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 国王の応接室にはリージがいた。ちょうど話が終わるところだった。

「疲れただろう。今日はしっかり休みなさい」

「はい、陛下。ありがとうございます」

 リージはお辞儀をし、フレーゼを一瞥してから部屋を出て行く。


「フレーゼ嬢。顔色もいいね。安心したよ」

 国王が椅子から腰を上げた。フレーゼは慌てて礼の形をとるが、すぐに制される。

「では陛下。僕は戻ります」

 アイルが退室し、残されたのはフレーゼとロアだけだった。


「ロアからの聞き取りも終わっている。でも、私と二人きりだと君が怯えるといけないからね。立ち会ってもらうことにしたんだ」

「そ、そんな、ことは」

 うわずる声に国王は苦笑し、二人に椅子を勧めた。

「大体の話はロアとリージから聞いた。君の両親の聞き取りも済んでいる。あとは君だけなんだ」

 フレーゼはごくりと喉を鳴らした。

「ああ、そうだ。君のご両親は、しばらくの間、保護することになった。場所は言えないけれど、私を信じて欲しい」

 そう告げる国王の表情は優しい。

 フレーゼは頷き、昨夜経験したことの全てを話した。犯されそうになったくだりは、国王もロアも渋い表情を浮かべていた。

「……本当に彼女を見たんだね?」

「見ました。赤い魔法陣を天井に向けて放ったのも」

「フレーゼ。確かに彼女は王家の血筋をひき、魔力を持っている。けれどそれ程、強い力を持っているわけではないんだ」

「でも」

「信じていないわけじゃない。しかし、同じ刻限に、王子二人は彼女に会っている」


 フレーゼは唇を噛んだ。

 口では信じているように告げて、やはり信じていない。それはロアも同じだ。

 ちらりとロアを睨み、そしてすぐに視線を戻す。


「この件はビコア侯爵と調査中ということになっている。一旦、話を預からせてくれ」

「……はい、陛下」

「ご両親の要望を聞き、なるべく早く家を建て直し、安住して頂こうと思っている。しばらくは護衛をつけることになるが」

「…………はい、陛下」

「もう一つ。フレーゼを襲った賊二人のことだが」

 国王の言葉に雰囲気が凍った気がした。フレーゼはスカートの裾をぎゅっと握りしめる。

「君は誰がやったことなのか、知っているんだね」

 フレーゼは俯き顔を上げられない。

「口外はしないようにして欲しい」

「かしこまりました」

 あの時見た、黒焦げの死体を思い出し、吐き気がこみ上げる。思わず口元を抑える。


「話は終わりだ。フレーゼ、辛いことを思い出させたね」

 国王は立ち上がり、手を差し伸べた。

 フレーゼは意味が分からず、目を白黒とさせながら、そっと手を重ねる。

 彼は優しく笑んだ。その端麗な微笑みはリージに似ていて、血の繋がりを如実に表していた。


「アカデミーでの生活を楽しみなさい。同年代が多い。妬みや僻みを向けられることもあるだろう。けれど、それら全てが君の未来を作るはずだ」

「はい、陛下。ありがとうございます」


 ロアと共に謁見を終え、二人並んで扉の前で嘆息してしまう。視線を合わせクスクスと笑い合う。

「フレーゼ、緊張した?」

「はい、もちろん」

「僕も緊張したよ」

 父であっても国王だ。ロアはその重みも理解しているのだろう。

「ねえ、フレーゼ。君と少し話をしたいんだ。庭でも散歩しない?」

 そう誘われて断れる平民はここにいない。

 頷き返すと嬉しそうに微笑まれる。美少年の顔面の破壊力に殺されそうだ。


 ロア専用の庭園にやってくると、そよそよと心地いい風が吹いている。この庭園を彩る花は、同じような色が多い。

 ロアの好きな色なのかもしれない。

 侍従と侍女が気を遣ったのか、距離をとり離れた。


「あ、あのさ」

 ロアは意を決したように口を開く。フレーゼに向き直り、真っすぐこちらを見ている。

「信じていないわけじゃないよ」

「……?」

「僕がフレーゼの話を信じていないって思って、怒っていたでしょ? それ誤解だから」

 言葉に詰まっていると、ロアは勢いよく話を続けた。


「確かに色々不思議で、たくさん考えることがあって、表情も反応もよくなかったと思う。でも、それだけで僕の気持ちを決めつけるのはやめて欲しい。僕は君を信じている上で、納得したいだけだ。一時(いっとき)の反応を見て、全てを決めつけないでほしい」


 初めて、こんな強い口調で話すロアを見た。

 フレーゼは驚きで目を瞬き、体は強張っている。


「君はそういうところよくないと思う。もし本当に表情通りのことを思っていても、あとから事実を知って、そういう事だったのかと納得し考えが変わることだってある。君の見ている一面だけが全てじゃないし、少なくとも僕はそうだ」


「ご、ごめんなさい」

 フレーゼは勢いにおされ謝ると、ロアの眉間に皺が寄る。

「謝らないで。ただ、分かってほしい。フレーゼは僕と友人になれたと喜んでくれていたのに、友人に疑われて悲しかった」

 仰天した。

 フレーゼは言葉を失ってしまう。

「何その反応」

「驚いたんです。私なんて、殿下の周りに(はべ)る小石一つほどの価値の友人かと思っていたので」

 ロアはむっとした表情を隠さず、きつい口調で言う。

「僕が王子だから、友人を等級分けしていると?」


「あの、身分も違うので、どうしてもそう思いますよね……?」

「フレーゼって、たまに本当に憎らしいね」

「……ごめんなさい」

 何を言っても怒らせてしまう気がしてきた。


 ロアは嘆息した。

「だから謝らないで。それに僕を名前で呼んでよ。君が言ったんじゃないか」

「え?」

「たった一人でも、自分を見てくれる人がいいって。それなのに君は僕自身を見てくれないんだね」


 そんなつもりはない。そう言いたかったけれど、言えなかった。

 王子という色眼鏡をかけた状態で、友人として接してきたのは事実だった。

 それなのに、ロアはフレーゼ自身をきちんと見てくれていたのだ。ロア自身も、自分を一人の友人として見て欲しいと、そう思っていた。


「ロア様、謝ります。ごめんなさい」

 フレーゼが頭を下げると、また深い溜息を吐かれてしまうが、彼はふと動きを止めた。

「あれ、今……」

「殿下を呼び捨てにはできません。これで許してください」

 顔を真っ赤にして告げると、やっとロアは笑んでくれる。

「うん。許す」


 ロアを信じているのに、信じきれない。

 それほどに、フレーゼは前世の感情に引きずられていた。そしてそれを自覚している。


「……私、前世でもこうだったんです。誰かの顔色ばかり窺って、少しでも悪意を向けられると、全てを否定されている気がしていました」

「だから忘れたいと思うのかな?」

「今、本当に幸せなんです。あの頃の自分に戻ってしまいそうで、怖いんです」

「前世の君と、今の君はそんなにも違うの?」

 ロアは不思議に思い、首を傾げる。

「性格は今よりも後ろ向きで、卑屈だった気がします」


「でも、それ過去だよね? 今は考え方も違うのだし、性格って過去に戻るものかなぁ」

「そ、それは……あの」

 ロアは困ったような表情で笑んだ。

「ねえ、フレーゼ。君は過ぎた過去ばかりを振り返るんだね」



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