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 フレーゼはフレムに抱えられ、空に浮いていた。足元には夜景が広がっている。

 漆黒の闇に光の粒を撒き散らす、灯火の輝きが美しい。


 冷たい風が吹き、頬を撫でた。

 不安定な足元に恐怖がわくが、フレムの胸に抱き寄せられ、無意識に安堵の息を吐いてしまう。

 フレムに対する恐怖が心に残っているのに、触れられるのは嫌ではない。


 フレーゼの小さな反応に気付いたのか、フレムは柔らかく笑んだ。

「空、好きだよね?」

 フレムの声が優しくて、フレーゼは彼の雰囲気の変化に戸惑う。

「青空も、曇り空も、こんな星空も好きだよね?」

 彼は確認するように告げていく。

「……夕焼け空は好き?」

 質問の意図が分からない。

 フレーゼは頷きながら、城下町で見た夕日を思い出した。


「この間、夕日を見ていたら、妙に懐かしい気がしたんです」

「この間?」

「林檎パンを差し上げた日です。城下町で真っ赤な夕焼けを見ました。胸がざわついて、懐かしい感じがしました」

「……ああ、あの日か」

 思いもよらなかったのか、フレムの歯切れが悪い。


 空に浮かぶ真っ赤な夕日。

 フレムを思い出させた空を染める色彩。

 あの時に感じた懐かしさも、胸を締め付けられるような痛みも、全て覚えている。


「前世の記憶の中に、いつも側にいるのに顔の見えない人がいるんです。……あれは先生ですか?」


 もしかしたらと思った。もしフレムが前世の自分と関わりがある人ならば、きっと彼だと思った。

 顔の見えない、唯一の人。


「え〜、顔が見えないの?」

 フレムは前髪をかき上げて嘆息する。片方の腕はフレーゼの腰を抱いたままだ。


「俺は鮮明に覚えているのだけどなぁ。……ああ、そうか。生きてきた時間が違うから、記憶にも幅があるのかな」

 フレムはフレーゼに苦笑を向けた。

「俺は竜だから、この世界でニ百年以上生きている」

「え! そんなに長く?」

「人間とは生きている時間が違うこと、よく忘れる」

「先生は、いつ私が知り合いだと気づいたのですか?」


「最初から気付いていたよ。雰囲気や発言……。まあ確認のために、君の思考を少し読んだけど」

「は?」

 さらりと言われた発言にフレーゼは動揺した。

 フレムは優しく笑み、視線を空に向ける。魔法の部屋で見た星空と同じ眺めだ。


「君とは高校の頃に知り合ったんだ。俺から好きになった。君は最初、凄い怪訝そうな顔をしていたよ。だから君が好きそうなお菓子やパンを貢いで、あわよくば一緒に食べて、二人きりになれる時間を作ってたんだ」


「……それは餌付けですね」

 今とたいして変わらない己の食欲に、フレーゼは赤面してしまう。


「君は俺の好意に気付いていて、気付かないふりをしていた。それを分かっていたから、あまりそういう感じにならないよう、努力していたんだ。大学合格後に告白して、やっと君は了承してくれた」


 フレムはおかしそうに笑う。

 フレーゼは、己が思い出した記憶を誰にも話していない。その内容を知っている人は同じ時間を共に過ごした人だけ。

 語れば語るほど、彼がそうなのだと確信する。

 

「就職して二年目に君にプロポーズをした。夕焼けの綺麗な日で、世界が赤く染まっていた。……あの日、君は俺と別れた後、自殺したんだ」


 フレムは笑みを消した。赤い瞳は陰り、怒りとは違う感情に揺れている。


「理由を教えてほしい。ずっとそれだけが知りたかったんだ。君は、そんなに俺のことが嫌いだった?」


 フレーゼは目を瞠った。

 まさか自分がそんな死に方をしていたなんて、想像もしていなかった。


「いつも君は、好きという感情がよく分からないと言っていた。人を信じることを怖がるような人だった。でも俺はそれを知っていたし、理解していた。君が俺に向けていた感情は間違いなく愛情を含んでいた。それなのに、何故」


 フレムの言葉が悲鳴のように刺さる。フレーゼを抱き寄せる腕に力が入り、痛いくらいだ。

 しかし、フレーゼは何も答えられなかった。

 

 何て残酷なんだろう。この悲鳴のような言葉を聞いても、何も思い出せないなんて。

 いつもどうでもいいような記憶を思い出して、不快にさせられるのに、何故、必要なことを思い出させてくれないのか。


「フレーゼ、思い出して。俺を嫌いだったのかどうかを」


 喉の奥が塞がってしまったように声が出せない。フレムの赤い瞳が濡れた林檎のような光沢を放っている。


「今の君は幸福なはずなのに、尚もあの時を否定する。過去のことに出来なくて、消したい記憶だと何度も否定した。否定された俺はどうしたらいいんだ!」


 前世の記憶を持つ彼は、前世で恋人が死んだ理由が分からず、痛みに耐えながら二百年を過ごしてきたのだろうか。

 知らずとはいえ、彼の存在する記憶を消したいと、何度もフレムに言った。


「俺だって過去の事だと気持ちを整理していたんだ。そんな俺の前に君は現れ、俺をまた否定する。君だけは、君だけには出会いたくなかった」


 彼は乾いた笑みを浮かべる。その瞳には失望が浮かんでいた。


「俺は君を忘れたい。前世の君と、俺を好きな今の君を忘れたいんだ」


 ああ、なんてことだろう。彼は知っていたのだ。

 フレーゼがフレムに抱いている感情の正体を。


「先生、前世の私は先生を好きでした。とても、好きでした。でも、どうして死んだのか分からないんです。覚えていないんです……ごめんなさい……先生、ごめんなさい!」


 フレーゼの頬をぼろぼろと涙が伝う。

 彼の知りたい言葉を伝えられない悔しさと辛さが、胸を締め付ける。

 そんなフレーゼの姿を見て、フレムは唇を噛む。


「俺は君が嫌いだ……」


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