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 国王家族との謁見が終わり、あてがわれた部屋に戻ってきた。

 侍女がお茶の用意を済ませ部屋を出て行く姿を確認してから、フレーゼは長椅子に背を預け項垂(うなだ)れる。眼前には同じように腰を下ろしたリージがいる。

 既に疲労困憊だ。主に精神的に。


「…………あんたのせいよ」


 ずっと言いたかった台詞を疲れと共に忌々しく放つ。

 リージは顔色も変えず詰襟を緩めた。

 悔しいかなリージに用意された濃紺の礼装は、今まで平民として過ごしていたとは思えないほど彼に似合っていた。


「何が不安よ。あんた不安なんか感じたことないでしょ!」


 フレーゼは溜息をつき、緩めることの出来ないドレスのスカートをばさばさと揺らす。


「そもそもどんな嫌がらせ! 私といたいとか、ほんっとに最低!」

「…………」


 リージが視線を合わせずティーカップに手を伸ばす。その姿が本当に憎たらしい。


「聞いてるの? もう! きいいい!」


 苛々して頭を横に振る。肩につく長さの茶色い髪がぶんぶんと揺れ頬に当たった。

 いつもどちらかが突っかかって喧嘩になることが多い。お互いがむきになって収拾がつかなくなった頃に、両親から雷を落とされていた。


「……いい気味」


 リージがぼそりと呟く。聞き咎めると彼は意地悪く笑む。


「は、よかったじゃないか。俺のおかげで王宮に上がれたんだから。義姉さん、おとぎ話とか大好きだろ。王子様との玉の輿、頑張れ」


 フレーゼの頬にぶわっと熱が集まる。


「な、な、ななな、バカ言ってんじゃないわよ! もう嫌がらせは満足でしょ! 私、家に帰るから!」


 ドレスを持ち上げ、フレーゼは勢いよく立ち上がった。

 リージはくつくつと笑っている。その態度が癪に障り、一発殴ってやろうと一歩を踏み出す。

 刹那、裾を踏みつんのめった。


「わ!」


 そのままリージを押し倒し覆い被さる。ごちんとフレーゼの頭がリージの顔の何処かにぶつかった。


「いってぇ……」


 リージのくぐもった小さい悲鳴が聞こえる。

 慌てて身を起こすと手首の豪奢なフリルを手の平で踏み、再び体勢を崩してしまった。


「ご、ご、ご、ごめん!」


 慌てれば慌てる程うまく上体を起こせない。

 不意に脇の下を掴まれフレーゼの体が持ち上げられた。


「こーら、そういう関係になるには、まだ早いんじゃないかな?」


 フレーゼの体は床に立たせるようにそっと下ろされる。


(だ、誰……? この人?)


 突然、室内に背の高い青年が現れた。

 意味が分からず相手を見つめてしまう。橙色の髪に赤い髪がところどころ混じっている。フレーゼを見下ろす青年の背は高く、しなやかな体躯は騎士のようにも見える。

 なんて派手な見た目だろう。

 紛うことなく美丈夫だが、やや釣り目な赤い瞳が冷たい印象を抱かせる。

 彼は長椅子に押し倒された姿勢のリージに視線を向けた。


「君も大丈夫か? レディに押し倒されるなんて光栄だね」

「は……?」


 リージの眉間に皺が寄る。

 初対面だが、相手の唐突な登場に義弟は困惑を隠さない。リージは茫然としていたフレーゼの前に立ち、青年を見上げた。


「貴方は誰ですか? 侍女も通さずに」


 ちらりと室内扉に目を向けるが扉は閉じられている。

 庶子といえどリージはこの国の王子だ。面通しは侍女がリージに取り次ぐはずである。


「あー……、興味が湧いて段階すっ飛ばしちゃったね」


 扉の向こう側からばたばたと慌てた音が近づく。そして勢いよく扉が開いた。


「失礼いたします!」


 慌てた様子の侍女が目を剥く。知らないうちに現れた人物に対してである。


「ああ、やはりここにいらしたんですね」


 侍女の後ろからゆったりとした口調で部屋に入る人物が苦笑している。

 先程会った第二王子ロア、その人だった。


「ごめんね、リージ、フレーゼ嬢。その方は僕らの家庭教師だよ」


 リージの片眉がぴくりと上がった。

 ゆったりとした動きでロアは青年の隣に立つ。


「たまたま先生に会って、先程君たちと会ったことを話したんだ。そうしたら興味を持たれてね。今から会ってくると突然姿を消されたんだ」


 ロアの話の内容が頭に入ってこない。

 突然姿を消し、突然部屋に現れた?

 戸惑いを隠せないでいると、ロアと目が合った。にっこりと微笑まれてしまう。


「彼は魔法使いなんだ。あらゆる分野に造詣が深い方で、魔術の教示だけでなく学問も教えて頂いている。今は僕と兄上の家庭教師だけど、これからは君たちも共に師事することになるよ」


 青年は笑みを深くして形式的な礼の形をとる。


「王宮つき魔法使いのフレムだ。よろしく」


 手を差し出されたリージが一瞬の躊躇いの後、握手に応じている。いまだ彼の顔には不信感が浮かんでいた。


「あはは、突然現れたのは謝るよ。お楽しみが始まりそうだったのにね」

「誤解です」


 強い口調でリージが返事をすると、ロアは魔法使いに一瞥をくれた。しかし何も問わずに優美な微笑みを浮かべている。


「君も強い魔力を持ってるね〜。見た目は女神と全く違うようだけど。ずっと平民として暮らしてきたんだろ? 大丈夫だった?」

「……大丈夫とは?」

「いやあ、子供のうちは魔力の制御ってなかなか難しいんだよ。魔力は王族しかもっていない力だし、だからこうやってこの城に僕が留まっているわけだし」


 リージは眉間の皺を消して、にっこりと笑んでみせる。


「ご心配いりません。今までそういった類の力を感じることはありませんでした」

「へー……」


 フレムが赤い瞳を細めてリージを見つめた。彼はにっと笑むとフレーゼに向き直る。


「君は魔力の欠片も感じないや」

「生粋の平民ですので」


 どう返事をしろというのだ。

 この世界バーハンスは幾つもの国を有し、各国は王を座する。各王家はこの世界を作った女神に愛されており、王の血筋のみ魔力という不可視の力を持つ。

 世界の中心にある大国から派生した国、そのうちの一つがこの国だ。

 この魔法使いはフレーゼが義弟のおまけで城に上がったことは知っているはずだ。王族しか魔力を持たないことは公然の事実で、平民の自分にあるわけがない。


「王族の血も大分薄くなってるから、王家からの嫁ぎ先になった貴族家は、微力でも魔力を継いでたりするんだけどな」

「先祖代々平民ですので」

「そのようだね~」


 フレムはすっと手を伸ばしてフレーゼの額に触れる。フレーゼは咄嗟に身を後方に引いた。


「あれ?」


 フレーゼの驚く顔を見てフレムが首を傾げている。ロアが呆れたように嘆息した。


「先生、レディの許可なく触れるのは失礼ですよ」

「え、平民もそういうマナーなの?」

「身分は関係ありません」


 ロアの張り付けたような笑みが怖い。なんとも言えない圧が出ている。

 ふとフレムが思いついたように顔を上げた。


「そうだ。少し陛下に用が出来た。リージ殿下も一緒においで」

「は?」


 リージが驚きの声を上げたと同時に、彼ら二人は一瞬で姿を消す。


「ひっ」


 小さく悲鳴を上げたのは壁際に控えていた侍女だ。彼女は咄嗟に口を手で覆った。

 フレーゼは声が出せなかっただけで、内心はすごく驚いている。心臓が早鐘を打っている。


「先生はいつも唐突なんだ。大丈夫。そのうち慣れるよ」


 ロアはにこりと微笑む。

 綺麗な花が背景に咲いたんじゃないだろうか。自分と年も変わらぬ子供だというのに、この優美さはなんだろう。

 王妃と似た顔のロアは子供なのに雰囲気から美が溢れている。見た目の造形も美少年だ。背丈はフレーゼと変わらないが、姿勢もよく腕も足も長い。整った顔は長い睫毛が黒曜石のような瞳を陰らせるたびに儚げにも見せる。


「ごめんね。戻るまで一緒にいてあげたいけど、僕はこれから予定があって」

「あ、い、いえ! お気遣い頂いて……」


 なんと言葉を返せばよかったのか。喋りなれない敬語がうまく使えない。お辞儀をして顔を持ち上げると、ずっと同じ笑みを浮かべていたロアが僅かに目を細めた。


「またね」


 そう言って彼は部屋を出て行く。

 今までの騒ぎが嘘のように部屋がしんと静まり返ってしまった。


(ああ、そっか……)


 これから本当にここで暮らさないといけないんだ。

 目に熱いものがこみ上げてくる気配がして、慌てて頭を振る。

 リージにああは言ったけれど、きっと彼も同じような気持ちだったのかもしれない。

 ずっと平民として暮らしてきたのだ。不安だから嫌がらせも込みで一緒に連れて来られたのかもしれない。

 腹立たしい気持ちと、僅かな同情も湧いた。自分は役目を果たしたらこの城から出られるけれど、リージはどうなるのだろう。

 賢い義弟のことだ。きっと先のことも想定しているだろう。

 王子なんて聞こえはいいが、きっと大変なことが多いはずだ。


「……少しくらいはいいか」


 せめて彼が寂しさを感じる期間が過ぎるまでは、共にいてあげてもいいかもしれない。

 そう思いながらフレーゼは嘆息した。

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