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遂にアカデミーに入学する日がやってきた。
フレーゼは十五歳になり、王家の庇護下に置かれて二年が過ぎた。
深緑色の礼服を連想させるような、かっちりとした制服を纏うと不思議と背筋が伸びる。
上着は比翼仕立てで、銀の釦は隠れている。華美な飾りはなく、装いだけ見れば、生徒たちは身分を感じさせない。
上着は男女共に同じデザインで、スカートはふうわりと膨らみ足首丈。ドレスに慣れている貴族に合わせているのかもしれない。
王都のアカデミーだが、直系の王族が入学することは殆どない。二人の王子が同時に入学することになり、学園内の警備がとても厳重になったそうだ。
そして、この学園は侍従侍女を伴ってはいけない。それ故に苦労も多いが、高位の貴族令息令嬢、王族にとっても、多少の自由が利く環境だった。
ロアは環境を楽しんでいるし、リージも城に居た頃よりも雰囲気が柔らかくなっている。
王子二人は、この二年で目まぐるしく成長していた。
背丈はぐんと高くなり、手足は長い。
ロアは天使のような神がかった甘い美形だが、リージは男性らしさを残し生真面目さを感じさせる美形だ。
王族は美形に産まれる血筋のようだ。
当のフレーゼは、入学前に抱いていた心配は、意外にも杞憂に終わった。
王子二人とクラスが離れ、魔力のある平民や貴族になったばかりの家の子らに囲まれ、存外楽しく過ごしている。
貴族の多い学校だが、魔力持ちが魔術を学ぶ場でもある。
それはたまに魔力を持ち産まれる平民も同様だ。
誰でも入学できることが標語の学校なので、授業料を免除される支援が幾つもある。
魔力のない貴族は肩身が狭そうだが、そこはいい具合にクラス編成されていた。
なんとフレーゼにも友人が出来た。
平民と言っても、大きな商家の娘と、男爵になったばかりの父を持つ令嬢だ。
二人はこの数年で大きく環境が変わったらしく、フレーゼと話が合った。
「今日の授業眠くなっちゃって」
そう言いながら、赤髪の少女はあくびをした。
ユキルア=ファージル男爵令嬢だ。
目を瞠るほどの美女で、長い赤髪を高い位置で一つにまとめ結っている。身長も高く、背筋の伸びた凛とした令嬢だ。
彼女は魔力も有している。
「ユファーがあくびをするから、先生睨んでいたわ」
商家の娘である、ステラ=アージュが呆れた口調で笑った。彼女は魔力を持たない。
箔をつけるためと、知識を深めるために入学したそうだ。
肩にかかる長さのふわふわした茶髪は、小動物のような雰囲気の彼女を彩り、より可愛げに見せている。
二人のやりとりがおかしくて、フレーゼは笑ってしまう。
ユキルア=ファージルは、自分を愛称で呼ぶことを許可してくれている。
そのことが嬉しくて、親しくなるほど彼女を好きになる。
「退屈過ぎるのがいけないのよ」
ユファーは口をへの字に曲げた。
「なぜ、そんなにも毎日眠いの?」
「本を読んでいるのよ」
わいわいと顔をつきあわせて、今流行りの小説を教えてもらう。こういう雰囲気がとても懐かしい。
村の学校に通っていた時、前世でも似た経験がある。
仲のいい友人と他愛のない話をしたものだ。
ふとロアの言葉を思い出した。
夢できつい言葉を発していた友人たち。
あの時は、ああ言っていたが、意地悪されるわけでもなく、楽しく笑い合ったこともあった。困った時は手も差し伸べてくれた。
一面だけを見て、それが全てのように思いこみ、卑屈になっていたのは自分。
フレーゼの胸が小さく痛む。
もう出会うことはないけれど、あの世界も懐かしく愛しく思えてくる。
「フレーゼ、話聞いてる?」
「あ、うん」
「あなた、たまに、心ここにあらずよね。寝てるの?」
「ユファーと一緒にしないでよ」
「楽しそうだね」
教室にいた女子が一気に騒がしくなり、黄色い悲鳴が響く。
ロアが、会話に夢中な女子三人を見下ろすように立っていた。彼は柔和な笑顔を浮かべている。
三人は慌てて立ち上がるが、手で制された。
「殿下……」
フレーゼの声に嫌そうな気配が含まれたのを察したらしい。ロアの表情が意地悪い笑みに変わる。
「フレーゼ、名前で呼んで」
「殿下、何故こちらに?」
ロアの変化に気づき、フレーゼもあえて名を呼ばず要件を尋ねた。
二人の間にバチリと火花が散った。
間に挟まれた友人二人が、困っているようで申し訳ない。
ロアの後ろにいたリージは横を向き嘆息している。
二人揃って来たら目立つでしょう! という視線をリージに向けるが、奴はフレーゼから目を逸らした。
「ねえ、こっちも午後から休講でしょ? 寮に戻らないなら、久しぶりに一緒に昼食行こうよ」
「……ええと」
「もちろん、ユキルア嬢とステラ嬢も一緒にどう?」
声をかけられると思っていなかった二人は、慌てて首を横に振った。
「わ、私たちは用があるので! ね、ステラ!」
「え、ええ!」
二人は慌てた様子で鞄に荷物を詰め始めた。フレーゼは友人たちの姿に眉根を寄せる。
「私も用があるので、殿下とリージ、お二人でどうぞ」
「クラスも寮も離れていて話す機会ないのに、断るんだ? 寂しいなぁ」
ロアが悲し気に長い睫毛を伏せる。もちろんわざとだ。
「殿下、私は用があるんです。申し訳ないのですが」
「でも二人はフレーゼを置いて行ってしまったよ?」
音もたてず、友人たちが消えた。
「え! いつの間に!」
逃げられた。
むっとしてロアを見上げると、愉快そうに笑っている。
「こういうの、迷惑です」
「そうはっきり言われると傷つくな」
「絶対に傷ついていませんよね?」
「頻繁には来ないようにしているよ」
ロアは不満げにぼやいた。
確かに頻繁ではないが、その一度が何日も尾を引くのだ。
「義姉さん、もう諦めろよ。お腹すいた……」
「ねえ、最後に本音を言わないで」
食堂室は適度に混んでいた。料理を載せたトレイを手に、空席を探し腰かける。
ここの食事は美味しい。
目の前の存在さえ気にしなければ。
ロアがニコニコとこちらを見ている。
「殿下、冷めますよ」
「うん。分かってる」
「こういうの、よくないと思います」
「こういうの?」
「私が王子たちと親し気にしていると、特別扱いされているように見えます。私を心配してくださるなら、距離を置いてください」
「アカデミーにいる間は、挨拶くらいにしろってこと?」
「挨拶もいりません。殿下に挨拶されると、暗殺者に狙われているような鋭い視線が刺さるんです」
「大げさだよ」
フレーゼはロアを睨む。
所属している教室付近なら、廊下に出ても、似たような身分の者が多くいる。
その安心感で楽しく過ごせているのだ。
それなのに、そこにロアが現れると空気が一変する。
リージはロアの隣で食事をとりながら、無視をきめこんでいた。
彼はフレーゼの義弟で、平民として暮らしていたことは知られている。リージと話すよりも、ロアと話している方が視線が鋭くなる。
「リージを見習ってください。私なんか存在しないかのように、全く話しかけてきません」
「それはどうかと思う」
「とにかく、それくらいの扱いでお願いします」
ロアは顔を顰めた。
そもそも、ロアの距離が近くなっている気がするのだ。
他人に愛想がよく、誰にでも笑顔を向けるので、着実に信者が増えている。
そしてフレーゼに対しては、その扱いが顕著だ。
甘い視線をわざと向けてくる。光り輝く美形は心臓に悪い。
「そういえば、魔術の授業はどう? 自分の魔力の気配感じた?」
「それが、あるような無いような……くらいで。よく分かりません」
「へえ」
ロアはリージと視線を合わせた。
リージは城に居た頃から熱心に魔法を学んでいたが、アカデミーに入ってからはその力の強さを制御できるようになっていた。
「あ、でも石は浮かびました!」
「……石」
「このくらいの」
フレーゼは親指と人差し指で輪を作る。
「先生、フレーゼの魔力を封印しすぎたんじゃないかな」
ロアが驚いている。
入学前フレーゼは、王太子アイルから魔力を封印されている旨を聞いていた。フレムのことだから、自分を想ってやってくれたのだろうと理解している。
アカデミーでも一応の魔力があるので、周囲から浮かずに済んでいた。王子二人と親しく、王家の庇護を受け、加えて魔力無しがこのアカデミーにいるなんて、どんな妬みを買うか分からない。
「義姉さんの友人の方が、魔力を使いこなせてんじゃないか? 赤髪のほう」
リージが食事を終え、紅茶を飲みながら言った。
彼はフレーゼの友人の名前を覚えていない。覚える必要はないが、言い方よ。
「まあ、夏、秋、冬の試験もあるから、義姉さんはもう少し力を出せた方がいいかもな」
リージは指を折り、試験までの残り日数を数えている。
アカデミーの学園長に会える最初のチャンスは、リージの話す試験の後にある。
夏、秋、冬の試験結果をまとめ、冬の終わりに、学園長直々に返却してもらえるのだ。
「フレーゼ。もちろんパートナーは僕を選ぶよね」
「え」
ロアは満面の笑みを浮かべ告げる。
「何その嫌そうな顔。そんな顔を僕に出来るの、君だけだよ」
心底楽しそうに微笑まれてしまった。
「そんなに嫌なの?」
「いいえ、滅相もないです」
そんな二人を眺めながらリージは呆れた。
「二人とも試験に関しては、全く不安がないんですね」
「不安に決まってるわ!」
フレーゼは声高に返す。リージが面倒そうな顔をこちらに向けた。
「夏の試験は魔術でしょ? 私、むしろ不安しかない」
「秋の試験は剣術・体術だから、どちらも義姉さんには無理だろうな」
「う」
フレーゼは剣術の稽古を必死に受けた。しかし腕力が圧倒的に足りなかった。
同じ体格の人間だったら、それなりに応戦できる。しかしそれだけだ。
「この試験、必ず二人一組で受験しないといけないなんて、不公平よね。優秀な人は優秀な人と組むだろうし、その時点で差が開くじゃない」
「でも、この試験は競うものじゃないから」
ロアは紅茶のカップをソーサーに置いた。いつの間にか食事を終えている。
「もちろん成績はつけるけれど、学園長が生徒の資質を知るための試験らしいよ」
「はあ……」
資質。そんなもの自分にあるだろうか。
「だから夏の試験、パートナーは僕にしなよ。気心も知れているし、何より僕は、魔術の実技も筆記も得意だよ。知ってるよね?」
「うっ!」
なんて輝く笑顔で好物件アピールをするのだ。
フレーゼはたじろいだ。
「義姉さん、殿下と組めよ。絶対に当日まで言い続けるぞ」
ただでさえ、周囲からの攻撃的な視線に負けそうになっているのに。なぜ追い打ちをかけるのか。
フレーゼはロアの圧に負け、渋々首肯した。




