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 メロンパンが焼けた頃、フレムは匂いに反応したのか目を覚ました。

 部屋の外は今、何時だろう。この魔法の部屋にいると時間の感覚がなくなる。

 フレム用にメロンパンを半分取り分け、もう半分を皿に載せた。


 皿を持ち魔法の部屋を出ると、丁度こちらに歩いてくるリージと遭遇した。彼はフレーゼの隣にいるフレムを見て眉を寄せる。そしてメロンパンを載せた皿を一瞥して渋面を浮かべた。


「あははは、リージ、顔がすごいよ」

「先生のせいですよ」


 リージの反応が愉快だったのか、フレムは笑みを深める。


「義姉さん、ドレスの採寸が出来ないって、侍女たちが捜している。早く行くぞ」

「え! もうそんな時間?」


 リージはフレーゼの腕を自分の方に引いた。


「リージ、食べ物と女の子は大事に扱いなよ~」

「食べ物を先に言うのはどうかと思います。でもご心配いりません」


 リージはふんと鼻を鳴らし、フレーゼを引っ張りながらフレムに背を向け歩き始める。


「ちょっと、リージ。先生にその態度は失礼だよ」

「別にいい。あの人には気を遣わない」

「そんなわけには……」


 廊下の先からハンナが駆け寄ってくる。

「フレム先生に誘拐されていたようです」

 リージの言葉を聞いてハンナの表情が険しくなる。

「またあの魔法使い……」

 そう声に出ていたが、ハンナは咳ばらいをして姿勢を正す。

「お嬢様、仕立て屋がお待ちです。お急ぎください」


 フレーゼが手にしていた皿を、リージはひょいと持ち上げた。

「これは俺が食べるから」

「え、全部? すぐに戻るから、一つくらいは残しておいてよ」

「戻らなくていいよ、もう」

「ええええ」

 狼狽えているとハンナに急かされる。名残惜しいがフレーゼはメロンパンの誘惑を振り払い、急いで部屋に戻った。



「これなんていうパンなのかな?」

 クッキー生地をのせた丸いパンを見ながらロアは尋ねた。

 リージはフレーゼの作ったパンを持ち、ロアのサロンに来ていた。早朝の乗馬訓練でも行動を共にしていたが、一人でこのパンを食べるような気分ではなかった。

 気がついたらここに足が向いていた。


「分かりません」

「リージの機嫌が悪いのは先生が原因かな?」

 ロアがくすくすと笑うと、リージは苦々しく答える。

「先生は、義姉さんを気軽に部屋へ招きすぎです」

「え、部屋って? もしかして先生の魔法の部屋?」

 リージが頷くとロアは驚いた表情で言う。

「いいなぁ、僕も入ったことないのに」

「そう問題じゃありません」


 リージがぴしゃりと告げるとロアは苦笑する。

「でも先生は子供に手をだす趣味はないと思うな」

「逆は想像したことありますか?」

「逆?」

 ロアはフレーゼが迫っている姿を想像して吹き出してしまう。リージが不機嫌な顔を向けると益々笑いを深めた。


「楽しそうだね」


 ロアのサロンに姿を現したのは王太子アイルだった。

 彼は立ち上がろうとする二人を片手で制し、机の上のパンを見やる。

「それなんだい? パン?」

「はい。フレーゼが作ったものです。兄上もいかがですか?」

「へえ。頂こうかな」

 アイルはロアの隣に腰かけると、パンに手を伸ばした。

「ところで今日はフレーゼ嬢いないの?」

「お茶会のドレスの採寸です。参加したくないと散々ごねていましたが、魔力も得てアカデミーに入学する以上、貴族の集まる場での顔出しは必要かと」

「ふうん」

 ロアの説明にアイルは思案顔になる。


「本人に伝えるか迷ったのだけど……」

 アイルはそこまで言って言葉を切った。ロアとリージは続く言葉を待つ。


「フレーゼ嬢が魔力を得た経緯は聞いたよ。以前、ロアと一緒に僕の部屋を尋ねてきた時、彼女に魔力が見えたから変だと思っていたんだ」

「……あの時には、もう食べていたのか」


 ロアは驚きの表情を浮かべるが、リージは話が見えなくて怪訝の色を隠せない。


「その時に気付いたのだけど、彼女の魔力は最大まで使えないように封印されているよ」


 アイルはパンをちぎって口に入れた。あっけにとられている弟二人の前で、これ美味しいねと舌鼓を打つ。


「兄上、それはどういう意味ですか?」

「ロアは魔力を見て誰のものか、識別できないのだっけ?」

「はい。色や匂い、気配は見えますが個人の識別は出来ません」

「彼女の魔力を封印したのは、フレム先生だよ」


 またそこでフレムの名が出て、ロアとリージは顔を見合わせる。


「封印されているのを見た時は、理由が分からなくて黙っていたけれど、竜の肉を食べさせたなら封印した理由は想像がつく。フレーゼ嬢の肉体が耐えられないから、彼女の為に魔力を制限したのだろうね」


 アイルの言葉に、リージが困惑しながら口を開く。


「え、待ってください……。ということは、先生は義姉さんの為に行動していると言うことですか?」


「そういうことだと思うよ」


 アイルはそう言って紅茶を一口飲んだ。ソーサーにカップを置き、リージを見る。


「理由は分からないけれど、竜花を得るように仕向けたのも、結果的にはフレーゼ嬢の為じゃないかな」


 ロアは理由に心当たりがあったが、あえて口を噤む。


「彼は知識も深く、高い魔力を持つ魔法使いだ。あんな態度だから誤解されやすいけれど、優しい人だと思う。でも少し気を付けた方がいいかもね」


 アイルは黒い瞳を細め、何処か達観したように嘆息した。


「力のある者の屈折した愛情がどういう事態をもたらすか、経験あるだろう?」


 王族は女神に愛されているから魔力を持っている。一方的な恋慕は避けようとして避けられるものではない。


 二人は溢れる魔力で命を落としかけた兄を無言で見つめた。形は違えど、もし過剰な想いをフレーゼが受け取っているとしたら。

 リージは得体のしれない魔法使いを、初めて怖いと思った。

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