6.リシュール侯爵家使用人
「さて、色々脱線してしまったが使用人が足りないのは事実。
アイリーンの従者、侍女を複数名、事務補佐の人間が欲しい。
教育している時間が無いので出来れば経験者が望ましい。
フレッド伝手はあるか?」
「生前にエレノア奥様に仕えていた者たちでしたら」
「あれからずいぶん経つが?」
「現状、それぞれ各方面で活躍しているのは事実ですが、
リシュール家に忠義の厚い者たちでしたし、
解雇される前までアイリーンお嬢様を心配されてましたので」
「そうか、そんな忠誠心がある者を私というか、妻のエマは解雇したのか。
フレッドが知る限りの者たちに声をかけてくれ。
戻ってくる、来ないに関係なく当時の職位に見合った給料三ヶ月分を渡して欲しい。
良いかアイリーン?」
「はい、私もそれでお願いします」
当時幼くて守れなかった人達。
お母様に使えてくれていた人達は、いつも笑顔で優して。
私は陽だまりの中にいるように暖かい気持ちでいっぱいだった。
今なら、仮にお父様がいなくても守ってあげられる。
私はあの頃より少しだけ強くなれた。
問題があるとしたら、私が少しずつファザコンになっている気がする事......
ーーー数日後
「オジョウザマー、こんなにお痩せになっでー」
「ごめんね、マリー。
戻って来てくれてありがとう」
「あだりまえじゃないですか」
私に抱きついて、ぐしゃぐしゃに泣いているのは侍女のマリー。
凄く優しく、解雇される直前まで私を庇ってくれた。
黄色がかった淡い茶色で背丈は少し低く、顔立も可愛い系の人だ。
散々泣いた後にマリーの動きがピタリと止まった。
「フレッドさんに聞いたのですが、お嬢様を下女のように扱ったり、
ましてや残飯を食べさせていたそうじゃないですか…」
「え、ええ、概ねそんな感じね」
「ケケケ、復讐してやる~
罰をくだしてやる」
「マリー、落ちついて暴力は駄目よ」
「暴力?
何をおっしゃっているのですかお嬢様。
じわじわと苦しめるのですよ。
辞めたくなってもリシュール侯爵家から紹介状を出さなければ侍女として雇って貰えません。
新卒なら別ですが、経験者なら前職の紹介状は必須ですからね。
まあ最低でもこちらに問い合わせが来るでしょう。
他国に行っても無駄です。
この日が来る事を信じて、私は侍女権威向上連の役職持ちになりましたから。
他国に行っても潰せます。
侯爵家の令嬢を虐待したとなれば、
まともな結婚も出来ないでしょう。
三食残飯で使い潰してやりますよ」
「おい、マリー。
残飯は駄目だ、料理人として許容出来ない」
腕を組んで渋顔でマリーを止めたのが、
料理人のボーノ。
くせ毛で恰幅の良い体型をしている。
「ボーノ、だけど許せないじゃないですか」
「マリー、お前にも職としてのプライドがある様に、
俺にも料理人としてのプライドがある」
「ぐぅ」
「何心配するな、そいつ等にまかないは作らん。
ここは王都の中心の貴族街だから、料理店の値段もべらぼうに高い。
貴族街を外れれば安価な料理店もあるが、毎日徒歩で往復出来る距離じゃない。
勝手に貴族街の残飯を食う分には関係ないからな」
「ケケケ、それは良いですね」
「お前、その笑い方怖いからやめろ......
後、お嬢が残飯飯を食べてるのに意見しなかった料理人は、
今日付けで全員首にした。
人の口に入る食べ物を料理する人間として失格だ。
俺もそこそこ有名人だからな、そいつ等の料理人免許を剥奪する様に手を回す」
「ボーノ、そんなに首にして平気なの?」
「日常の邸内の食事なら問題ありませんね。
唯、邸内でのパーティは、
しばらく小規模のお茶会レベルにして頂きたいですね、
中規模や晩餐会は手が足りません。
直ぐに伝手で料理人を集めますんで、それまでの間は我慢して下さい」
ボーノの意見で問題ないと思うけど、私はお父様の意見を求めた。
部屋の済で話を聞いていたお父様は、私の隣まで歩いて皆を見た。
「先ずは、不義理な真似をした事を謝罪させて欲しい」
お父様は皆に向かって深々と頭を下げた。
これには皆動揺したようで、驚いた表情を隠せなかった。
基本的に貴族は平民に謝罪などしない。
謝罪する様な案件は代理の人間が謝罪するのだ。
「これからは、皆の信頼に答えるべき誠心誠意を持った対応をする事を誓う。
暫定的ではあるが、各責任者を決めさせて貰う、不満があれば聞かせてくれ。
家令 アイリーン
執事長 フレッド
侍女長 マリー
料理長 ボーノ
アイリーン専属従者 アヤメ
以上、各職場で人員不足はそれぞれの長が進言してくれ。
半年に一回は給金の査定をするので、査定書を提出して欲しい。
我が家主催のパーティは、アイリーンが回復するまではやらない。
他家のパーティもしばらく私が出る」
「旦那様、私は」
「言いたい事は分かっているフレッド。
だがそれを言うなら寧ろ私が一番罪深い。
執事長を任せられる人物は、そうそう在野にいない。
お互い後人の教育が終わってからな」
「......お父様?」
「いや、まあ、うん、あれだ、忘れた訳じゃ無いから」
逃げようとしましたよね?
逃しませんよ。
本当に早くエマ義母とは離婚して欲しい。
私の一押しは、マリー。
子爵令嬢だし性格も良い。
あの笑い方はどうかと思うけど。
「唯一つ困った事があるんだが」
「何がですか?」
「今日ささやかな歓迎会を開こうと思っていたんだが、料理人がいないと」
「ああ、旦那気にしないで下さい、私が作りますよ」
「すまないボーノ、歓迎される側に歓迎会の料理を作って貰ってしまって、
私も何品か料理を作らせて欲しい」
「旦那がですか」
「ボーノ聞いて、お父様凄いのよ。
チーズオムレツとかトマトソースとかマヨネーズとか!!」
「お嬢がそこまで言うなら楽しみですね」
最初不安そうにしていたボーノも私の手放しの賞賛を聞いてニヤリと笑った。
ボーノの料理の腕は超一流、王宮の料理長も務められるほどだ。
だけどお父様の料理は異質。
少なくともこの国の料理では無い。
どこで覚えたのだろう、本当に不思議だ。