18
ついにお茶会の日を迎えてしまった。
十四歳を迎え、アカデミーへの入学を控えている貴族令息令嬢が、主に参加している。どことなく緊張した面持ちなのは自分たちだけではなかった。初めての社交界の子もいそうだ。
そこまで堅い雰囲気のお茶会ではない。そうロアは言っていたが、フレーゼにとっては何も変わらない。完全に場違いだ。
まさか自分が参加せねばならないなんて。
リージのエスコートで共に入場してからずっと周囲の視線が痛い。
王の庶子が王宮入りしたことは、すでに知られている話だが、公に第三王子として姿を現したのはこれが初めてだ。
皆の関心が高いのは当たり前だ。
そしてここは婚約者候補を見つける場でもある。そんな中、新たな王子は女子を伴って来ているのだ。
当の本人たちにその気がなくても、視線がグサグサ突き刺さる。
「せめて、ドレスが……ねえ」
リージはフレーゼの言葉を咎める。
「仕方ないだろ。ペアで衣裳を揃えるのがマナーなんだから」
「分かってるわよ」
きょろきょろとあたりを見回すと、ロアが令嬢たちに囲まれていた。
「あそこは寄りたくないな」
リージは顔を顰める。
「……貴族って大変な世界ね」
フレーゼは全く近寄りたくない世界だと思う。そしてその世界に飛び込んだリージを見上げる。
「あんたはいいの? 第三王子様なんだもの。婚約者見つけなきゃ」
「俺は別に……」
二人が離れて見ていたことに気付いたのか、ロアがこちらに歩いてくる。そして、がしっとリージの腕を掴んだ。
「逃がさない」
ロアに不敵な笑みを向けられリージの顔が強張る。
「いや、俺は、義姉さんを一人には」
「大丈夫すぐだよ。フレーゼ、少し借りるよ」
リージは引きずられるように、ロアと共に令嬢の波に消えて行った。
一人になってしまった。場違い感が半端ない。
端っこに寄ろう。
前世でも、とにかく目立たないよう、端っこに隠れているタイプだった。団体スポーツも端っこにいた。協調性がないと言われれば反論出来ない。
ゆっくり歩いていると目の前に人が立つ。気づかぬうちに、扇で口元を隠した令嬢数人に囲まれていた。
彼女達の大きく膨らんだドレスが壁のように逃げるのを阻む。
フレーゼがぎょっとしていると、豪華な金髪を背に流した少女が一歩踏み出した。
「私はエリー=ビコア。あなたが暮らしていた領地を治める、ビコア侯爵家の娘ですわ」
驚いた。まさか自分が暮らしていた村の、領主の娘に声をかけられるなんて。
フレーゼはお辞儀をし挨拶を返すと、彼女たちは厭らしい笑みを向けてきた。
「いつまで城に滞在なさるつもりかしら。 我が家の養女になる話があるとか、ないとか?」
「え? いえ! そんなつもりはありません」
「そうなの? まあ……爵位を手にしたところで育ちは出るし、偽りの姿でしかないものね」
素晴らしいほど直球の嫌味だ。
前世で既に大人になっていた自分にとって、この年齢の子たちの嫌味は、不愉快だが理解できる。
フレーゼの存在が面白くないのだろう。
「私は実家に戻るつもりでいます。ご心配されていることは何もありません」
「ご心配だなんて」
エリーは扇の下で小さく笑む。
「義弟の婚約者になれるかもと目論んでいるわけではないのね」
なるほど。そういう風に受け取られているのか。
些か不本意である。
「本当にそんなつもりはありません。ただ弟が心配で、一緒に来ただけです。私の役目がなくなれば実家に戻ります」
「あなたロア殿下にも言い寄っているでしょう? 先日のお茶会も何があったかは知らないけれど、直前でキャンセルされてしまうし。最近あまりお話出来ていないのよね……」
ん?
この人が婚約者候補の人だったのか。
アイルが危篤だったことは外部に伏せられている。使用人たちも厳しい緘口令が敷かれているため、彼女が知らないのも無理はない。
(ロア殿下……その後のフォローをしましたか?)
フレーゼはつい溜息をつきたくなるが、ぐっと堪える。
今、嫌味を向けられているのは、楽しみにしていたお茶会への八つ当たりも含まれていそうだ。
「ドレスも身分不相応なものを用意されて……本当、ねえ」
頭のてっぺんからドレスの裾下まで嘗め回すように見つめられる。
周囲から小さい嘲笑が湧く。
なんとなく見た目には触れてほしくない。前世でもこういうことはあった。どこの世界も同じだと思いつつ、言い返す気力も湧かない。
いい加減話を終わらせたい。辟易としてきた。
表情に出ていたのだろう。エリーはむっとした顔で眉を跳ね上げる。
「どうして僕の友人を取り囲んでいるのかな?」
ロアの声に周りの令嬢がざっと引いた。エリーだけは微動だにせず、冷たい眼差しをロアに向ける。
「エリー嬢。先日は失礼いたしました」
「いいえ、お気になさらず。本日はお招きありがとうございます」
エリーの丁寧なお辞儀は優雅で美しい。そして彼女は目に苛立ちを滲ませるリージと向かい合った。
「初めまして、リージ殿下。私はエリー=ビコアです。まさか我が領地に殿下がいらしたなんて、本当に驚きましたわ」
「初めまして、エリー嬢。お会いできて光栄です」
二人は形式通りの挨拶を交わす。
リージはフレーゼを庇うように引き寄せた。
「あら、本当にお気に入りですのね」
「義姉は人の多い場が苦手なので、離れていると心配なだけです」
「過保護でいらっしゃるわ」
くすくすと笑う姿は嫌味も含んでいそうだ。
「エリー嬢、一番最初のダンスを踊って頂けますか?」
ロアは優雅に手を差し出し、エリーの反応を待つ。
「ええ、喜んで」
二人は手を重ねて、ダンスの輪の中に消えていく。
リージは周囲で気配を消していた令嬢たちを睨み、ため息をつく。彼女たちは蜂の子を散らすように去っていった。
「リージ、もしかして助けに来たの?」
「……別に。ただ義姉さんが怒り出して、令嬢たちと取っ組み合いでも始めたらまずいと思って」
「なんでよ、本当にあんたってもう」
「ここにいても仕方ないから、外に出よう」
「え? 私はいいけど、リージは王子様でしょ。ここにいなくて大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。義姉さんも疲れただろ。俺も不慣れなのは同じだから」
フレーゼが迷っていると、リージが手を差し出した。
入場時も思ったが、まさかこの憎たらしい義弟にエスコートされる日がくるなんて。
「わかった」
人垣をすり抜けながらテラスに出る。夜空や庭園を見下ろしながら、歓談している者たちが何人かいるようだ。
「あそこにしよう」
リージはホールからの視線を遮ることができそうな、端を指差した。
実はここに来る間も、背にグサグサと視線が刺さっていた。
それはリージも同じだったようだ。好奇の眼差しから逃れるように、二人は端に寄って並んで立つ。
「はあ、疲れた」
リージは前髪をかき上げる。
その姿を見上げながら、少しだけ顔の線が変わってきたことに気付いた。男性らしく固い輪郭だ。
この国では珍しいリージの銀色の髪は、暗い夜空に星のよう眩く光っている。
城に来たばかりの頃よりもぐんと伸びた背も、毎日剣術や乗馬の訓練も欠かさないお陰で、無駄のないしなやかな体躯も、フレーゼのずっと見ていた少年のものではなくなっていた。
毎日見ていたはずなのに、気付かなかった。
「大きくなったわね、リージ」
フレーゼはしみじみと告げると、リージは顔を顰めた。
「同い年だろ」
「そうなんだけど、なんていうか、大人になってきたわ」
「義姉さんはずっとちんちくりんだな」
「む、背は伸びてます!」
顔はまだ丸いままだが、背は標準よりは高い方だ。少々、肉つきはいいけれど。
フレーゼは柵に背を預ける。隣に並び立つ義弟を見て、ホールからもれる光に視線を移す。
「ロア殿下、大丈夫かな」
「ああ、なんだ。分かってはいたんだな」
「さすがに分かってるわよ……」
フレーゼは唇を尖らせるとリージは苦笑する。
「義姉さんへの関心を逸らすには、殿下自身がエリー嬢を親し気に誘うのが一番だからな」
「なんか、矛先を向けたみたいで申し訳ない……」
「でも彼女は婚約者候補の筆頭なんだから、気にすることないと思う」
「そうなの?」
「ビコア侯爵令嬢は遠い血筋に王族出身がいるから、彼女自身も魔力持ちらしい。だから有力な妃候補だ」
「詳しいね、リージ」
「王族ってそういうのも勉強するんだってさ」
自分とは内容が違うものを学んでいることは知ってはいたが、リージの苦労や大変さを想像して胸が少し痛む。
「アカデミーに通うなら、彼女も同じ年だから色々あると思う」
フレーゼが言葉に詰まっていると、リージがいつもより静かな声音で言った。
「義姉さんは本当にアカデミーに通うのか? 魔力の件もあるから逃れられないけど、家に帰るんだろ」
「家に帰る気持ちは変わってないよ。でも魔法は未知の力だから、しっかり学んでおきたい」
リージの表情に苦痛の色を見た気がしてフレーゼは眉を下げる。
「あんた無理してない? 城に来たこと後悔しているの?」
「後悔はしてない。魔力のこともあるし……でも、帰りたいとは思う。義父さんと義母さんにも会いたいし、マナーとか気にしないで過ごしたい。義姉さんと喧嘩したいし」
「なんでそこで喧嘩なのよ」
「そういうの含めて、窮屈だと思っているんだよ」
「……まあ、それはね」
操り方を知らない不可視の力を持ち続け、生きていくのは大変だろう。もしかしたら、彼は何処かで平民として暮らすことは無理だと悟ったのかもしれない。
「城に来てから、義姉さんとは殆ど一緒にいなかった気がする」
リージがぽつりと告げた言葉に、フレーゼは目を丸くしてしまう。
「なになに、あんた突然お義姉さんっ子になったの?」
「うるさいな」
「確かに最近、リージと話したり何かしたりってこと少なかったわね」
この素直じゃない義弟は、案外本当に寂しがっているのかもしれない。
見知らぬ土地に一緒に来たのだってそれが理由なのかもしれないのだ。
「もー、仕方ないわね」
フレーゼはリージの腕をばしりと叩いた。顔を顰めた義弟を見て笑ってしまう。
「大丈夫よ。家族なんだから困ったときは頼りなさい。いつだって助けに行くし、なんだったら泣いている時に一緒にいてあげるわよ?」
「うわあ、うれしいなー」
リージは不愉快そうに棒読みで告げる。
「ちょっと、あんたってもう!」
元気がなさそうだったから言ったのに。なんだこの反応は。
「まあ、それでもいいや」
リージはふっと目を細めて笑った。目尻を下げて柔らかく笑んでいる。
そんな笑い方出来たのか。
いつもつんつんトゲトゲしている気がしていたけど、困ったような恥ずかしいような。そんな笑い方に驚いてしまう。
リージの手が伸びてフレーゼの髪先に触れた。指で弄んでいる。
「なんなのよ……?」
意味が分からずリージを見上げると、橙色の瞳が真っ直ぐにこちらを見ている。
ずっと綺麗だと思っていた義弟の瞳は、少し陰っていてそれでいて何かを孕んでいる。
その何かを知っている気がして、フレーゼは一歩後ずさってしまう。
リージの指から、ほどけるように髪先が逃げた。彼は髪がフレーゼの元に戻る軌道を見ながら、視線をフレーゼの瞳に戻す。
フレーゼが声を出せずにいると、リージは小さく嘆息した。
「冷えてきたから戻ろう」
「う、うん……」




