第19話 リレー順決め サイシュウソウシャ(最終走者)
数日後の放課後、体育祭のリレー順を決める為にクラス全員が残っている。学級委員長が取り仕切り、各々《おのおの》が好きな順番を決めていくことになった。生徒たちが挙手して次々と順番が決まっていく。残り四人となった。それはチアキ、リンネ、ミレとチアキだ。
残っているのは一番走者とアンカーを含む最後からの三つである。学級委員長が四人に何番目にするか促す。するとミレが挙手する。そして、最後から三番目に決まる。続いてリンネが挙手しアンカーに決まる。慌ててチアキが挙手し最後から二番目に決まる。自動的にチトセは第一走者になった。
ミレが振り向きチトセの机を人差し指の爪で叩く。何番でもよかったは膝をついて窓から外をを眺めていた。音に気付き彼は顔をその方向に向ける。
彼はリンネがちょっかいを出そうとしているものだと思っていた。ミレだと分かり自然な感じで顔を下げようとする。するとミレが彼の顎を親指と人差し指で掴む。彼は観念する。
「なっ、何ですか?」
「あの人って足速いのか?」
「あの人って誰でしょう?」
するとミレは顎でその者の方向を指す。それはリンネだ。彼女があの人と言うには理由がある。リンネが肘打ちを喰らった翌日、チトセは彼にミレに謝罪するように勧めた。リンネが謝罪した後、彼はベランダに連れて行かれた。そして彼女から二度と触れるんじゃないという言葉と共に鳩尾に彼女の拳を喰らい悶絶したのだった。
結果的にはチトセは余計なことをしたことになる。しかし、彼は一件を知らない。なぜならミレがリンネに口止めしたからだ。彼女は怒りに任せて一撃を加えた後、ふと我に返ったのだ。そして、チトセからキズナに漏れるのを恐れてたのだ。もし、チトセが知ったとしても、彼は恐ろしくて言うはずもない。しかし彼女の中では例の一件でチトセは怒らせたら何をするか読めない存在なってしまっている。
「あっ、隣の席の彼でしたか?」
「私の答えになってないぞ」
「聞いてみますね?」
「早くしてくれ」
彼は彼女のご機嫌を損ねたくない。なので、リンネの腕を押す。
「なんだい? チトセ」
「足速いか?」
「いきなりどうしたんだい?」
「いいから早く答えろ」
「昔はチトセの方が速かっただろう?」
「どういうことだ? チトセ同学生」
そう言ってミレが割り込んできた。チトセは彼女を見る。彼女の表情は明らかにイラついている。
「えっ……」
「君たちは幼馴染みか何かか?」
「いえ。どうして足の速さなんて聞くんです?」
「ハァ〜、もういい。今さっき思い出したんだがチアキは足が遅いんだ。うちの高校では三年に一度しかない最初で最後の体育祭を悲しい思い出にさせなくないから少しでも足の速い方をチアキの次にしたいんだ。今さら委員長にやり直してくれとは言えないだろ? どうしたらいいんだ、ハア〜ッ。チトセ同学生はチアキが傷付いてもいいんだな? 見損なったぞ」
その言葉にチトセの顔つきが変わる。そして、彼はリンネを直視する。リンネは彼の表情に尻込みする。
「順番代わってくれ」
「いきなりかい?」
「いいから代わってくれ」
「こんな時に申し訳ないんだが条件を出していいかな?」
「あぁっ」
「じゃあ言うよ?」
「後で聞いてやるっ! 代わってくれるよな?」
「わっ、分かったよ」
チトセは挙手する。委員長が指名する。彼はアンカーをやると申し出る。すると委員長がリンネに確認する。彼は譲ることを了承する。そして委員長からリレー順決めの終わりが告げられる。チアキはミレたちの会話を聞き耳を立てながら聞いていた。
チトセはリュクを背負い教室を出る。しばらくすると背後から声を掛けられる。彼は溜め息をつきそうになる。絶対に無視するわけにはいかないので振り向く。ミレが手を振り駆け寄って来ながら彼のリュクを叩く。そして彼の前まで来て立ち止まる。
「見直したぞ、チトセ同学生」
「あっ、どうも」
「リックを叩かれたんじゃ私の心からの感謝が伝わらなかったろ?」
「はぁぁ」
そう彼が言うとミレは彼の胸を叩く。すると彼は蹲る。というのも彼女は軽く叩いたつもりだったのだが、チトセの鳩尾に入ったのだ。武道有段者の彼女は意図せず掌底打ちをしていたのだった。
「どうした? チトセ同学生」
「うぐぅ」
「吐きそうなのか?」
「うふっ、ふうっ、ぐふっ」
ミレが背中を摩ってあげている。チトセは、そこじゃなんだけどなと思いながらも受け入れている。せっかくの彼女の厚意を無下にするのは申し訳ないと彼は思ったからだ。
しばらくすると呼吸の乱れが収まってきた。もう大丈夫だとミレに彼は告げる。そして彼が立ち上がろうとする。すると彼女が彼の脇下に腕を入れ立ち上がるの手助けしてくれる。
彼が顔を上げる。口を真一文字に結んだチアキと目が合う。いつもと違い彼女の方から視線を逸らす。そして彼女は彼に背を向ける。
「じゃあな、チトセ同学生」
そう言うと彼女は彼の肩を叩く。そして、彼女はチアキと合流する。向かってきた二人は彼を追い越していく。彼は二人の後ろ姿を眺めている。ミレが冗談でも言ったのだろうか、チアキが彼女の腕を軽く叩く。そうした彼女の横顔は先程と打って変わって表情豊かである。笑みも溢れている。
彼女が振り返る。チトセと再び目が合う。すると、たちまち彼女は表情を硬くさせる。そして、彼なんか見なかったかのようにミレと笑みを浮かべ会話を続ける。彼は二人を見るのをやめた。
チトセは帰路についている。周囲に人気はない。すると目の前には球体が出現する。彼は見構える。悪魂が人の姿へと変わる。すぐに彼には誰だか分かった。それは宰相だ。
「悠久の時を経て再会と言ったところだろうか?」
「再会だとぉ!」
「そうではないか? お主が生きていた以来なのだから」
「まぁ、いつかは会わないといけない存在だったな、お前は」
「宰相だった私に対してお前呼ばわりか。まぁ、お主が官職を辞する時点では格上だったから甘んじて受けるとしよう」
「そりゃどうも」
「いけしゃあしゃあと心にもないことを、フンッ」
「親しくない仲にも礼儀ありだ」
「なんだそれは」
「最近覚えた言葉だ」
「まぁ、いい。お主はなぜ精魂のままでいる? 順風満帆な人生を送ったではないか? 未練なぞ無いであろう?」
「…………黙れっ」
「その口ぶり、未練があるのかぁ。これは大変に有意義な収穫だ」
「そう思ってろ!」
「ムキになっているのが証拠だっ。なら今のお主は私と一緒ではないかっ!」
「ほざいてろ!」
そうは言うと彼は腕を背中に回す。そして素早く精魂を放出し指で円を描く。
「捕まるつもりで来たんじゃない。今日は挨拶に来ただけだ。近いうちに相見えよう。さらば、救国の英雄よ」
そう言うと宰相は悪魂に戻る。チトセは腕を前方に振る。すると、五つの輪っかが悪魂に迫る。寸前で悪魂は空高く急上昇していく。そして急転換し遥か彼方へ猛スピードで飛び去っていく。
捕縛しそこねたチトセは唇を噛む。そして、彼は空を見上げて立ちすくむ。
数日後の昼食時間、チトセは弁当の蓋を開け箸を取る。窓際の最後尾の席の彼は、ふと窓から外を見る。すると運動場に生徒たちがいる。彼は目を凝らす。見慣れたモノがいる。キズナとコガレだ。彼は裏返った弁当の蓋に箸を置く。
彼は見続けることにする。すると一人の生徒が走り出す。彼らはリレーの練習をしているのだ。その理由は体育の時間にリレーの練習は組み込まれてはいないからだ。
彼は最後まで見ることになる。しばらくするとキズナにバトンが渡る。次にコガレに渡り、その次にアンカーへと渡る。アンカーは肥満、いや膨よかな体型をした男子生徒だ。彼はゴールすると倒れ込む。すると生徒たちが駆け寄り心配している様子だ。
「これが青春ってヤツか」
そう無意識に彼は呟いた。見ているとアンカーの生徒は二人の生徒に脇を抱えられ歩いていく。その様子をチトセは温かい目で見守っている。見届けると彼は顔を正面に戻す。すると二つの目がある。その視線が彼の目を貫通する。ミレが両手で頬杖しながら凝視しているのだ。
「青春したいのか? チトセ同学生」
「したくありませんよ」
「これが青春ってヤツか」
「なんです? それ」
「言ってたぞ、いや呟いていたといった方が正解だな」
「言ってませんから」
「無意識だったんだな」
「だから言ってませんから」
「これを見ろ」
そう言うと彼女は画面をタップして彼に見せる。そこには先程までの彼が映っている。彼は確かにそう言っていたことを確認してしまう。彼は画面から顔を背けたいが耐えている。
「消してくださいよ」
「それは出来ない」
「勝手に撮っておいていてですか?」
「許可は取ったぞ」
「えっ……」
「私が取っていいかと耳元で囁いてたら頷いたぞ」
「そこも撮ったんですか?」
「そこは残念ながら撮ってない。今、そこもと言ったな」
「言いましたけど、それが何か?」
「そこもと言ったからチトセ同学生に頷いた覚えがあるってことだな、うん」
「そういう意味で言ってませんて」
「本当に違うのか?」
「違いますって」
「今、違いますってって言ったな?」
「言いましたけど」
「ちょっと待ってくれ」
そう彼女は言うとスマホの画面を覗き込む。何か何だか理由分からないと彼は思う。しかし、彼は碌でもないことだけは確信している。
「もう一度だけ確認するぞ。違いますってって言ったよな?」
「言いましたけど」
「チトセ同学生の違いますは肯定だ」
そう言うと彼女は右手で人差し指と親指を動かす。そして左手の甲の辺りを眺めている。
「13時25分。嘘付き罪により現行犯逮捕する」
そう言うと彼女は二本の指で彼の手首を掴む。チトセは呆れて物が言えない。彼女は不敵な笑みを浮かる。しかし彼女は急に不安になる。この間の様に彼が豹変しないかだ。それで彼女は頭が混乱し始めてしまう。
「チッ、チトセ同学生?」
「何です?」
「ちっ、ちなみに、この動画を私のSNSにアップしてもいいか?」
「ダメに決まってるじゃないですか」
「そっ、そうか。そうだよな。あっ! そういえば、このチトセ同学生の動画を以前にも見た様な気がする」
「まさかっ! 以前にも盗撮したんですか?」
「とっ、盗撮だなんて、あんまりじゃないかなぁ……あっ、そうだ! 『僕の彼女は二人いる』のドラマにも似たようなワンシーンがあったぞ」
「ああっ、あのドラマですか」
「チトセ同学生も見てるのか?」
「まぁ、倍速で流し見程度ですけど」
「どうなると思う?」
「さぁ」
「ちなみにチアキの今期イチオシのドラマだぞ。過去一好きかもって言ってたっけな。知れて良かったろ? チトセ同学生」
そう彼女が言った瞬間に午後の授業のチャイムが鳴り会話は終了した。
下校時、彼の前をチアキとミレが歩いている。二人は校門を右に曲がる。いつも通り彼は左へ曲がる。それから、しばらく時間が経つ。
「チトセ君っ」
その声に彼は歩みを止める。しかし彼は振り向くことが出来ない。なぜなら、声の主がチアキだからだ。
「チトセ君!!」
さすがに二度目の呼びかけを無視する訳にはいかない。彼は勇気振り絞って振り向く。しかし、彼は彼女の顔をまともに見れないでいる。
「…………はい」
「良かったぁ。声が小さくて届いてないと思ってた。チトセ君?」
「あっ、はい」
「私、隣のクラスのリレーの練習を見ていたんです。足の遅い生徒が必死に走ってました。それで勇気をもらったんです。それまではマイナス思考でした。でも私も頑張らなくちゃって思ったんです」
「……あっ、そうなんですね」
「私、頑張って練習してチトセ君に少しでも早くバトン繋ぐからねっ」
「……あっ、はい」
「じゃあ、行くね」
そう言うと彼女は手を振る。彼は上げかけた手を背中に引っ込める。彼女は背を向けミレの元へと駆け出していく。しばらくすると彼女は振り返り彼を見る。チトセは会釈する。それに対して彼女は彼だけが気付くように小さく手を振った。
その後、彼は帰宅するとすぐに早めの夕食と風呂を済ませた。そして、彼は配信サイトで放送分まで一挙配信しているドラマ『僕の彼女は二人いる』を倍速視聴はせずに等倍で視聴し始めた。しかも時には一時停止しメモまで取りながらだ。これまで、そんなことは一度たりともしたことなどないのにだ。血眼になって彼は作業、いや視聴を深夜まで続けたのだった。




