35
秋の第二試験日。
前回同様、扉の順番待ちをしている。今日はリージと試験に挑む。
第一試験は、魔力を少しでも使いこなせるよう励んだが、今回は肉体面の対策に勤しんだ。
日夜、ユファーに剣の稽古をつけてもらい、寮に戻るとすぐ疲れて眠ってしまう。学園の授業をおろそかに出来ないので、他は何もしていなかった。
隣に並び立つ義弟は、それら全てを知った上で、呆れた表情を浮かべている。
「朝、きちんと食事はとったんだよな?」
「タベマシター」
フレーゼは棒読みで答えた。
実は最近、疲れからか食欲がない。
もちろん試験日に食事もとらず挑むことはしない。軽めだがきちんと食べてから来ている。
しかし、リージは疑いの眼差しを崩さない。
「見てなさいよ。あんたを、ぎったんぎったんにしてやるんだから」
「俺と戦うつもりで来てるのかよ……」
絶対、試験の目的がすり替わっている。
リージは馬鹿馬鹿しくなり、フレーゼから視線を逸らす。ちょうど別の列の先頭、ロアとエリーが扉の中に入ったところだ。
「リージ」
名を呼ばれ振り返ると、もう順番が来ていた。
二人は扉を開け中に入る。室内に真っ白な世界が広がり、扉が閉まると室内が彩られていく。
「……雑すぎる」
姿を現した世界にリージは呻いた。フレーゼは言葉を失っい身を固めている。
確かに剣術の試験だ。
けれど。
眼前に、背丈の倍以上の魔物がいた。
魔物など図鑑以外で見たことがない。
国境で稀に出没するようだが、それも討伐隊により駆逐されており、国内で見る機会は皆無だ。
竜のような見た目で二本の足で立っている。真紅の肌はごつごつとし、太い爪と長い尾を持ち、フレーゼの頭ほどの眼球が顔に一つ付いていた。
耳まで裂けた口から、ぐるぐると呻き声が響く。
(前世で、こういう魔物が出てくるゲームあったな……)
フレーゼの思考が現実逃避した。
魔物はドンッと爪を振り下ろし、リージがフレーゼを抱え横に避ける。
「ね、ね、リージ? あれを倒すのかな!」
「だろうな! ぎったんぎったんにしてやるんだろ?」
「それはリージに対して言ってたんだよ!」
やはりこの馬鹿な義姉は、パートナーを敵認定していたようだ。リージは眉根を寄せて、魔物へ視線を戻す。
「こんなのに勝てるペアいるの? ユファーとかいないと無理でしょ!」
「あの女なら倒せそうだな」
そう言うが早いか魔物の尾がしなり、よけきれずにリージの剣に当たる。剣が空を飛んだ。
「ああ! リージ何してるのよ!」
「うるさいな! 大声で騒ぐな!」
「うるさいって何! リージ避けて!」
再び魔物は腕を振り上げ、こぶしを二人の頭上に落とした。
リージとフレーゼは、それぞれ反対方向に飛び避ける。
今まで二人が立っていた石床が凹み割れた。
殴られたら一発で死ぬ。
フレーゼはごくりと喉を鳴らす。リージは落ちた剣を素早く拾い切りかかるが、魔物の腕の硬さに弾かれた。
すぐに魔法で体を守るが、勢いのまま壁に叩きつけられる。
「リージ!」
「俺があいつの攻撃を受け止めるから、義姉さんは攻撃!」
「なんでリージが決めるの!」
「馬鹿かお前は! どう見ても、義姉さんじゃ攻撃を受け止められないだろ! 魔法も大して使えないのに!」
「ば、馬鹿にしたわね!」
「攻撃を受け止めている時だけ、隙が出来る! その隙に攻撃するんだよ!」
リージは苛立ちが募るのを感じ始めていた。
いつだってそうだ。
優しく接しても、心配して助けになろうとしても。
いつだってこの馬鹿な義姉は、ムキになりそれを拒もうとする。それなのに、リージ以外の存在から差し伸べられた手は、躊躇いなく取るのだ。
「張り合ってる場合じゃないだろ! 空気読め!」
「なんで怒るのよ! 私だってちゃんと考えて……ぐ!」
フレーゼは魔物が振った尾を剣で受け止め、その衝撃に呻いた。体が弾き飛ばされ、地を滑る。
突然、魔物が床をドンッドンッと叩き始めた。
「……? 何を」
魔物が強く叩いている床に亀裂が入り、その亀裂から覗く先は黒い闇だった。
魔法で作られた部屋。床の下に、底の無い世界が広がっているのだろうか。
フレーゼの背筋を恐怖が舐める。
「義姉さん! 大丈夫か?」
リージは床に集中している魔物を警戒しながら、フレーゼに駆け寄った。
フレーゼの口周りが血に塗れていて、リージは思わず顔を強張らせる。
「よく聞けよ。次に攻撃されたら、俺が受け止める。その隙に義姉さんが突き刺すんだ。どう見ても弱点っぽい、あの目を」
リージは魔物の大きくぎょろりとした目を、目視で指す。
「でも」
「でもでもうるさい! なんで義姉さんはいつも俺の話を聞かないんだよ!」
刹那、ビシビシと音を立て、床が割れた。亀裂が足元にまで迫り二人は後方に飛ぶ。
「来るぞ!」
魔物の拳がリージに振り下ろされた。
リージの剣が淡く光り、魔力が込められたのが分かる。そしてごん、と野太い音が響き、リージの剣が爪を受け止めた。
フレーゼは走り、魔物の体を踏み台に飛ぶ。魔物の腕はリージに振り下ろされたままで、大きな赤い瞳は守るものも無く隙だらけだ。
瞳に剣を突き立てようと、フレーゼは柄を両手で握り、振り下ろした。
魔物の赤い瞳がぎょろりと動く。黒い虹彩がフレーゼを映し、そして赤い閃光が放たれた。
□ □ □ □ □ □
「え? まさか彼氏できた?」
「いつ? 聞いてないよ! なに、隠してたの?」
「きゃー! 好きだって告白したの?」
友人に囲まれながら、私はただ、笑う。友人の一人に恋人ができた。その話を聞いて周りが色めき立ち、また違う友人の恋の進捗状況を聞くことになる。
前世、この手の話は苦手だった。
高校は好きでも嫌いでもない。
家に居場所がないので来ているだけだ。未来への展望なんてない。
いつかこの世界から消えたいと思っているのに、そんな勇気もなく、ただ毎日を過ごしている。
「ねえ、好きな人いないの?」
そう友人に問われ、私は言葉を詰まらせる。
「この子はいるじゃん。いつも一緒にいるのが」
「あー」
皆がうんうんと頷き始める。
「気付いてるんでしょ? 自分のこと好きだろうなって」
脳裏に友人だと思っている男の姿が浮かんだ。
彼の瞳の中に孕む感情に気付いていない訳じゃない。
でも親にも愛されていない自分を求められるなんて、誰が想像できる?
こうやって恋の話に交じっていても、全く分からない。
その感情が。その思いが。
どれも信じられない。
たった一人自分だけを、どうして愛してくれていると信じられるの?
目に見えない不確かなものは、私にとっては不安でしかない。
□ □ □ □ □ □




