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「エリー嬢から、一連の記憶を消すことになったよ。その後、異国に留学することになっている。そもそもフレム先生が煽り誘導したことだから、エリー嬢に咎がないことになった。火事の件は許せないし賊のこともあるけれど……」
ロアは言いづらそうに、一通りの報告をした。
冬の試験日から一週間後。
アカデミーは休暇に入り、生徒たちは実家に帰省したり、寮に残ったりと様々だ。
三人はフレムとの一件もあり、休暇を王城で過ごすことになった。
天気のいい昼下り、庭園のベンチに腰かけ三人寛いでいる。
リージはロアの報告に首を傾げる。
「そんな要所の記憶だけを消せるものですか?」
「フレム先生なら可能だよ。だから何故、フレーゼの望みを叶えてあげなかったのか不思議だったんだ」
リージは嘆息し、フレーゼを見やる。
「なんで、生まれる前の記憶があるって話さなかったんだよ」
「ごめんって何度も謝ってるのに……しつこいわね」
「それを知っていたら、義姉さんが魘されている理由も納得出来たんだからな」
「私、そんなに煩かったの?」
リージは渋面を浮かべてしまう。ロアは二人のやり取りを見ながら、つい笑ってしまった。
「フレーゼ、リージは凄く心配していたんだよ。自分の魔力のせいで君を傷つけたから、悪夢をみるようになったって」
「で、殿下!」
ロアがさらりと義弟の秘密を晒してしまう。珍しくリージが狼狽えた。
「ああ、もしかして階段から落ちたこと? え、まだ気にしていたの?」
フレーゼの呆れたような声音に、王子二人は目を丸くする。
「あれがリージの魔力のせいだって、知っていたわよ。気付いたのは城に来てからだけど。ずっと不思議だったのよね。家の中で大きな風に吹かれ落ちたこと」
「だから、それは、全部俺が……」
「仕方ないじゃない。魔力って、幼い頃は制御できないって言うし。リージも両親もたくさん泣いて、大変だったわよねぇ」
フレーゼはうんうんと頷くが、リージの眉間の皺が深くなってしまう。
「そんな顔しないでよ。まぁ、それがきっかけで前世を思い出したなら、なるべくしてなったのよ」
「あんなに辛そうだったのに……」
「あんた、時々兄弟愛が湧くみたいね。なんか気持ち悪い」
またしても、二人はぎゃいぎゃいと揉め始めた。
ロアは間に入り宥めつつ、話を続ける。
「父上が先生のことを、歪んでいるって表現していたよ。大きい力を得ると、女神のように想いが歪んでしまうのかもね」
「エリー嬢の竜の力は、どうなりましたか? あの左腕は無事だったのでしょうか……」
リージは、エリーの赤黒くなっていた腕を忘れられなかった。フレーゼも肉体への負担を懸念され、封印を施されている。
してしまった行為は許せないが、力を得たことにリージは同情していた。
「竜の肉は先生が取り除いたよ。元々竜を生きたまま食すと、その破片は持ち主にひかれるんだ。だから遠からず先生の元に戻ることになったと思うよ」
「破片……」
リージは眉を寄せた。なにやらえぐい想像をしたらしい。
「左腕は完全に治療は出来なかった。見た目は緩和されていたけれど、痛みが残っているみたいだった」
「そうですか……」
「先生の持つ感情にエリー嬢も左右されていたみたいだ。だからあれ程、フレーゼに執着したんだと思う」
侯爵がこの収拾法を受け入れたのは、家門のことよりも、娘のその後を案じた為だ。
魔力持ちは少なからず、力に翻弄されやすい。そんな彼女を穏やかに過ごさせたいと思ったようだ。
侯爵の娘への愛情が感じられた。そんな親の愛を知っていたからこそ、エリー自身、ロアとの政略的な交流に思うところがあったのかもしれない。
温かい日差しが庭園を照らし、三人の間に沈黙が流れた。
フレーゼは城に戻ってから、もう一度フレムと話をしたかったが、結局会うことは出来なかった。
フレーゼはロアに表情を見られないよう、俯き尋ねる。
「先生は、何処に旅に出ると仰っていましたか?」
フレムは国を出る話になっている。それすら人から伝え聞いた。
「聞いていないよ。先生は元々ふらりと旅に出て、数か月帰ってこないことはざらだしね」
「そう、だったね……」
思い起こせば、王太子が危篤の際も彼はメロンを探していた。それらは全てフレーゼの為だったと今なら分かる。
目に熱がたまるのを感じて、フレーゼは俯いたまま瞼を閉じた。
リージはフレーゼの様子を気にしながら、ロアに疑問をぶつける。
「どうして先生が火竜だと教えてくれなかったのですか」
「あぁ、うん。まだ僕が、君たちを信じ切れていなかったのだろうね」
ロアは申し訳なさそうに告げた。
「彼はその気になったら、この国なんてすぐに滅ぼせてしまうよ。彼は火竜王で、僕らとは全く異なる存在。魔力も生まれ持ったもので誰の制約も受けない。この国は火竜の巣が近いから、人間に興味のある竜が守り恩恵をくれているだけなんだ」
「だから、陛下も先生には何も出来ないのか……」
「僕は先生の存在を知った頃から、不思議だったんだ。どうして彼は人間のように振る舞うのだろうって。人間だった前世の記憶があったからなんだね」
国王はこの国をどうとでも出来るフレムを、処すことは出来ない。けれどフレムはこの国を離れることにした。
人間らしい感覚だとロアは思う。
「フレーゼは先生に恋をしていたんだね」
ロアはフレーゼの隣に腰かけた。
俯く彼女の顔を見ないように、視線を前に向ける。
「実は、どうして先生なんかに惹かれるのかなって、不思議だったのだけど」
ロアの辛辣な言葉にリージが吹き出し、誤魔化すように咳ばらいをした。
「前世からずっと好きな相手だったんだね」
フレーゼは静かに涙を零す。
再び沈黙がおりてしまう。
「はー、僕も恋をしてみたいなあ」
ロアの言葉にリージは目を剥いた。フレーゼも俯いていた顔を持ち上げる。
「僕、少し期待していたんだよね。アカデミーで、そういう経験できるかもって。でも今回は堪えたな……」
ロアはベンチにもたれ、顔を両手で覆った。
エリーのことを、多くの令嬢と同じく、自分の王子としての地位しか見ていない人間だと思っていた。
それ故に、あらゆる話題を振り興味をひこうとする、その必死さを、王子からの寵愛を得たいのだと思い込んでしまった。
しかし彼女は努力をして、ロア個人に興味を示してくれていたのだ。
それらは恋と言えなくても、恋をしてみたいロアと共通する想いもあったはずだ。
リージは驚きを顔に貼り付けたまま、ロアの隣に腰かける。
「殿下は政略結婚ですよ」
「なぜ、決めつけるのさ」
「力のある者は愛情が偏りやすいのでしょう? ロア殿下、絶対に危ないタイプですよ」
「ふふ、リージ。自分も魔力持ちの王子になったこと忘れた?」
ロアは意地悪く笑み、リージの両肩を掴んだ。
フレーゼはくすくすと笑う。
「そういえば今朝、先生にお会いしたんだ」
ロアは侍従から紙袋を受け取り、フレーゼに差し出す。
「これ、渡すよう頼まれた物だよ」
フレーゼは、がさがさと音を立てながら紙袋の口を開いた。中にはパンが幾つも入っている。
この国では見慣れない形のパンに、ロアは首を傾げる。
「何の形? 雲?」
「これは……クリームパン」
フレーゼはパンを半分に割る。中から黄色みの強いカスタードクリームが出てきた。
ぱくりと口にして、フレーゼは目を輝かせる。
「お、美味しい! 二人とも食べてみて!」
「変わった形だね」
ロアはまじまじと形を確認している。よほど気になるらしい。
「うん! クリームパンは、こんなグローブの形に」
フレーゼは説明をしようとして、言葉に詰まった。
懐かしい形のクリームパン。前世でよく食べた味。
いつも彼は私の元気がない時、このパンを渡してくれた。
出会った頃から、大人になってからも。そして生まれ変わってからも。
フレーゼの頬を涙が伝った。
私のことを嫌いだと言っていたのに、私の一番好きな物をくれる人。
私も、あなたの好きなパンを覚えている。
だって何度も一緒に食べたもの。隣同士で座り、たくさん笑って話をした。
少し癖のある黒い髪。つんとした大きな黒い瞳。背は高く無駄のない体躯。
困ったように目尻を下げ笑む表情。
その話し方も、仕草も、笑い方も。全てフレムと同じだった。
「やっと顔を思い出した……」
フレーゼは、ぼろぼろと泣きながらパンを食べ進んだ。
王子二人は言葉を発さず、変わった形のパンに口をつけ始める。
いつか死んだ時の記憶が全て戻るかもしれない。
その頃、自分は何歳なのだろう。
その頃、あの赤い瞳の竜は何処にいるのだろう。
竜の寿命を知らないけれど、前世の事を吹っ切って、幸せになっているかもしれない。
彼の欲しい言葉をあげられなかった。
今は前世を忘れたいとは思わない。
本音では、忘れたい記憶は幾つもあるけれど、彼のことだけは忘れたくない。そんな都合のいいことは出来ない。
彼が長い寿命を生きていく過程の刹那であっても、彼を想う存在の一人で在りたいと思うのだ。
フレーゼはクリームパンを食べ終わり、小さく息を吐いた。そして思いついたように顔を上げた。
「よく考えたら私って、前世の記憶があるから、精神年齢は三十路越えよね。もう酸いも甘いも経験している年齢だわ」
「いや、何故そうなる」
リージは呆れた声を発したが、フレーゼの耳には届かなかったようだ。
「いつまでも失恋にくよくよしていられない。お見合いでもしよう」
「だから何故そうなる。誰よりもお子ちゃまなのに」
「ああら、そんなこと言っていいのかしら? 中身は大人の女性よ?」
「前向きに解釈し過ぎだろ……」
「ロア様、私にお見合いをセッティングしてください」
フレーゼは曇りのない瞳でロアを見つめ、リージはうんざりした顔で義兄を見やる。
ロアは苦笑を返し、フレーゼの願いを聞き流した。
彼らが恋に翻弄されるようになるのは、この先のお話だ。
貴重な時間を使い読んで頂き、ありがとうございます。
一昨年、初めて書いた小説を手直しして載せていたのですが、異世界転生の解釈を間違えているかもしれません。ごめんなさい……。




