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フレーゼはようやく魔力を感じるということを理解した。
もうすぐ夏の試験も間近に迫る中、一つ二つの簡単な魔法なら使えるようになった。周りはフレーゼよりも数段上に進んでいたが、元々魔力がないフレーゼにとって、それだけでも幸せだった。
今、フレーゼの頭を悩ませているのは広まっている噂である。
王子二人を手玉に取った挙句、本命は王宮魔法使いで、既に二人は恋仲であるらしい。
何故そんな噂に? と思いもしたが、フレムが来ていた時にあからさまに喜び過ぎた自覚がある。
しかし、そんな噂も一か月も過ぎると大分落ち着いてきた。
クラスメイトは腫れものを扱うように避けてくるが、悪意をぶつけてくることはない。友人二人はそんな噂を信じていない。
だからフレーゼには痛くも痒くもなかった。不愉快なだけだ。
けれど、悪意の方から寄ってくることがある。
「お久しぶりね」
「エリー様、こんにちは」
目の前に立ちふさがる令嬢に顔を顰めそうになった。フレーゼはどうにか堪え、恭しくお辞儀をする。
あの一件からこの令嬢には関わりたくない。アカデミー入学後は、見かけることもなかったのに。
「アカデミーでの生活はどうかしら?」
「お気遣いありがとうございます。なんとか、ついていけております」
「……貴女に魔力があったなんて知らなかったわ」
彼女は、フレーゼに魔力がある理由を知らない。
成り上がりの平民としか思っていなかった相手が、アカデミーにいるだけでなく、微量の魔力を持っていることが許せないのかもしれない。
「火事の件は大変だったわね。ご両親は安全な地に保護されているのかしら。落ち着いたら、同じ地に戻ってきてもいいのよ。父も気にされていたわ」
「ご配慮を頂きありがとうございます」
顔に出してはいけない。
何故この人は裁かれないのか。
フレーゼは確かに彼女を、あの日あの場所で見たというのに。
「そういえば、王子にすり寄っているのかと思ったら、本命は王宮魔法使いでしたのね。ある意味、懸命だと思いますわ」
「噂は知っておりますが、噂です。事実ではありません」
「そうなの? 満更でもなさそうですのに」
「……?」
フレーゼが訝しく見返すと、エリー侯爵令嬢は笑みを深めた。
「だって、私も見ていたのよ」
フレーゼは目を瞠った。フレーゼは、周囲にいるやじ馬を、いつもそれとなく確認している。
この人はあの場にいなかったはずだ。
「エリー嬢」
「あら、殿下」
ロアが姿を見せた。フレーゼは、さっと横に動いた。
「お久しぶりですわ。会いに行っても、なかなか見つからないので」
「タイミングが合わなくて、申し訳ありません」
「フレーゼ様に何かあると、すぐにおいでになりますのね。周囲に勘違いされますわよ」
ロアは険しい目つきになる。
「義弟の義姉なので、僕も情が湧いてしまうのです」
「あら、お上手ですね」
二人はふふふと目を合わせて微笑んでいる。
(貴族のこういう世界が本当に嫌い……)
微笑み合っているのに、二人とも、全く笑っていない。
絵本の世界のお姫様に憧れても、こういう世界を知ってしまっては、あの世界が表面的なものに感じてしまう。
憧れるのは、ドレスの美しさだけにとどめた方がいい。
「では、殿下。秋の試験でパートナーになって頂けるかしら?」
「僕が?」
「他の令嬢と接している姿を、周りにお見せした方がいいのではありませんか?」
「喜んで。エリー嬢」
甘く笑んだロアだが、その笑みは彫刻のように美しい完璧なものだった。
そして彼はフレーゼを一瞥して、口を開く。
「フレーゼ嬢、友人たちが捜していたよ。行きなさい」
「はい、殿下。ありがとうございます」
フレーゼはお辞儀をし、その場を離れた。
またロアに庇われてしまった。
誰かに話を聞いて欲しくて、義弟の姿が思い浮かぶが、彼の立場はさほどロアと変わらない。
リージと一緒にいたら、また誰かに何かを言われる。
誰にも不安を打ち明けられないことが、こんなにも寂しいなんて。
でも覚えがあるじゃないか。前世も、たくさん一人で泣いた。理由すら覚えていないけれど、あの時の感情と同じ感情が溢れて息苦しい。
ぼろぼろと涙が溢れてきた。周りの視線が刺さる。
こんな、人の往来がある廊下で泣いてしまうなんて、最悪だ。
フレーゼは制服の袖で涙をぬぐい、どこか人のいない場所を求めて歩いた。
「フレーゼ!」
「ユファー……?」
人もいないような校舎の端。フレーゼはどうしてここに彼女が現れるのか理解できない。
ユファーは、長い赤毛を揺らしながら、心配そうに駆け寄り、フレーゼを抱きしめる。
背の高いユファーに抱きしめられると、まるで包まれているみたいだ。
その温かさが嬉しくて、フレーゼは涙が止まらなくなる。
「なんで、ここにいることが分かったの?」
「捜したに決まってるでしょう!」
アカデミーの校舎は広い。今、このタイミングで自分を見つけてくれた事実が胸にじわじわと広がっていく。
そして不安が一つ胸を貫いた。
「私に関わると何かされるかも……。だって、ユファーは男爵家でしょ? 貴族だから」
「何、言ってるのよ。この子は、本当にもう!」
ユファーはフレーゼの頭をガシガシと撫でる。
「私がそんな人間に見えるなら心外だわ」
フレーゼは同じような言葉を告げていた、友人のことを思い出す。
相手の地位だけで、人の内奥まで判断してしまうのは、相手からしたら、信頼されていないように感じるだろう。
「ごめん、ごめんなさい。信じていないわけじゃないの。違うの」
「分かってるわ。ただ信じるのが不安なだけよね。……あなた本当に怖がりだもの」
もう、言葉が紡げなかった。
誰かに迷惑をかけることも、気遣われることも、全てが不安を煽って厭わしい。
「わたし なんかを どうして」
知らない感情が心を占めようと動くが、ユファーの撫でてくれる手が心地よくて、フレーゼの荒れた内奥が凪いでいく。
ユファーは、フレーゼが落ち着くまで、静かに抱きしめてくれた。




