第14話 胸元とハンカチ キョウカツシャ(恐喝者)
チトセは両手を付き腰を起こす。そして、腰を捻りコガレの方へと振り向くと立ち上がろうとする。すると、コガレが中腰の姿勢の彼の肩を押す。彼は体勢を崩し再び尻餅を付く。
「何すんだよっ! コガレ」
「あらっ、私を見下すつもりかしらっ?」
「何言ってんだ?!」
「だってぇ〜、チトセは私より背が高いじゃん」
「それが何なんだよ」
「それだと私を見下ろす形になるじゃん?」
「そういうことかよ。これまでも、そうだったろ? そんな事、一度も言われた事ないぞっ」
「今日の私は何か違うかなぁ〜てぇ」
「何がだよっ!?」
「今日のコガレはチトセを見下ろしたい気分みたいらしいの?」
「らしい? なんで他人事なんだよっ」
「今日のコガレ、一皮剥けたみたいなの」
「なんでだよ」
「強い日差しのせいかしら〜っ? 汗ばむわぁ〜」
「シャレのつもりなら、つまんねぇぞっ。せめて日焼けしてから言えよっ」
「UVはお肌の敵だもの」
「何だよ、それ?」
「紫外線のことよ。女性にとっては常識よ」
「はいはい、分かりましたぁ」
「チトセの為に日々のお肌の手入れは入念にして欠かしてないわよ〜っ」
「毎日、日傘でも差してろよ」
「私は若人よ。日傘はオバサン臭いわ」
「若人って言い方がオバサン臭いぞっ」
「毎日、日傘差せってヒドくない? 雨の日に差したら布だから浸透して漏れて濡れるじゃんっ。あっ、もしかして……」
「もしかして何だよ?!」
「相合い傘してくれるのっ?」
「丁重にお断りさせてもらう」
「えぇ〜つ、してくんないの〜っ?」
「兼用のヤツがあるぞ」
「何それ?」
「傘と日傘の機能を兼ね備えてるんだよ」
「へぇ〜、知らなかった」
「晴雨兼用と雨晴兼用があるぞ」
「二種類あるってこと?」
「あぁっ」
「なんか違いあんのっ?」
「自分で調べた方が理解しやすいぞ」
「え〜っ、教えてくんないの?」
そう言うと彼女はスマホを持つ腕を彼の目の前まで伸ばして振る。彼は項垂れる様に頷く。そして背中の後方に両手を付き彼女を見上げる。
「一回しか言わねぇぞ」
「どうぞ」
「晴雨兼用が傘の機能付きの日傘で、雨晴兼用は日傘の機能付きの傘だ」
「コガレ分かんな〜いっ」
「だから自分で調べろよ」
「調べろですって! なんて乱暴な言葉遣いなのかしらっ?」
「普段と変わんねぇだろ」
「今はチトセにとって非常事態じゃないかしら〜っ?」
そう言うと彼女はスマホをチラつかせる。チトセは溜め息を付きたいが我慢する。
「そうでしたね、はい」
「それに頭が高いんじゃない?」
「低いですが」
「見下されてる気がするわ」
「見上げてますが……」
「態度かよ。後方に両手を付いて、ふんぞり返ってるじゃない!」
「どの様にすれば宜しいですか?」
「自分で考えなさ〜い、チトセ〜」
そう言うと彼女は、スマホを操作する。そしてスクショを撮る。それを彼女はスマホの両側を指で掴み突き出す様に彼に見せる。
画面には露わになったチアキの太股が見える中で彼がスカートの裾を摘んでいる。十中八九、初見の人が見ればスカートを捲ってスカートの中の下着を覗こうとしている様に見えるはずだ。
「控えおろう」
「もう、やりませんよ」
「そういう意味じゃなかったんだけどね。まっ、いいわ。キズナなら理解してくれたわね」
「あっ、そうですか……俺には理解出来ないけど。まさか!」
「何よっ!」
「キズナ呼んでませんよね?」
「呼ぶわけないじゃない! なら、今頃はスマホを取り上げられて粉砕されてるわよ」
「ですかね〜、はい」
「早く仲直りしなさいよ。キズナ、かなり落ち込んでるわよ」
「あぁ〜、考えておきます」
「それにしても、いつチトセは私に意識的に触れてくれるのかしらねっ?」
「言っておくが……言っておきますが彼女には触れてませんよ」
「一瞬でも触れてみたいと思わなかった?」
「…………思いませんでした」
「あらっ、好きな人には触れたい、触れられたい。恋い焦がれるモノの当たり前の感情だと思うけど。私はそうよ〜っ。チトセは違うのかしら〜っ?」
「………………」
「嘘が下手ね、もっ」
「………………」
チトセは彼女から質問攻めには耐えられそうにない。彼女は彼の事を知り尽くしている。なので彼は押し黙るしか選択肢がない。
一方の彼女も黙っている。遥か昔から付き合いがある。彼女は彼がチアキの事と想う気持ちを痛いほど理解しているつもりだ。彼女もまた、チアキが18歳の誕生日を迎えることは絶対になかった現実を幾度も目の当たりしてきたからだ。二人の間には静寂が続いている。淀んだ空気を清浄する為に、彼女から沈黙を破る。
「別件だけど気に掛かって仕方ないことがあるのっ。ちょっと、質問してもいい?」
「なっ、なんだよっ?」
「なんだよですってぇ〜?」
「何で御座いましょうか?」
「教えたら対策されるかも〜っ」
「変な質問なさるおつもりでしょうか?」
「確かに変な質問ではあるわね」
「まかさっ!」
「まさか何?」
「また録画する気か?!…………いや、するおつもりでしょうか?」
「録画はしないわ」
「録音か!……でしょうか?」
「録音もしないわよ〜」
「じゃあ! 何……をするおつもりでしょうか?」
「気になって仕方ないから聞いてみたいだけよっ」
「本当にそれだけでしょうか?」
「そうよ。すぐに返答してくれないと……」
そう言うと彼女はスマホを振る。彼は渋々頷く。
「チアキさんのパンツ見たわよね?」
「あぁっ、下着を見ましたよ。これで宜しいですか?」
「コガレのパンツも見たわよね?」
「見ました、パンツ」
「やっぱり間違いなかったわね」
「何が?……ですか」
「なんでチアキさんの時は下着で、コガレの時はパンツなのよっ!!!」
「同じ意味だろ!…………うと思いますが」
「違うわよ。チアキさんの事は純潔で私の事は不潔だと思ってんでしょ?!」
「そんな事、微塵も思ってねぇよ!……です。だってオマエ、いや貴女様は潔癖症かって思うくらい清潔で御座いますので、はい」
「そういう意味じゃないわよ!!」
「じゃあ!……では、どういう意味でしょうか?」
「チアキさんはアンタにとって尊い存在で、私の事、くだらない存在とでも思ってんでしょ?」
「思ってるわけねぇだろ! オマエは仲間だし」
「仲間ねぇ〜。ハァ〜ッ、傷付くわぁ〜」
「そっ、そうなのか? いや、そうなんですか?」
「そうよっ、もっ」
「申し訳御座いません」
「言わせておいてなんだけど、その言葉遣いやめてくんない。気持ち悪いし慣れないわ」
「あっ、わかった」
「まぁっ、そう思われるのも現状では仕方ないかしらね。振り向かせてみせるわよ」
「…………」
「さぁ〜てぇ〜、傷付いた私の心を癒やす為に千載一遇の機会を利用させてもらおうじゃないの」
「なっ、何する気だよ!?」
「そうねぇ〜、苺を食べようかしらぁ〜」
「何だよっ。とんでもない事でもさせられるかと思ったけど。食い意地張ってんだなぁ」
「あらっ、二千円も出したんだもの。元は取らないとね」
「好きなだけ食べてくれ」
「えっ! 本当に良いの?」
「なんで俺に聞くんだよっ。勝手に食えばいいだろ」
「だってぇ〜っ、チトセに食べさせてもらうんだもの〜っ」
「なんでだよっ」
そう彼が言うと毎度の様にコガレはスマホをチラつかせる。彼は歯を食いしばる。
「なら選択肢を差し上げるわぁ〜」
「あ〜、そうですかぁ〜。ちなみに何だよ?」
「チトセが私に食べさせるか、私がチトセに食べさせるか。さぁ、どっちぃ〜?」
「どっちか自由に選んでくれ」
「本当にいいの〜っ?」
「あぁっ」
「もっと嫌がるかと思ったのになぁ〜。もしかしてチアキさんに食べさせてもらったりしたのかしらっ?」
「えっ……してもらってねぇよ」
「嘘ついてない?」
「……つっ、ついてねぇよ」
「ばっちり証拠映像があるんですけどぉ〜」
「撮ってたのかよっ。てか、いつから居たんだよ」
「さぁ〜、いつからだっけな〜。ミレさんにカツアゲまがいの事をされてた時からかしらねっ」
「ったく。てか、まさか!」
「まさか何かしら?」
「任務放棄して、ここに来たのか!?」
「私をそんな風に思ってるのね。朝早くに行ったら全部収穫済みだったのよっ。果樹園の人に聞いたら昨日収穫したんですって」
「あっ…………」
「また心を傷付けられてるわ、コガレ」
「悪かった」
「本当に悪いと思ってる?」
「あぁっ」
「どうしようかしら?」
「本当に済まなかった」
「謝罪を受け入れてましょう。さぁ、私の傷付いた心を癒やしてくれる?」
「どうすれは……」
「もう忘れたのかしら?」
「何だっけ?」
「苺を食べさせるか、私に食べさせてもらうかよっ」
「どっちでも構わないぞ」
「本当にどっちでも良いの?」
「あぁっ」
「じゃあ、私がチトセに食べさせてもいい?」
「ご自由にどうぞ」
そう彼が言った後、コガレはしゃがみ込む。そして、彼女は苺たちと睨めっこして時間を掛け吟味している。厳選した一粒を摘み立ち上がる。
「チトセ、アァ〜ン」
覚悟したはずのチトセではあるが気恥ずかしい。それで口を開けるのを躊躇している。
「さぁ、大きくお口を開けてぇ〜、チトセ。アァ〜ン」
コガレが距離を詰めてくる。思わず彼は後退りしてしまう。お構いなしに彼女はグイグイ迫ってくる。彼は観念し口を開ける。
「はい、アァ〜ン」
そう言った彼女ではあるが一向に彼の口に苺を入れる様子がない。
「早くしろよ」
「チトセさんが食べさせてくれた苺の味と余韻が残ってるんじゃない? チトセ」
その言葉に彼は口と閉じてしまう。彼女と目が合う。彼は気まずい。
「あぁ〜っ、やっぱチトセに食べさせてもらおっとぉ。はい、チトセ」
そう言うと彼女は彼に苺を差し出す。それを彼が受け取る。二人の指先同士が触れ合う。
「これって恋の始まりの予感?」
「なんでだ」
「だって、指先同士が触れ合ったじゃん」
「はいはい」
「もう〜っ。チトセったら、つれないお返事ぃ〜」
「いいから口開けろ」
「喋ってるから口は開いてるわよ?」
「つまんねえから。早く開けてくれ」
その言葉にコガレは反応しない。コガレは何かされるんじゃないかと身構える。
「どっ、どした?」
「チトセ?」
「なっ、何だよ!」
「アァ〜ンって言ってない」
「分かったよ。ア゙ア゙ーン」
「もっ! まっ、いっかぁ」
そう言うと彼女は勢いよく苺を目掛けて喰らいつく。その際、チトセの指を噛む。
「イテッ」
「あっ、ゴメン」
「がっつき過ぎだぞ」
「ゴメン、ゴメン」
「大丈夫だよ。美味いか?」
「おひぃしぃ〜っ。チトセの味がするぅ〜」
「するわけねぇだろ」
「噛んだチトセの指の味。チトセ成分を取り込んだわ」
「ほんとっ、変態かよ」
「恋って変態になる事だと思うわっ」
「……そっ、そうですか」
「暑いわよね? チトセ」
「あぁっ、そうだな」
「ここの果樹園まで走ってきたから汗かいちゃってるわ〜っ」
「そうみたいだな」
「拭いてくんない? 汗」
「えっ……」
彼が戸惑っているとコガレがスマホの画面をタップし始める。彼はスマホをチラつかせて脅してくるものばかりだと思っていた。なので彼は拍子抜けする。彼女の表情は真剣そのものだ。
「なんか急用か?」
「緊急事態よっ!!」
「どうしたっ!」
「最寄りの警察署の電話番号と住所調べてんの」
「何があったんだ!!」
「何があったですって?! 清純な女子高生二人に対して不審者が猥褻な行為に及ぼうとしたのよ」
「どこでだ!」
「今さっき私の目の前でよ」
「んっ?……それって……」
「そうよ、チトセのことよ」
「オマエ正気かよ!」
「そうだ! 110番すべきだわ」
「おい、冗談だよな?」
「汗ばむわぁ」
そう言いながら彼女はチトセにスマホを見せる。その画面には110の数字が表示されている。彼女の人差し指が発信ボタンに迫る。
「お拭きしましょうか?」
「あっ、私どうしたのかしら? 記憶が飛んでたみたい。暑さにやられてしまっていたのね。もちろんお願いするわ、チトセ〜〜ッ」
そう言うとコガレはポシェットの中からハンカチ出す。そして彼女はそれをチトセに差し出す。渋々、彼は受け取る。彼女はシャツのボタンを二つ外す。
「なっ、何してんだよ?」
「吹いてもらう為よ。汗がいてるでしょ?」
そう言われたので彼は彼女の顔から首にかけて見る。汗が喉元辺りから鎖骨の中心を通り胸元へと流れていく。
「何見てるの?」
「なっ、何って。汗だよ」
「なぁ〜んだ。てっきり胸見てるのかと思った」
「見えねぇだろ。服着てんだし」
「それもそうね。早く拭いてほしいな〜」
「わかったよっ!」
そう言うと彼は取り掛かろうとするが、なかなか踏ん切りがつかない。しかし、やらないことにはコガレの強迫が待っている。彼は意を決する。彼は彼女の首元辺りにハンカチを持った手を伸ばす。
「ちょっとぉ!」
「なっ、何だよ?」
「なんで首元から拭こうとしてんのよっ。それじゃ顔を拭く時に汗で濡れたハンカチで顔がベトベトになるじゃん」
「……裏返して拭けばいいだろ」
「分かってないなぁ〜」
「何がだよっ?」
「裏返しても汗がハンカチに浸透して裏側も濡れてるわよ。こんなに汗かいでるんだし」
「あっ、そうかぁ」
そう言うと彼は手を彼女の顔へと持っていく。そして汗が吹き出している箇所を探す。そんな彼をコガレは見つめている。真剣に接してもらっているのが嬉しい。自然と彼女の口角は上がっていく。
そんな彼女に彼は気付かない。彼は汗を拭いていく。顔の部分を終えると首から下に取り掛かることにする。
顔を下げると彼は目のやり場に困る。というのも、コガレがシャツを指で摘んで引っ張り扇いでいるからだ。彼は手を止め横を向く。
「どうしたの? チトセ」
「いや」
「嫌なの?」
「そうじゃない」
「じゃあ、早くしてよっ。もうっ。汗でベトついてるわ。早く気持ちよくなりたいわ」
「コガレ?」
「珍しく名前で呼んじゃって。二人の時は、だいたいオマエなのにぃ〜。何?」
「扇ぐの止めれくれないか?」
「なんでよっ! 暑いんだものっ。また汗かいたら拭いてもらっている意味ないじゃん」
「そうなんだけど……」
「何よっ。嫌なら嫌ってハッキリ言いなさいよっ」
「違うんだって」
「だったら何なの?」
「それは……」
「やっぱ嫌なんだ? もういいわよっ!!!」
「違うって! みっ、見えてんだよ」
「何がよっ?」
「しっ、下着だよっ」
「パンツなんか見えないわよ。私は露出狂じゃないわ。ハァ〜ッ、さっきチアキさんの事で根に持ってるのね」
「何だよそれ?」
「下着で冷やかしたから仕返しのつもりね。パンツが見えるって。私、そんなに馬鹿じゃないわよ」
「ちっ、違うんだよ」
「見損なったわ」
「だから下着が見えてんだよ」
「まだ続けるつもり?」
「ブッ……が見えてんだよ」
「ブッって何よ! もしかして笑ってんの?!」
「ブラジャーが見えてんだよっ」
「えっ…………」
これは彼女が意図していた事ではない。暑くて扇いでいたら偶然そうなってしまったのだ。その証拠に彼女の顔は次第に赤くなっていっている。
彼女は扇ぐ手を引っ張ったところで止める。そして顔を下げる。確かにブラが見えている。そして顔を上げる。
まだチトセは顔を背けている。彼女は彼が正面を向いて顔を下げた時の視線を想定してみる。そして、その位置から自分の胸元に視線を移す。見えていたんだと悟る。と同時に気恥ずかしい。
「ゴメン、チトセ」
「なんで謝るんだよっ」
「あっ……うん」
「もう汗拭き終わろっか?」
「そっ、そうしょっ、うん」
そう言うと彼女はシャツを摘んでいた指を離す。そして、シャツのボタンを閉める。
「もっ、大丈夫だよ」
「おぅ、分かった」
彼は顔を戻す。お互いにまともに相手の顔を見れないでいる。その時、コガレがふらつき膝から崩れ落ちそうになる。それに気付いた彼が咄嗟に彼女の両脇に手を入れ支える。
「大丈夫か?! コガレ」
「あっ、うん。チトセ?」
「なんだ?」
「演技じゃないよっ」
「あぁっ。オマエの性格は知ってる。一言断りを入れてから、いや強迫してらするだろうからな」
「もっ! チトセったらっ!!」
そう言うと彼女は彼の胸を押して離れ頬を抓る。その彼女は不貞腐れた表情を浮かべている。
「痛えぞ」
「罰よっ」
「気の済むまでご自由に」
張り合いのない返事に彼女は指を離す。そして彼からハンカチを奪い取る。彼はコガレの怒りは収まってないと思っている。彼女の手が再び彼に近付く。彼はまた抓られるのかと思う。しかし彼の予想は外れた。
「何してんだ?」
「見れば分かるでしょ! 汗拭いてんのよっ」
「なんでだ?」
「汗かいてるからに決まってんでしょ!」
「頼んでねぇぞ」
「…………あっ、お返しよっ」
「おっ、そうかぁ。サンキュ」
「そっ、そうよっ。感謝すればいいのっ」
「ああっ」
彼女の止まっていた手が再び動き出す。そして彼女は拭き続ける。彼に気取られない程度の笑み浮かべながらだ。しばらくして拭き終えた。名残惜しそうに彼女は彼の頬から手を離す。
「ハンカチ、洗って返すよ」
そう言うと彼は彼女の手からハンカチ取ろうとする。すると彼女は即座にポシェットにしまい込む。
「汚くないか?」
「私が?!」
「ちげぇ〜よ。俺の汗の付いたハンカチだよ。バックの中の物に付くぞ。綺麗好きだろ」
「あっ…………」
「怒ってんのか?」
「べっ、別に怒ってなんかないわよ」
「もう遅いかもしれないけど取り出せば?」
「いっ、いいのよ。私の芳醇な香りの汗がチトセの汗の臭いを中和するのよっ」
「そうか? 香水付けてる男子が汗かいら物凄い臭いするけどな」
「そこいら男子と一緒だって言うの!」
「そんな事は言ってねぇよ」
「私の芳醇な香りは全ての臭いを凌駕すんのよっ。文句あるっ?!」
「……おっ、そうなんだな」
「そうなのっ!!!」
「そっ、そうだな。そろそろ行くわ、俺」
「えっ! 二人が目覚めたら四人でイチゴ狩りしようよっ?」
「治癒した後に三人で楽しんでくれ。俺はいない方がいい」
「それは残念だなっ」
「あっ、そうだ!」
「何?」
「二人のここでの今しがたまでの記憶は消しておいてくれ」
「いいの? 暑さでほんの少しの間だけ倒れてたことにすれば? せっかく……」
「消してくれ。俺との記憶なんて必要最低限でいい。高校で同じクラスの男子生徒ってだけでな」
「……あっ、わかった」
「チトセ?」
「何だ?」
「これからは……二人……いや私たちの思い出を作りましょう?」
「んっ? 二人も私たちも違わねぇと思うが」
「気にしないで……思い出作ろう? 私にまかせてっ! ねっ? チトセ〜ッ」
「……考えとくよっ」
「頑張ってみせるわ、私」
「二人のこと頼んでいいか?」
「あっ、うん。引き受けたわ」
「俺、行くわ」
コガレが胸元でで手を振る。彼は軽く手を上げ応える。そして彼は彼女に背を向け歩き出す。その彼の後ろ姿にコガレは少し物憂げな表情を浮かべ手を振り続けている。彼の姿が見えなくなる。すると彼女は振り向き見る。
あれから数日経った放課後、彼はホバクシャと(捕縛者)しての任務に当たっている。最近、この地域近辺で女性を狙った付きまとい行為が頻発している。その対象全員が女子高生だという。そうカントクシャから報告を受けシンショクシャの可能性も捨てきれないとの事である。
彼は被害者全員が女子高生ということなので気が気でない。それはチアキが被害に遭う可能性がゼロではないからだ。
彼は視線を感じる。というより精魂なのかもしれないと思う。彼は振り返る。すると路地の方へと曲がる赤いランドセルを背負った女子小学生が見える。彼が後を追うとラベンダー色のランドセルを背負った女子小学生が歩いている。
稀に人魂と判別が付きにくい精魂を持つメイコンシャ(迷魂者)がいるが、今の彼はチアキの事で過敏になっているので気のせいだと彼は結論付ける。
迷魂者とは悪精化の兆しないモノのことだ。その他に、精魂と悪魂の挾間を彷徨うモノはホウコウシャ(彷徨者)と名付けられている。ホウコウシャは悪魂化したシンショクシャの一歩手前と言っても過言ではない。
ここ数日、彼は後をつけられている。それは迷魂者や彷徨者、ましてや侵蝕者でもない。今の彼にとっては、それらよりも厄介な相手と言っても過言ではないかもしれない。
つきまといの件がある。任務に支障をきたすし、巻き込むわけにはいかない。彼は走り出す。そして路地に入り立ち止まり向き直る。その後すぐに後をつけていた者が路地へと駆け込んでくる。彼にぶつかりそうになり立ち止まる。ミレだ。
「何してらっしゃるんですか?」
「つけてたんだ」
「あぁっ、そうですか」
「気が付くのが遅かっな、チトセ同学生」
――随分と前から気付いてましたけどね
「私の尻の感触はどうだったかい?」
その言葉に彼は言葉を失い目眩がしてきた。




