そう言うと宰相は空に向けて腕を突き出す。すると地響きが始まる。周辺のマンホールが空へと打ち上がる。そこから大量の悪精が吹き出し上空を包みドームとなり空間を閉鎖する。チトセらはその中に閉じ込められている状態だ。
「大丈夫か? コガレ」
「今の所は。でもキズナの回復をしながらだと厳しいかしら。チトセは?」
「大丈夫だ。問題ない」
「動けるんだったらチトセだけでも逃げなさいよ」
「俺は苦楽をともにした仲間を見捨てるほど薄情じゃないぞ、コガレ」
「そうだったわね」
「美しき仲間愛、泣けるねぇ。ハッ、ハッ」
「余裕こいてるつもりか! オマエ」
「そんなつもりは毛頭ない。相手は我が国最強の武将だった者で、今は超の付くホバクシャ。侮れるわけなかろう。ここは万全を期すとしよう」
再び宰相が腕を突き出す。すると空いた穴から第二波である悪精が吹き出す。すると先程出来たドームの上を包み二重のドームが完成する。
「これで貴様も終わりだ。ホバクシャとしての最期だ。とっとと悪精化しろ! そうしたら、ゆっくりと始末してやる! いやシンショクシャ、ホバクシャが悪精化した場合はハンテンシャ(反転者)と言うんだっけな。そうだ! 私の部下として、こき使うのもいいかもしれんな。これで終わりだ! 我が国最強の武将よっ!!」
そう宰相が言うとドーム内に悪精が漂い充満していく。キズナの回復に努めているコガレは限界を迎えそうである。それでも必死に治癒し続ける。
チトセが空に向け腕を突き出す。鋭い目つき彼の掌から精魂の球体が出現する。
「翔魂」
そう彼が言うと球体だった精魂が鳥へと変化する。そして、それは上空へ向けて物凄い速さで上昇していく。そして一重目のドームを突き破り二重目も突き破る。
すると、ドームにはヒビが入る。打ち破った鳥の形をした精魂は弾け散り無数の羽の形となり降り注ぐ。そして二重目のドームに触れるとドームとともに消失する。残りの羽の精魂が一重目のドームに降り注き触れると同様に消失した。
「そっ、そんな馬鹿な……私の最終奥義として取っておいた絶技がこんなにあっさり……んっ? 何故、貴様は悪精化しないんだ!」
「さぁな。しなかったことを言われてもな。終わりだ!」
そう言うと彼は人差し指で素早く円を五回描く。そして腕を宰相へめがけ振る。五つの輪が両手、両足そして腰を捉え縛る。そして、その五つの輪が相互に繋がり合う。
「何故だ! 何故なんだ!! 何故、貴様は悪精化しなかったんだ!!!」
「知るかっ」
「ありえん。たかが女一人の為に全て捨てた愚か者なのにっ! 願えば全てを手中に収めることが出来たものを」
「それがどうした? 俺には不要だった。それだけだ」
「要職をさり、この世を去った女の元で過ごすだとぉ……そんなにことがあり得るのか? 一人の女に忠誠を誓ったと言う事か?」
「あぁっ、そうだ。もうお喋りは終いだ。あの世で沙汰を受けて来い!!!!」
「その必要はないよ、チトセ」
その声にチトセは振り返る。リンネだ。
「何しに来たんだ?」
「ヒーローは遅れて登場するもんだろ? チトセ」
「今の俺に冗談は通用しないぞっ!」
「ごめんごめん。あの後、忘れ物を取って必死に追ったんだよ。巨大なドームが出現したので場所が分かったんだ。途中でカントクシャ様よりの命を受けたよ」
「何だ!」
「このモノには消失命令が下された!」
「了解した」
「忘れ物だよ。これがないと実行出来ないだろう」
そう言うと彼はチトセに竹刀を投げる。それをチトセは受け取る。
「ありがとな」
「どう致しまして、チトセ。コガレ様?」
「来てくれたんだ」
「もちろんです、コガレ様」
そう言うと彼は彼女の元へと駆け寄る。そして、ラケットを手渡す。受け取ると彼女は精魂を込める。すると、それは祭りで見る大きな団扇の様な形状へと変化する。
彼女は柄を両手で握ると精魂を込める。すると扇の部分が光る。そして、それを彼女はキズナ目掛けて扇ぐ。扇の部分から精魂の粒子が放出され彼を包み込むと浸透していく。すると彼は目覚めた。そして彼は立ち上がる。
「兄上! 不覚を取りました! 目の前のモノに気を取られ姉上が付けているなんて知りませんでした。コイツは姉上を盾にしたんです」
「まぁ、あらかた予想はついてたがな。オマエがむざむざヤラれるわけない。俺の相棒なんだから」
「兄上…………申し訳御座いませんでした。いかなる処分もお受けします」
「話は後だ。ゆっくり今は休んでろ」
「はっ! 兄上」
チトセが竹刀に精魂を込める。するとそれは刀へと変わる。そして宰相の前へと進む。
「言い残すことはあるかっ! 消えて無くなるモノへの最期の情けだっ!!」
「愛した女の墓に寄り添うことで貴様は叶えたんだな。最期を迎えるその瞬間まで」
「あぁ、そうさ。オマエは強欲過ぎたんだ!」
「…………そうかもしれんな。さらばだ、我が国の最強のシンカよ」
「壊魂!!!」
そう言うと彼は刀を悪魂へと突き刺す。すると、それは砕け散り無数の粒子となる。
「吸魂!」
普段の境界門ではなく絶門が出現し粒子を吸い込む。そして全てを飲み尽くす。
「魂絶!!!!!」
そう彼が言った瞬間、宰相の悪魂は絶門の中で消失し閉門した。彼はそれと見届けるとすぐにチアキを捜す。
その頃、チアキは微かに意識がある状態だ。うっすら開いている目から見える視界がぼやけている。体を動かそうとするが自由が効かない。
廃工場の扉が開く。薄っすら光が漏れてくる。そして、誰かの足元が見える。
「彼女を見つけた! コガレ来てくれ!!」
チトセは彼女の元へとを駆け寄る。彼の声に彼女は安堵する。すると身体の力が抜けていき目を閉じる。
彼は安否を確認する為に彼女に触れようとする。しかし、その手が止まる。彼は彼女が亡くなった日のことを思い出したのだ。彼が抱き上げた直後に彼女は息を引き取った。それを彼は異常に怖れたのだ。
その代わり彼は手の甲を彼女の口元に翳す。呼吸があるのを確認でき安堵する。しかし、悪精のことが気掛かりで仕方ない。
「本当はすぐにキミの所に駆けつけたかった。遅くなってごめん」
コガレが扉の前にに到着する。そして、中に入りチアキに駆け寄る。そして彼女の胸に触れる。
「悪精はどうなんだ! コガレ!!」
「大丈夫よっ。安心しなさい」
「本当だろうなっ?」
「それが……」
「それが何なんだよ!」
「悪精が体から抜け出ていってるわ」
「そんなことはあるのかよっ!」
「あるから言ってんでしょ! どれくらいの年月をチユシャ(治癒者)として携わってきたと思ってんのよっ。私も初めての経験よっ」
「あっ、すまん。あり得ることだな」
「どういうこと!?」
「最近、見たんだよ。精魂が自浄されていくところを」
「もしかして! あのおチビちゃん?」
「あぁっ」
「それも有り得ないことだけど悪精を自浄するなんて」
「じゃあ、大丈夫なんだよな?」
「だから私を誰だと思ってんのよっ!」
「ふぅ〜っ、よかったぁ〜」
「あんなに狼狽しているチトセは初めて見たわね」
「……してねぇよ」
「あらっ、そう。強がっちゃって、まったく」
「後、任せてもいいか? コガレ」
「いいけど。いなくていいの?」
「あぁっ、俺はいない方がいいんだ」
「またそのセリフ? 心中察しはするけどさ」
「頼む」
「……分かったわ」
チトセはこの場を後にする。その後、コガレが目覚めたチアキを送り届けた。
二人はチアキの両親にファストフード店に一緒にいて二人揃って眠っていたと説明した。そう提案したのはチアキの方からだった。コガレは、人間でないモノが関係していたので説明をどうしようか悩んでいた。彼女はチアキが親を心配させたくないのだろうと思い口裏を合わせることにした。
あれから数日たった放課後、教室には三人だけ残っている。それはチトセ、リンネと珍しくチアキも残っている。一旦、ミレと教室を出たのだか忘れ物をして戻ってきたのだ。
彼女は、すぐに戻ろうと思った。しかし、たまたまチトセがいたので、ミレには急用が出来たので先に帰るようにメッセージを送った。彼女は二人きりになる機会を窺っていたのだ。ずっとリンネが残っているので帰ろうか迷っている。
リンネが椅子から立ち上がる。チトセは帰ろうと彼の席を通り過ぎようとしいる。すると、リンネが彼の前に立ちはだかる。そして彼はチトセを指差す。
「何のつもりだ?」
「この間、アンカー譲った時に条件したのを覚えているかい?」
「あっ、何かそんなのあったな?」
「今日、その条件を呑んでもらおう」
「場所を変えないか?」
「ここでいいじゃないか?」
「……何だよ?」
「僕は二つあると言ったの覚えているかい?」
「さぁ」
「ヒドイじゃないか?」
「言ってみてくれ」
「今日こそ悠久の時を経て再び決闘を受けてもらう。二つ目は勝った暁には僕を名前で呼んでくれ」
「………」
チトセはチアキの視線を感じる。この場を一刻も早く立ち去りたい。
「無視かい?」
「他のにしてくれ」
「チアキさん?」
「なっ、何? リンネ君」
「ヒドイと思いませんか?」
「えっ……」
「実はチトセはですね……」
そう彼は溜めるとチトセを見る。それに危険を察知したチトセ君は慌てて口を塞ぐ。
「しょ、勝負しようじゃないか。なぁ?」
彼は口を塞いだままリンネを教室から引っ張って出て行く。その様子をチアキは眺めている。
二人は武道場に来ている。来る途中でチトセが手を口から離すと剣道で勝負だとリンネに言われたからだ。条件を呑まないとチアキに何を言われるか分からないから受けるとにした。二人は防具を装着し竹刀を持ち対峙している。
「これでいいんだよな」
「そうだよ、チトセ」
「大丈夫だよな?」
「何がだい?」
「……何でもない」
「僕が負けるとでも?」
「さぁな」
「今の君になら勝てるさ」
「随分と自信があるんだな」
「あぁ、そうさ。あの時、君が僕に言ったことをそのまま返そう」
「何だよ?」
「君は怠慢だ!!! チアキさんに対して」
「なんだと!!!!」
そのすぐ後、チアキが武道場に到着する。二人の様子が気になったからだ。彼女は背伸びし窓から中の様子を窺う。
時間を置かずコガレが横目で彼女を見ながら武道場の中へと入る。そして二人の元へと向かう。
「あらっ、そこの人に呼び出されたと思ったらチトセもいたのね?」
「来ていただけたんですね? コガレ様」
「その呼び方やめていただけない? そこの人」
「この場でだけではお許し頂けないでしょうか?」
「まっ、いいでしょう」
「感謝致します」
「あっ、そうですか」
「コガレ様!!!」
「なんです? いきなり大声出して」
「私がチトセに勝ったら名前でお呼び頂きたい!」
「いいわ。チトセには勝てないもの」
「勝って見せますとも。この日の為に私は精進を積んでまいりました」
「あら〜っ、私を賭けた男同士の決闘なのかしら?」
「まさにその通りです、コガレ様」
「ちなみに俺は違うぞ、コガレ」
「つれないわ〜。そんなこと言わないでぇ〜、チトセ〜ッ」
「やめろっ」
「コガレ様になんてことを言うんだ! チトセ」
「盛り上がってきたわね〜。始めましょうか? 私が審判やってあげる」
「宜しいんですか?」
「公平に裁いてあげますよ」
「かたじけない」
「準備はいいかしら? チトセの方は」
「あぁっ」
「では始めましょう」
そう彼女が言うと二人は構え対峙する。彼女から開始の合図がなされる。二人は剣先て牽制し合う。するとリンネが仕掛ける。チトセが受けて鍔迫り合いが始まる。次はチトセから仕掛ける。その後、二人の間で一進一退の攻防が繰り広げられる。
「ちょっとチトセ! わざと負ける気じゃないでしょうね? 早く終わらせなさいよ!!」
「ちげぇよ。強くなってんだよ」
「本当?」
「本当だよ。俺だって早く終わらせてぇよ」
「あらっ、そうなのね。この後、私は美容室の予約が入ってるの。長くは付き合ってらんないわ。二人とも防具を脱ぎなさい」
「畏まりました、コガレ様」
「いきなり何だよ」
「あらっ、負けるのが怖いのかしら〜っ。チトセ」
「そんなんじゃねぇよ」
「そうなんですってよ? チアキさんっ」
「えっ……」
「入ってらっしゃいよ。そこからじゃ見えにくいでしょ? 気になるなら特等席で見たら如何? そうでないなら帰ってくれないかしら?」
その彼女の言葉にチアキは躊躇せず中に入って来る。彼女にはチトセに伝えたいことがあるからだ。そして彼女はコガレの横に立つ。
「いらっしゃい、チアキさんっ」
「あっ、はい」
「チトセ?」
その言葉だけで彼は防具を脱ぎ始める。あっという間に終える。その様子にコガレが不敵な笑みを浮かべる。
「さぁ〜てぇ、どうしようかしら? そうだ! 先に片膝ついた方の負けでいいかしら? お二人さん」
その言葉にリンネは何度も頷いている。一方のチトセはゆっくりと頷く。
「さぁ、どうなるかしらね。長引くのかしら、それとも……」
そう言いかけると彼女はチトセに視線をやる。彼は気付いてない。闘志満々でリンネを見据えている。コガレは分かり易いなと少し呆れ気味だ。
「準備はいいかしら? お二人とも」
そこ言葉に二人同時に頷く。するとコガレから試合の合図がなされる。
先程と打って変わって両者とも攻撃を仕掛ける。二人ともに胴を狙う。ほぼ同時に、そこに二人とも当てる。
二人ともに激痛が走る。二人とも立っているのがやっとだ。こうなったら我慢比べである。時間だけが経過していく。するとリンネが片膝をついた後、蹲り悶絶する。
「勝負あったわね。そこ人、大丈夫?」
コガレからの問いかけであるがリンネは悶絶し続けている。三人の視線が彼に集中する。
「立てないのかしら? リンネ」
その彼女の言葉に今の今までが嘘かのように彼は素早く立ち上がる。そして満面の笑みを浮かべているのだ。
「湿布貼ってあげるわ。付いてきなさい」
「宜しいんですか? コガレ様」
「ええっ、私の気が変わらないうちにね」
そう言うと彼女はチトセにウィンクした。彼女の真意が分からない彼は、またかよ位にしか思ってない。彼女は背を向け手を上げる。その背中に彼も手を上げる。
リンネが彼に近寄り口を耳元に近づける。そして口元を手で隠す。
「悪精化しなかっただろ? チトセ」
「あっ、そうだな」
「心配して、これまで受けてくれなかったの僕は知ってるよ、チトセッ」
「ちげぇよ」
「可愛い奴だな、チトセは」
「気持ちわりぃなっ」
「もう僕は怠慢者じゃないよね?」
「ああっ、そうだな」
「僕は恋の怠慢者になる気もないよ、チトセ」
「……ああっ、そうなのか。前向きだな」
「チトセはどうするのかな?」
そう言うと彼は肩をポンと叩く。
「僕は行きますね、チアキさん」
「あっ、はい。脇腹、大丈夫ですか?」
「痛いですよ。なんせチトセのありったけの想いを受け取りましたからね、チアキさん?」
「どういうことですか?」
「さぁ、どうなんでしょう。そんな気がしたんです」
「はぁ……よくは分からないけど何かを感じ取ったってことなんですね?」
「えぇっ、それでは。コガレ様、お待ち下さい〜」
その言葉にコガレは思わず振り返り睨みつける。彼は全く気にせずスキップを始める。コガレは笑いそうになり背を向ける。二人は武道場を後にする。
「チトセ君、大丈夫?」
「あっ、大した事ないですよ」
そうは言っている彼ではあるが、まだ相当痛くて痩せ我慢しているのだ。その証拠に彼の額からは滝のように汗が吹き出している。チアキがいなければ片膝をとっくについてる状態だ。 そんな姿は意地でも見せたくないのだ。
「チトセ君、汗スゴイよ」
そう言うと彼女はスカートのポケットからハンカチを出し彼の額を拭いてあげる。彼は体が硬直してしまう。
「チトセ君?」
「……あっ、はい」
「この間、助けに来てくれたよね?」
「……あっ、はい。知ってたんですね」
「ありがとうっ、チトセ君っ!!!」
「……いえ」
「私、チトセ君の声を聞いた時に安心感で包まれたんだ。それまではとても怖かったけど。他でもないチトセ君だったからだよっ!」
「えっ……」
「あっ! チトセ君。また汗が吹き出してきてるよ」
照れを隠すように彼女は一心不乱に拭き続ける。この後もチトセの汗は出続けて、二人だけの時間が長く続いた。




