37
冬の試験まで残り一週間。アカデミーは、自習と呼ばれる自由登校期間に入った。
そんな中、フレーゼは中庭を囲む回廊で仁王立ちしていた。眼前には面倒そうに眉を寄せるリージがいる。
「さあ、積もったわよ!」
「……積もったな……」
二人は中庭に視線を向けた。
昨夜から朝にかけ雪が降った。中庭一面に美しい雪景色が広がっている。
「約束したわよね?」
「なんで、そういうことは覚えてんだよ」
「リージは賢いから忘れてないと思ってたわ」
ふふふ、とフレーゼは不敵に笑い、外套のポケットから手袋を取り出す。
「卑怯だろ!」
「雪の降る日に私から呼び出しなんて、用件は想像ついたでしょ~?」
「つくわけないだろ……」
フレーゼとリージがまだ故郷で暮らしていた頃、珍しく雪が降った。この国は火竜の巣が近く、比較的温暖な土地のため、めったに雪が降らない。
二人は初めての雪に興奮し雪合戦を楽しんだ。
その際、フレーゼは完膚なきまでに叩きのめされ、リージに敗退していた。
あまりにも悔しくて、また雪が降った年には絶対に再戦するよう約束をとりつけていたのだ。
「他のことはすぐ忘れるくせに、十歳頃の約束をよく覚えていたな」
「ほらほら、お喋りは終わり。早速戦いの場に移動しましょ」
「……どこだよ、戦いの場って」
フレーゼはリージの腕を掴み、中庭の開けた場所を指差すが、リージの背の向こうに友人の姿を見つけた。
「ユファー! ステラ!」
友人二人はフレーゼたちの姿を見て、不思議そうに首を傾げている。
「自分だけ味方を増やしてたのか」
リージは顔を顰め抗議するが、フレーゼはしらっと無視した。
「二人とも、一緒に雪合戦しよう!」
「え、雪合戦?」
ステラは馴染みのない言葉に戸惑う。見かねたリージが言葉を挟んだ。
「敵味方に分かれて、雪玉を投げ合うんだ。義姉さんが雪合戦って呼んでる」
「へ、へえ……そうなんですね」
ステラの反応は良くないが、隣で話を聞いていたユファーの瞳が輝き始めた。
「やりたい! 楽しそう!」
「ユファーなら、そう言うと思ってた!」
フレーゼは友人二人に用意していた手袋を渡した。念の為、ステラには毛糸の帽子も被せてあげる。
「おい、待て。俺は素手だぞ」
「リージは敵なのでありません~」
「なんでだよ!」
四人は中庭に移動した。
冬の冷たい空気の中、リージの銀髪が雪の白さと溶け合い、きらきらと輝いている。
「この布陣おかしいだろ!」
フレーゼはユファーと横並びに、リージはステラと共に並んでいる。自然とそうなったように見せかけ、フレーゼが仕組んでいた。
「ええ~? リージは男だし、この中で一番か弱いステラと組むのが当然でしょう?」
理不尽な発言を繰り返すフレーゼに、リージは顔を引き攣らせる。
四人は軽くルールの確認をし、満を持して、雪合戦は開幕した。
互いの間を雪玉が行き交う。
ぐしゃぐしゃと雪が砕ける音と、べしゃと雪玉が体に当たり女性陣が悲鳴を上げる。
時間が過ぎるにつれ戦いは白熱していく。
「手袋、濡れて役に立たない!」
フレーゼは濡れて重くなった手袋を外し、勢いつけてリージに投げつけた。リージの顔に直撃する。
「冷たっ! お前なに投げてんだよ!」
「おほほほ、手がうっかり」
「何がうっかりだ! 馬鹿!」
投げ返され、次はフレーゼの顔面に直撃する。
「はははは、手がうっかり」
「何がうっかりよ!」
フレーゼは雪玉を作ろうと周囲を見渡す。手近な位置の雪が駆逐されてしまった。離れた場所の雪をかき集めよう。
リージたちも同じ状況のようだ。丸めやすい雪を探している。
ふとフレーゼは回廊からこちらを見ている人物に気が付いた。ロアだ。
「ちょっと、待ってて」
皆に声をかけ、フレーゼはロアの元に急ぐ。途中転びそうになったが、何とか辿り着いた。
ロアは目を丸くして、雪まみれの姿をまじまじと見ている。
「皆で何をしているのかな……」
「雪合戦です。殿下もいかがですか?」
フレーゼはルールの説明をして、ロアの服装を見やる。
「外套も着ていらっしゃいますし、靴も……大丈夫だと思います」
「今の間が気になる……」
正直ここまで白熱してしまうと、完全防備したつもりでも、あまり意味がなかった。体に当たった雪が溶け、外套を濡らしていた。
「僕もやろうかな」
「はい!」
フレーゼは嬉々として首肯する。
気付けば、回廊から中庭を見ている面々が数人いる。貴族や平民。生徒の顔ぶれは様々だ。
彼らはフレーゼと目が合うと、そそくさと去って行く者や、気まずそうに視線を逸らすだけの者もいる。
「彼らも誘ったら?」
ロアはフレーゼの視線の先に気付いたようだ。
「でも王族に雪をぶつけて……不敬だとか、言いません?」
フレーゼの言葉に、ロアは吹き出し笑う。
「今更?」
確かに、今更だ。
フレーゼにおいては、リージに何度も雪玉を命中させ、万歳で喜んでいたくらいだ。
少しの勇気を持てば、もしかしたら、彼らとも仲良くなれるのかもしれない。その後、何人かに声をかけると、数人が戸惑いながらも参加すると言ってくれた。
総勢十名の雪合戦は、大いに盛り上がった。
一時間ほど経ち、皆は息を切らせ、指先も冷えて痛くなってきていた。
「みんな、休憩しよう」
そう声をかけたのはロアだ。彼は、魔法で小さい炎を顕現させた。焚き火にあたるように、皆で手を温める。
フレーゼは見るともなしに、誘った面々を眺めていく。
皆が頬を赤くし、楽しげに笑っている姿に嬉しさがこみ上げてくる。
そんな中、彼ら、彼女らは、躊躇いがちにフレーゼに話しかけてくれた。
雪合戦の話は会話のきっかけに過ぎず、他にも他愛のない話題をふってくれる。ユファーやステラも交じり、普段なら話すことのない王子二人もいる。
同年代が集まり談笑している、年相応の雰囲気がその場に広がっていた。
「あ、少し、席を外すね」
会話を楽しんでいる途中、ロアが何かに気付きおもむろに立ち上がった。そして等間隔に並ぶ柱の先、回廊にいる女生徒に早足に近寄っていく。
皆がその動きを目で追うが、ああ、と納得し視線を逸らした。さすがに凝視するような不敬はおかせない。
「エリー嬢、こんにちは」
ロアは外套についた雪を払いながら、回廊で足を止めていた令嬢に歩み寄る。
華やかな金色の髪が、珍しく巻かれていない。さらりと揺れた髪は、地味な色の外套の上で映えている。
「こんにちは。随分と楽しそうですね」
「ええ。こういう遊びは幼い頃もしたことがないので、新鮮で、羽目を外してしまいました」
エリーはロアに視線を向けず、中庭を見つめている。
秋の試験以降、ロアはエリーに会っていなかった。クラスが違うのは勿論だが、何故か彼女からの接触もなかった。
「エリー嬢もどうですか? 意外に楽しいですよ」
誘われると思わなかったのだろう。凛とした令嬢の表情が僅かに揺れる。
「遠慮させて頂きます」
「そうですか」
ロアは微笑みながら、内心苦笑してしまう。
断られると予想がついていたのに、何故、誘ってしまったのか。
意地悪な気持ちが湧いたのかもしれない。
「私、寒いのは苦手なので」
エリーはそう告げ、中庭の雪景色を見渡している。
彼女は厚手の外套を纏い、首元に温かそうなストールを巻いた姿だ。
「ああ、冬のお茶会の時、いつも巻いていますよね」
「……?」
ロアは自分の首元を指さした。エリーは何を言われているのか気付き、外套の襟を上げストールを覆い隠してしまう。
「意外ですわ」
「意外?」
「私の身に着けている物を、記憶されているとは、思いもしませんでした」
「え、いや、さすがに覚えているよ……」
ロアは逆にそう思われていることに驚いた。
「幼い頃から続く付き合いですし、エリー嬢の好む色や花も知っているつもりです」
政略上の縁とはいえ、贈り物のやり取りもしている。その上で必要な情報は、彼女との交流の中で得ていたはずだ。
エリーは大きな瞳にロアを映した。
やっと視線が合った。
「では、私の好きな色は何でしょう?」
「謎かけをして、僕を試しているのかな」
ロアは意地悪く笑むが、彼女は何も反応を返さない。
「若草色」
そう答えると、ふとエリーの眼差しが中庭に移動した。
「殿下のことを待っているようですわ」
「え?」
ロアが中庭を見やると、その隣でエリーはお辞儀をした。
「では、失礼いたします」
「待っ……!」
ロアは慌てて視線を戻したが、彼女は振り返ることもなく、背を向け去って行った。




