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ホームシック気味だったフレーゼに帰省の許可がおりた。
リージはもう王族の一人に並んでいるので帰省という形はとれないが、フレーゼと共に行くことを許可された。
数カ月後、アカデミーに入学する。全寮制の学園で気軽に城にも戻れない。それらを考慮した国王の計らいだった。
がらがらと進む馬車の中で、フレーゼは楽しげに窓の外を眺める。
「大分風景が変わってきたね」
フレーゼの眼前に座るロアが同じように窓の外を見つめている。
のんびりとした田園風景を進み、徐々に木々が増えてきた。そんな林を抜けた先に、フレーゼの実家はある。田舎だがとても平和で気に入っている。
「はい! もうすぐ着きますよ」
フレーゼが嬉しそうに答えると、ロアは微笑みを返す。彼の隣に座るリージは、二人の様子を見ながら口内で嘆息した。
どうしてロアまで同行するのだろう。
アカデミーに入る前の休暇を、二人に同行し過ごしたいと言い始めたのだ。もちろん陛下は渋っていたし、あの物分かりがよさそうな王太子も困惑していた。
結果おしきられる形で共についてきたのだ。
王家の紋章の入った馬車で移動することになり、前後を護衛の兵に守られている。
時折すれ違う人々が何事だと視線を向けていた。
こんな仰々しくなるなんて予想外だ。
実家のある村は、ビコア侯爵家の領地。ロアの婚約者候補である令嬢の家門だ。
何故かロアは侯爵家に滞在することを拒むので、彼もフレーゼの実家に滞在することになっている。
侯爵の機嫌を損ねることになり兼ねないので、二日目の夜はロアと二人、侯爵家の晩餐会に招待されていた。
リージは予定を頭の中で確認しながら、正直面倒だと思う。
「リージ、酔ったの?」
瞼を持ち上げるとフレーゼが心配そうにこちらを見ていた。
「……少しだけ」
「酔い止めのお茶飲んできた? あんた馬車に弱いから」
フレーゼは横に置いていたバスケットを開いた。お茶の入った瓶を手に取る。
「いらない」
リージは瞳を閉じ、頭を馬車の壁に預けてしまう。
「ちょ、ちょっと! リージ!」
「フレーゼ。休ませてあげなよ。ね」
「……でも」
ロアの言葉を聞いて、フレーゼの勢いはおさまったようだ。
再びバスケットを開閉した音が耳に届いた。
何だろう。
最近余裕がない気がする。
リージは苛々する気持ちを抑えながら、胸にこみ上げる吐き気に耐えた。
馬車がゆっくり停止した。別の馬車に乗っていたロアの侍従が戸を開く。
家の前で待っていた両親の姿が視界に映る。村中からやじ馬が集まっていた。馬車から距離をとりつつも、取り囲むように集まっていて騒がしい。
「父さん! 母さん!」
フレーゼは勢いよく両親に抱き着く。
「ただいま!」
「お帰り、フレーゼ。元気そうね」
母に頬を撫でられながら、フレーゼは満面の笑みを向けている。続いてリージが両親の前に歩み寄った。
「リージ、お帰り」
「ただいま」
ぎゅううっと体格のいい父がリージを抱きしめる。
「い、痛い……」
「父さん。リージ、馬車に酔ってたのよ。締め付けると何か出るわ」
「む、そうなのか。確かに少し顔色が悪いか?」
リージは体を離すと、フレーゼの腕を引いた。
「おい」
フレーゼは慌てて母親から身を離す。馬車を降りたところで、笑顔で再会を見ていたロアに駆け寄る。
「殿下、ごめんなさい。浮かれてしまって」
「久しぶりなのだから、気にすることないよ」
フレーゼの申し訳なさそうな姿にロアが笑みを深めた。
「初めまして。私はロア=フラム。リージの育ての親であり、フレーゼのご両親にお会いできて光栄です。数日お世話になります。ご迷惑でしょうが、よろしくお願い致します」
ロアは優雅にお辞儀をした。いつ見てもロアはすべての所作が美しすぎる。挨拶をされた当の両親は、緊張のあまり言葉を失い、慌てて深々とお辞儀を返している。
人目を引く端正な容姿の王子に、周囲から感嘆のため息が漏れた。
さして大きくも小さくもない平民の家に、王子が泊まるという珍事は、村がひっくり変える程の衝撃だ。
多くの護衛が家の周りに配置され、さすがの物々しさにやじ馬は多いが近づく者はいない。
村の唯一の宿は彼らの滞在先として貸し切りになっている。
両親が家の扉を開く。フレーゼは先に家に入り、ほっと息を吐いた。
懐かしい匂いがする。
「殿下、どうぞ」
フレーゼは扉を抑え中へ促す。
「いい匂いがするね」
「でしょう! バターの匂いがしみついているのかもしれません」
フレーゼはつい笑ってしまう。リージもロアの後に続いて中に入り、目尻を下げた。
リージの表情が少し和らいだ気がする。
ずっと気を張って過ごしてきた毎日だった。リージも家族の家に戻れ安心したのかもしれない。そう思うと嬉しいやら、くすぐったいやら。
「狭くて申し訳ないのですが……」
フレーゼの母がおずおずと小さな応接室に案内する。長年使いこんだ、深みのあるソファーにロアを誘った。
「ありがとうございます」
にこりと笑んでロアが腰かける。思っていたよりもふわふわして体が沈み、彼は目を丸くし驚いた。
「俺も初めてそのソファに座った時、驚きました」
リージはロアの反応に苦笑を向ける。
「そ、そうなんだ」
リージは九歳の時にこの家に引き取られた。
その当時からこの弾力を誇っているのか。ロアはつい手で撫でながら、ソファの弾力を確認してしまう。
「もう夕方ですし、今日はこのまま家にいらっしゃいますか?」
フレーゼはロアに紅茶を出しながら訪ねる。リージは少し離れた椅子に腰を下ろす。
「ああ、そうだね。フレーゼもリージも僕に気を遣わなくていいよ。ここに、こうしているだけで楽しいから」
ロアの言葉は本心だったが、二人は視線を合わせて思案している。
「私は夕飯の準備を手伝ってきます。殿下の部屋は二階に用意してあるみたいなので、リージが案内しますね」
「うん、ありがとう」
リージは紅茶を一口飲んでから、立ち上がる。
「奥の部屋?」
「うん。殿下とレイス様の分、用意してあるって」
「分かった」
レイスはロア専属の侍従だ。二十代半ばの青年で、いつもロアと目で会話しているあの侍従だ。
今回リージもフレーゼも侍従侍女はつけなかった。元々暮らしていた場所に戻るだけだ。侍従侍女はいらない。けれどロアはそうもいかない。
ロアは一人で行ってみたいなぁ、などと嘯いていたが、誰一人賛同しなかった。
特に彼に忠実な侍従レイスは大反対であった。
「僕だってアカデミーに入学したら、一人でやらないといけないこと増えるし、大丈夫なのに」
城でのやりとりを思い出していたのはロアも同じだったようだ。
ロアは紅茶のカップに口をつけ、扉の前に控えている侍従に視線を向けた。
「なりません。殿下は、お一人では無理です」
辛辣な言葉にロアが頬を膨らませる。
「僕も二人と同じような休暇が過ごしたかったな~」
腕を上げて伸びをする姿にリージは苦笑する。
「十分おくつろぎになっていますよ。この家に慣れるのも早そうですね」
「本当! リージ!」
「はい」
ロアはリージの言葉に喜んでいるが、リージは呆れているようにも見える。
この二人、少しずつだけど打ち解けているみたいだ。その姿を実家で見られるなんて嬉しい。
フレーゼは城で暮らすようになった頃を思い出す。
あの時は想像もできなかった。
同じ年の弟など内心は複雑だったはずなのに、リージだけでなくフレーゼにも親切に接してくれ、たくさんの優しさをみせてくれた。
「リージあとはお願いね」
フレーゼは、ロアと端に控えていた侍従にお辞儀をして部屋を出た。
キッチンに向かうと、両親が何をお出ししたらいいんだ、と悩んでいて、その姿を見て泣きながら笑ってしまったのは内緒だ。




