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第21話 星座図鑑と口紅 ケツイシャ(決意者)

 翌日、チトセはユイと待ち合わせした公園へと向かう。朝、彼女に会った時に約束したのだ。到着すると前方に彼女の姿を確認する。彼女は後ろを向いている。彼は彼女の元へと向かう。そして彼女の前で立ち止まる。


「こんにちは、ユイ。早いね」


 彼の声に彼女が両手でランドセルの肩紐かたひもを掴んだまま振り向く。そして彼女は彼を見上げる。その表情は不機嫌そうだ。


「びっくりしたですよっ、お兄ちゃん」


「あっ、ごめんごめん。驚かせちゃたね」


「許すです」


「ありがとう」


「どういたまして」


「じゃあ、お家を探しに行こうか?」


「今日は行かないです」


「えっ…………どうしてだい?」


「ユイ、行きたい所があるですよ」


「とこかな?」


「教えないです。ついてくるです」


「分かった」


 彼女は歩き出す。彼は彼女の後に続く。





 ユイのお目当ての所に到着した。そこはショピングモールにある本屋である。彼女は目を輝かせている。その姿がチトセには嬉しい。


「探してくるです」


「お兄ちゃんも一緒に行こうかな?」


「一人で大丈夫ですよ」


 そう彼女は言うと彼女は手を開き腕を伸ばす。来なくて大丈夫だという彼女の意思表示だと彼は受け取る。彼は少し淋しい気持ちになる。顔に出す訳にもいかず笑顔で送り出す。


 取り残された彼は手持ち無沙汰になる。それで店頭に並べられているたいして興味もない雑誌をパラパラとめくって見たりして暇潰ひまつぶしをしている。


 そうしているとドスンと大きく音がした。気になってた彼は音の方向へ歩く。棚を曲がるとチアキが倒れている。咄嗟に彼は身を隠す。しかし、彼女は彼を見ていた。


 彼の腕に誰かがぶつかり通過していく。すると、その者はチアキの手を掴み立たせる。カコだ。


「どうしたの? チアキ」


「走ってた子にぶつかりそうになって」


「そんな子見かけなかったけどなぁ。どこ行ったの? 私がガツンと言ってくる」


「大丈夫だよっ。私もよそ見してたし」


「それにしても」


「それより本選んた?」


「まだだけど」


「行っておいでよ」


「う〜ん、分かった」


 彼はチアキが大丈夫そうなのを確認して安心する。カコが振り向こうとしている。慌てて彼は背を向け立ち去る。しかし、彼女は横顔を見ておりチトセだと確信した。





 彼はユイを見つけた。そして彼女の元へと着く。そこは子供用の図鑑のコーナだ。彼女は一点を見つめている。彼はその視線の先を追う。それは星座図鑑だ。彼は彼女の横で屈む。


「星座図鑑が欲しいのかい?」


 彼は小声で言った。すると彼女は何度も首を横に振る。あんなに欲しそうに眺めていたのにと彼は首をかしげる。


「ユイ、行くね。今から一人でおウチ探しに行くから付いてこないでです」


 そう言うと彼女は駆け出していく。すると、誰かにぶつかりそうになるが彼女はその者の体を通り抜けていった。彼は立ち上がる。彼は驚き後退りしそうになる。その者とはカコだったのだ。


「ちょっと来てもらえるっ!」


「……あっ、はい」


 ミレが本屋を出ていく。その後に彼は続く。ショピングモール店内のはしの方まで来た所で彼女は止まり向き直る。そして、鋭い眼光で彼を見上げ詰め寄る。すれすれの距離だ


「またストーカーしてたんじゃないでしょうね?」


「違いますって」


「はい〜っ、認めたぁ〜」


「えっ……」


「アンタの違いますっては肯定なんでしょ! ミレが言ってた。アンタの発言を注意深く聞くように! ウチら二人は綿密に連絡を取り合ってるのっ! アンタのことは全てお見通しだ!」


 そう言うと彼女は彼を人差し指で差す。


「もう一度だけ言うわ。ストーカーしてたんでしょ!」


 ――この場合、逆を言えばいいんだよなぁ?


「早く答えなさいよっ」


「はい」


「認めたわねっ! この盗聴ストーカーが!!」


 ――理不尽だぁ


「交番に自首しなさい! そうすれば罪が軽くなるわ」


「やってませんって」


「今さら供述をひるがえしても手遅れよ」


「そんな……あっ、そうです。証拠もないのに信じてもらえませんよ」


「あるわよ」


 そう言うと彼女は大きく一歩下がりブレザーの胸ポケットからスマホを取り出す。そして彼女は画面をタップした後彼に見せる。すると音声が流れてくる。それは今の今までの二人のやり取りである。


「これって……盗聴じゃ?」


「アンタと一緒にしないでくれる? 私は犯罪の動かぬ証拠を手にする為にしたのよっ。罪には問われないはずよっ」


「…………」


「さぁ! 認めるのよ」


「なっ、なんて言えば信じてくれるんですか?」


「そんなの簡単よ」


「よろしければ教えて頂けないかと、はい」


「違いますっては違いますって言えばいいのよっ」


「んっ?………………あっ、なるほど」


「納得してないで、さっさと言いなさいよ」


「違いますっては違います」


「最初からそう言いなさいよっ、もう」


 ――ナンダコレ


不貞腐ふてくされているの?」


「……いえ」


「そりゃ、そうよ」

 

「えっ……」


「だってアンタは人間じゃないよね?」


「えっ!!」


「なに驚いているの。アンタは犯罪者予備軍じゃないのっ」


「あっ……そういうことでしたか」


「まさかっ! 認めるのっ?」


「違いますっては違います」


「ナイス瞬発力」


「あぁ、どうも」


「えっ……」


「チトセ?」


 ――なんだ? いきなり。他にも何か企んでるのか?


「チトセ?」


「………」


「チセトだったっけ?」


「……チトセで合ってます」


「なら、なんですぐに答えないのよっ!」


「唐突に呼び捨てでお呼びに゙なられたので」


「嫌なの?」


「いや……」


「やっぱ嫌なんだ?」


「違いますって」


「違いますって言ったぁ〜」


「これは……」


「私、男子とは形式的な会話しかしたことないんだ。男子に嫌われてるタイプのかな〜」


「そんなことはありませんよ」


「そっかなぁ」


「そうですよ。私にはアグレッシブじゃないですか」


「それは暴力的って意味を含んでいるの? さっきしたこと根に持ってるの? もしかしてぇ」


「……ちっ、違いますよ。あっ、違いますっては違います。積極的ってことですよ」


「そうなの? でも積極的な女子って嫌われない?」


「そんなことないですって。意外と嬉しいものですよ」


「そうなのっ?」


「はい。あっ、でも私はですけど」


「意外とイイ奴だな」


「そっ、そうですかね」


 二人のやり取りを見聞きしている者がいる。それはチアキだ。カコが心配になって捜していたのだ。しかし、二人を見つけて悪いことをしている気分になった。でも気になるのでコスメ店の店頭で二人に背を向け鏡越しに試供品の口紅を持って見ていたのだ。


 普段は大人しいカコが生き生きしている。二人のやり取りを新鮮と思うとともに別の感情が沸々と湧く。彼女は彼の言っていたことが気になった。それはアグレッシブという言葉だ。彼女はそうしようと心に誓う。


 二人が移動を開始する。彼女は跡を追うとする。しかし、上唇を塗ってないことに気付く。口紅を塗るのは初めての経験だ。もともと塗る気なんてなかった。周囲から怪しまれないようにそうしただけだった。


 彼女は流石に下唇だけでは変に見られると思う。それで急いで上唇も塗り二人の跡を追う。二人が立ち止まる。彼女は慌ててすぐ近くの店に入る。


「あっ! 言い忘れてた」


「何をです」


「チトセ?」


「あっ、はい」


「私も名前で呼んでくれないかな?」


「えっ……」


「ほらっ、あれだ……男子と話す予行演習も兼ねて。ダメかな?」


「あっ、はい」


「呼んでないよっ。私がチトセって呼んだら、そっちも名前で返してくれると」


「あっ、カコ」


「徐々に慣れていこっ」


「あぁ……そうですね」


「ところで祭りあるの知ってる?」


「あっ、はい。それが何か?」


「行く?」


「ふっ、二人でですか?」


「なわけないでしょ!」


「でっ、ですよね」

 

「そうよっ」


 ふとカコが横を見る。それに対してチアキは焦る。彼女は気付いてない。しかし、このまま此処ここにいては彼女にバレてしまうと思う。それで彼女は足早に立ち去る。


「ミレも来るよ。行くでしょ?」


「…………」


「何で黙るのっ?」


「あっ、そうだ! チアキも来るよ」


「…………」


「ホント分かりやすいな。ミレとチアキじゃ全然表情が違ったし」


「…………」


「ミレと行きたいんでしょ?」


「ちがっ……何でもありません、はい」


「気はつかえるんだね。見直したわ」


「…………」


「行くよね?」


「……遠慮しておきます」


「えっ!」


「本当に行かないの?」


「はい。私が居てもご迷惑でしょうし」


「もう一度だけ確認するよ」


「はい」


「じゃあ、返事は首を縦に振ってくれ。いいんだね?」


 彼は首を一度縦に振る。するとカコは彼の肩に手を置く。


「ほんとは行きたかったんだね? 最初から素直になってれば良かったのに」


「えっ……どういう意味です? 私はお断りしたんですよ?」


「私は行くのねっていう意味でいいんだねって聞いたんだよ」


 そう言うと彼女はスマホを操作する。そして終えると彼に対して不敵な笑みを覚える。


「今、OKだってミレに送ったよ。もし取り消したいならミレに直接連絡取ってね」


「そっ、そんな……」


「面と向かっては言いにくい?」


「まぁ、そうですかね」


「じゃあ、この通話アプリ入ってる?」


 そう言うと彼女はスマホの画面のアイコンを指差す。彼は首を横に振る。


「じゃあ、このアプリ今すぐ入れて」


 彼は戸惑いながら彼女を見る。すると彼女が凄む。その気迫に押されて彼はアプリを取り入れた。すると彼女は自分のIDを無理やり入力、いや教えてくれて下さり登録する。そしてメッセージ機能でミレのIDを送り付ける。


「今、この場で通話かメッセ送って断って。一分だけ時間をあげるから。それまで送らなかったら行くってことで」


「あのう〜、これどうやって彼女のIDを登録するんです?」


 彼はアプリにうといのだ。いつもはコガレにやってもらっている。するとカコが彼のスマホを取り登録してあげる。


「じゃあ、今から一分ね」


 彼はミレに送る文面を考えながら打ち込む。彼が打ち込んでいるとスマホを取り上げられる。


「なにするんですか?」


「一分経ったわよ」


「一分じゃ無理ですよ」


「うわぁ、長ったらしく回りくどい文章ね。行けません。ごめんなさいで良いのに」


「そういう訳には……」


「約束は守ってよ」


「そんな……」


「イジワルしようと思ったら登録してあげないで一分待ってれば良かったのよ。登録までしてあげたのに。私が悪いの?」


「そうではありません」


「なら、行くってことで決定で」


「しかし……」


「分かった。今すぐさっきの録音をミレに送るわ。警察に代わって成敗してもらいなさい、もうっ」


「そんなぁ……」


「どうすんの?」


「いっ、行きます」


「よし! 決まりね。ねぇ?」


「何でしょう?」


「何を着てくる気なの?」


「私服ですよね」


「どんな服装でくる気なの?」


「えっ? 服ですが」


「からかってるの? 祭りにはドレスコードがあるでしょ」


「もしかして浴衣ってことてすか?」


「そうっ。持ってる?」


「あぁ〜っ、以前は持ってたんですがやぶけてしまって。今は持ってません、はい」


「じゃあ、借りるか買ってきてもらうことにはなるわね。大丈夫?」


 ――キズナから借りるか


「聞いてる?」


「あっ、はい。借りようかと」


「じゃあ、祭りの三日前までに写真撮ってアプリに送ってね」


「どうしてです?」


「もちろんチェックするのよ。ミレと一緒に」


「はぁ。浴衣を撮って送ればいいんですよね?」


「んっ? もしかして浴衣だけ撮る気なの?」


「そう言いましたよね?」


「違うよ。着て撮って送るのよっ!」


「着る必要あります?」


「嫌ならミレにメッセ送ってよ、今すぐ。ミレの発案だし。今度は時間制限なんて設けないから」


「分かりました。着た姿を送れば宜しいんですね?」


「そっ。じゃあ、私は行くね、チトセ」


「はい」


「んっ、んっ」


「あっ! はい、カコ」


 そう言うと彼女は彼の背中を叩く。そして去って行く。姿が見えなくなるまで見送る。


 その様子を遠目からチアキが見ている。彼女は急いでカコに用があるので帰ったと送る。すぐに返事が来る。その内容は急に本屋からいなくなってゴメンだった。チアキは嘘を付いたことを申し訳なく思う。


 チトセは本屋へ戻る。そして、子供用の図鑑のコーナへ向かい星座図鑑を手を取ろうとする。

 

「チトセ君っ」


 その声で彼は誰だか分かった。チアキだ。なので、その方へと向くことが出来ない。彼は図鑑を手に取りとめくって聞こえなかったふりをしてしまう。そんな自分に彼は嫌気が差す。


 普段ならチアキは諦めて帰ってしまっていただろう、しかし、今日の彼女は一味違う。そうアグレッシブになると決心したのだからだ。彼女は重い第一歩を踏み出した。そうすると二歩目からは足が軽くなり彼への下へと進む。


「チトセ君っ!」


 そう言うと同時に彼女はチトセの肩を叩く。彼はハッとなる。しかし、平常心を保つ。肩まで触れられたのに無視する訳にはいかない。彼は横を向く。彼女と目が合う。視線を下に移す。今日の彼は、そこで止まってしまう。


「本、買いに来たの?」


「あっ、はい」


「そっ、そぅ、そうだよね」


 そう彼女が言った後、二人の間に沈黙が続く。彼女は心が折れそうになっている。今の彼女はくじけない。二人共通の話題を探す。というよりも彼女はこれしかないと決める。ずっと心に秘めていたことを。


「チトセ君?」


「あっ、はい」


「本で思い出したんです。あの事を覚えていますか?」


「あの事といいますと?」


「やっばりチトセ君は覚えてないっかぁ……」


 彼女は落胆の色を見せる。実はチトセには何のことだか見当は付いている。最近こそ、ミレのせい、いやおかげで彼女と接することが多くなってきている。それまでは数えるほどしかない。ほぼ形式的な会話だ。その中で印象的な出来事は一つしかない。


 チアキの中には、もしかしたら覚えてくれてないかなと淡い期待があった。彼女にとっては大切な思い出でも、彼にとっては頭の片隅かたすみにすらない高校生活の数々あった些細ささいなワンシーンでしかないのだと言い聞かせる。


 一方、チトセはどうしょうかと思い悩んでいた。ふと彼は考える。彼女から話題を振ってきたということは嫌な出来事では無かったのではないかと。それでも踏ん切りがつかない。


「なんかごめんなさい」


「もしかして……」


「もしかして何ですかっ!!」


「お気に触ったら申し訳ないのですが……小説の本の件かなと、はい」


「覚えててくれたんだねっ!!!」


「あっ……はい」


 その件というのは入学当初のことである。昼食時間、食事を済ませたチアキは好きな恋愛小説を読んでいた。すると男子生徒が彼女が読んでいた本にカバーがついているのに気付いた。それで何の本を読んでいるのか気になり冷やかそうと奪い取ったのだ。彼女は返してもらおうとした。しかし、彼は本を持った手を上げて取れるもんなら取ってみろと言わんとばかりに彼女を馬鹿にするような行動を取った。それをチトセが取り返して彼女の机にそっと置いたのだった。


「あの時、男子生徒に言った言葉を覚えてますか?」


「いやぁ〜」


 その様な反応を彼がするのも無理ない。あの時、彼は頭に血が登っていたのだ。男子生徒に何か言ったことは覚えているのだか内容は定かではない。チアキは目を輝かせて彼を見ている。


「人の……いや彼女の趣味を馬鹿にするなって言ってくれたんですよ」


「あっ……そうだったんですね」


「私、人の目が気になりながら読んったんです。だから内容も入ってこなくて。それで家に帰ってから、もう一度読み直していたんですよ。だったら学校で読むなって感じだよねっ?」


「いゃ〜、そんなことは」


「余計なことを言っちゃったね?」


「全くそんなことはありませんよ、全く」


「あの日以来、気にせず読めるようになっよっ! チトセ君っ!!」


「……あっ、それは良かったです……ね」


「チトセ君っ?」


「あっ、はい」


「あの時、いい忘れたこと言うねっ? いいですか?」


「あっ、はい」


「凄く嬉しかった。ありがとっ!」


 チアキはずっと胸に秘めてたことを吐き出せたこと、一方のチトセは彼女がそう思っていてくれたことに胸が踊る。


 チアキが頬を染める。気取けどられてしまったのではないかと思い俯く。そして話題を変えなければと焦る。彼女の視線の先には彼が手に取ろうとしていた星座図鑑が見える。


「チトセ君?」


「あっ、はい」


「星、好きなんですか?」


「あっ……そうですね。見上げてるだけですが」


「その星座図鑑、買うんですか?」


「あっ、はい」


「でも、それ子供用だよね?」


「あっ…………星が好きな甥っ子に買ってあげようと、はい」


「えっ! 甥っ子?」


「どっ、どうしました?」


「あっ、ううん。甥っ子がいるんだね」


「あっ…………年の離れた姉がいるんで、はい」


「あっ、そっかぁ。そうなんだね」


「……はい」


「小学生かな?」


「そうです」


「よく分かりましたね」


「年が離れてるって言ってたから、それくらいかなって」


「あぁ……」


「もしかしてめいっ子も居たりするのかな?」


「いえ、姪はいないですね」


「あっ…………そうなんだね」


「はい」


 そう彼は言うと星座図鑑を手に取る。彼が言ったことは嘘である。咄嗟に付いてしまったのだ。彼は彼女に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。それで居づらく思う。本心を言えば、少しでも長く二人だけの空間を共有していたい。


「他に寄る所があるんで、これで失礼します」


「あっ、うん」


 彼は会釈して彼女にする。それに対して彼女は手を振るが、彼は気付かずに背を向け歩き出す。彼女は手を止める。そして、ゆっくりと下ろす。彼との会話中に気になって仕方ないことがあった。それで確認する為に本屋を後にする。





 彼女はトイレで鏡の中の自分をまじまじと見ている。彼女の目はある箇所一点だけに集中している。それは唇だ。なぜならチトセが唇から目を逸らさずに話していたからだ。彼女は上唇の口紅が微妙に左右非対称に気付く。鏡の中の彼女の顔は赤くなっていく。そして彼女は唇を噛む。


 実際はチトセはそう微塵みじんも思っていなかった。むしろ、左右非対称であったなんて気付いてさえいなかったのだ。ただ彼は彼女の唇に目を奪われていたのだ。それは、これまでの世で彼女が口紅だけとはいえ化粧をしたのを初めて見たからだった。出来ることなら、べにを指した彼女の顔全体を見たかったのである。





 今、チトセは公園のベンチに座っている。そして入口の方を眺めている。しばらくすると、そこにユイが現れる。彼女は気付きランドセルの肩紐を掴みながら駆け寄ってくる。


「何してるですか? お兄ちゃん」


「ユイを待っていたんだよ」


「どしてです?」


「プレゼントがあるんだ?」


「何ですか?」


「はい、これ」


 そう言うと彼は包装されたプレゼントを彼女に差し出す。しかし、彼女は受け取ろうとしない。それどころか背を向ける。


「いらないです」


「どうして?」


「教えないです」


「もしかして持てないと思っているのかな?」


 その言葉に彼女が向き直る。そして目を見開いて彼を見上げている。彼女の口は真一文字だ。


「違うかい?」


 彼女は無言で首を縦に振る。どうしても言いたくなく認めたくない様だ。


「持てるよっ。ほらっ、持ってごらん、ユイ」


 今度は彼女は首を横に振る。そして再び彼に背を向ける。彼は回り込み彼女の前で屈む。そして、そっと彼女の前に差し出す。


「お兄ちゃんは嘘付かないよ」


「ほんとう?」


「あぁっ、本当さぁ」


「嘘ついてたら、もうお兄ちゃんとは会いません!…………ん〜っ、やっぱり、たまにしか会ってあげないっ」


「さぁ、どうぞ、ユイ」


 彼女は頷き恐る恐る手にする。持っことが出来た。彼女は目を丸くして不思議そうな表情を浮かべている。しかし、次第に笑みがこぼれ始める。カラクリはというと彼は精魂を星座図鑑に込めたのだ。これは彼の特殊能力といえる。


 彼は一度だけ境界門を離れたことがある。それは彼女に花を手向たむけたくてだ。しかし、花を摘むことは出来なかった。それは手をすり抜けたのだ。彼は幾度となく挑み続けた。その甲斐あって持てるようになったのだ。そして彼は墓に花を手向け境界門へと戻ったのだ。


「どうして? お兄ちゃん」


「言わなかったかな? お兄ちゃんは魔法使いって」


「あっ! そうだったね」


「喜んでもらえたかな? ユイ」


「うんっ!! 魔法使いのお兄ちゃんっ」


「あっ! 中身を見るのを忘れてるよ」


「あっ! ほんとうだ」


 そう言うと彼女は包みをがす。すると星座図鑑と分かって目を輝かせる。彼女は両手で持ち、それを頭上高く上げ小躍りを始めた。しばらくして止め、それを胸に抱きしめる。


「ありがとう、お兄ちゃんっ」


「どういたしまして」


「ユイ、病気で小学校に一回も行ってないから、お勉強したかったんだ」


「……そうなんだね」


「ひらがなとカタカナは病院でお勉強したから読めるんだ。あっ、書くのもできるよ」


「すごいねっ」


「でしょ?」


「そうだよ」


「ユイ、頑張ってお勉強するねっ!」


「エライね。そんなユイにプレゼントがもっとあるよ」


「なになに?」

 

 彼はもう一つの包装されたプレゼントを彼女に手渡す。彼女がベンチに置いて包みを開く。


「わぁ! 鉛筆、消しゴムとノートとぉ、筆箱もあるっ! 他にもいっぱい」


 彼女は満面の笑みを浮かべ彼を見る。彼は喜んでもらって嬉しい反面、複雑な心境でもある。ランドセルの中に何も入ってないんじゃないかと思い文房具一式を買ったのだ。


 この世にとどまっているモノは生前に思い入れの強かった物を所有していることがある。彼女にとってはランドセルなのだ。そこまで思いが至ってなかった自分が情けなってしまったのだ。


「なんでユイが欲しいって分かったの?」


「んっ……どうしてかなっ?」


「魔法使いだからでしょ!」


「あっ……うん。そうかな」


「お兄ちゃん?」


「なんだい?」


「これ全部ランドセルに入れてもいい?」


「もちろん。入れてあげようか?」


「大丈夫。ユイ、一人で出来るもんっ!」


「うん、そうだね」


「あっ! 図鑑は見るからぁ〜。後で入れるね」


 そう言うと彼女はランドセルの肩紐を外す。そして、開けると一つ一つ丁寧に入れていく。そうしている彼女の表情は嬉しさと真剣さが入り混じっているように彼には見えている。彼は微笑ましい気持ちになる。入れ終えると彼女は再びランドセルを背負う。


「ランドセルは横に置いといたらどうだい?」


「なくしたら困るから大丈夫っ。お母さんに買ってもらった大切なものだからっ」


「……あっ、そうなんだね」


「お兄ちゃんも図鑑見ますか?」


「うん、そうしょうかな」


「じゃあ、ユイをお膝の上に乗せてくれますか?」


「いいよ」


 そう言うと彼は背を向けた彼女の両脇を抱え持ち上げる。そして、彼女を膝の上にななめに座らせる。


「ランドセル邪魔じゃないですか?」


「大丈夫だよ。斜めに座ってもらっているからね」


「良かったです」


 彼女が図鑑を開く。彼女は次のページにいきたい時は必ず彼に確認していく。そうしなくてもいいと言おうとした。しかし、そうは言わなかった。彼女の思いやりを素直に受け入れるべきだと。


 ベンチに座るチトセを偶然通りかかったチアキが眺めている。いつも無表情の彼が笑顔を見せている。彼女は心ときめく。

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