13
転移した先は国王の応接室の隣、控えの間だった。
フレーゼはなんて場所に転移するのだ、と思ったが後々それは正しいと分かる。事を内々で処理するため人目を避ける必要があった。
応接室に通されると長椅子に腰かける国王がいた。久しぶりに見た彼は些かやつれているように見える。
ロアとフレムに続いて部屋に入ると扉が閉じられた。使用人は一人もいない。国王によって人払いがなされていた。
「ロア、自分が何をしたのか理解しているのか」
「はい。処罰は受けます」
「……そういう話ではない」
国王は重い溜息をついた。
「怪我は?」
「していません」
「そうか。でも」
ちらりと国王がフレーゼに視線を移して渋面を作る。
フレーゼの破れた服に血が滲んでいた。よく見れば傷は治っているが、僅かに跡が残っている。
そんな箇所が全身にあるのだ。
「フレーゼ、君はどうしてあそこに行った?」
びくりと背筋が伸びる。国王の声は固く、静かだ。
「陛下。僕が無理に連れ出したんです。フレーゼ嬢は王子である僕の願いを断れなかっただけです」
「ち、違います! 私が唆したんです! ごめんなさい!」
フレーゼが早口で告げ頭を深く下げる
国王は何度目か分からない溜息をついた。
「では二人で罰を受けるのだな」
「違います、陛下。僕だけです。フレーゼは巻き込まれたのです」
ロアがそう反論すると、国王は首を横に振った。
「何故あの場所に行った? 目的は竜花だろう?」
そこまで告げて、国王は何か察したようだ。
「それはだめだ」
「父上!」
焦ったようにロアが声を上げる。
「私たちがそれを選択してはいけない」
「何故ですか! それで誰かを苦しめたりするわけではありません!」
「それでもだ。力のある者は理を破ってはならない」
「……悪しきことに手を染めるわけでもないのに」
ロアは唇を噛み、固くこぶしを握る。
「あのさー」
魔法使いの素っ頓狂な声が緊張した空気を裂いた。
国王も驚いた顔で声の主を見やる。フレムはにっこりと微笑んで言った。
「竜花を取りに行きなよ、ってたきつけたのは僕だよ」
「は?」
国王がらしくない声を上げた。ロアもフレーゼも目を丸くしてしまう。
確かに竜花の存在をフレーゼに教えたのはフレムだ。そうなのだが。
「な、な、な、は? 何を考えて……?」
驚きすぎて国王の呂律が回っていない。そんな父の姿を見てロアは固まっている。
「僕が考えていることを陛下に話す気はないな〜」
「いやいやいやいや、これは大ごとですよ!」
「でも、竜花は手に入らなかったんでしょ?」
フレーゼとロアは同時に頷いた。
「それなら何もなかったってことでいいじゃん。あ、封印は僕がお詫びに直してくるよ」
「と、う、ぜ、んです!」
「あ、あとさ。これも言わなきゃと思ってたんだけど」
「まだ何かあるんですか!」
取り乱す父の姿が信じられないようで、そろそろロアが倒れそうだ。
「竜の肉をフレーゼに食べてもらっちゃった」
「は……?」
国王がフレーゼを見やり、そしてフレムに視線を戻す。ロアまでも驚いた顔でフレーゼを見ている。
「彼女をアカデミーに入れたいから、魔力無しは可哀想だな〜と思って」
「それで竜の肉を?」
「うん」
「まさか、竜花を彼女に食べさせる気だったんじゃ……」
「そんな気はないよ〜。魔力さえ持てば、フレーゼの居場所が分かるようになるしね」
「それが分かるのはあなたくらいですよ……」
国王ががっくりと肩を落とした。しばし沈黙が下りる。
さりげなくストーカー発言をされたが気のせいだろうか。
ロアが驚きの表情のままフレーゼに問いかけた。
「君はいつ竜の肉を食べたの?」
「あの、何を言われているのかさっぱり分からなくて……」
「先生から何か食べ物を貰わなかった?」
「食べ物?」
フレーゼは暫しの逡巡の後、一つ思い当たった物を口にする。
「するめを頂きました」
「するめ?」
国王とロアが同時に首を傾げた。
「あの、干して固くなったイカなんですけど……」
「イカ? なにそれ。干してってことは干し肉みたいなもの?」
「そうです。そんな感じの物で、噛めば噛むほど味が出て……それでしょうか?」
「先生、どなたを食べさせたんですか?」
ロアの問いにフレムはあっけらかんと答えた。
「火竜王の髭をあげたんだ。数年前に火竜王が亡くなったでしょ? 髭を貰ってたんだよね~」
にこにこと笑うフレムの態度に、国王が眩暈を起こしたようだ。
「竜って食べてもいいんでしょうか……」
フレーゼは思わず腹を撫でる。知らないうちにそんなものを食べさせられているとは思わなかった。ショックではあるが、もう後悔しても遅い。
「フレーゼ、心配はいらないよ。たまに、たまーーーーに食べる人間もいるから。問題はそこじゃなくてね」
ロアがとても美しい笑みで慰めてくれるが、国王の眉間の皺がやばい。
「君は魔力を持った。竜は食すと、その竜の持つ魔力を得ることが出来る」
「え」
国王が立ち上がりフレーゼに手を差し出した。そっと手を重ねると、握られた手がほんのり熱を持ち始める。
そっと手を離された。国王の顔を見上げると、彼は困ったように笑んでいた。
「確かに魔力が宿っているね。フレーゼ、この話は終わりにしよう。今夜はもう休むといい」
「……はい、陛下」
首肯すると国王はフレーゼの頭を撫でた。
「ロア、お前は残りなさい。話がある」
「はい」
フレーゼは心配でロアを見やるが、国王が優しく諭すように告げた。
「大丈夫だ。君の心配しているようなことにはならない」
その言葉を聞いて少し安心する。もしこのままロアだけが咎めを受けることになったら居た堪れない。
フレーゼは深くお辞儀をして、応接室を出た。
どっと疲れが肩にのしかかり重い。疲れた。
何故か共に部屋を出たフレムが隣に立つ。相変わらず何を考えているのか分からない笑顔を向けられている。
「先生、わたし」
「うん。またパンを作りにおいでよ。話をしよう」
「……はい」
暗にここでは話さない。別日に話をしようと言われたようだ。
部屋に戻ると、侍女ハンナがぎょっとした顔で駆け寄ってきた。
「お嬢様、怪我を!」
「あ、いえ! 大丈夫です」
咄嗟に否定したが、さすがに血の滲む服装で言っても説得力はなかったようだ。
「ハンナ~、大丈夫だよ。僕が魔法で直したから」
侍女はフレムをきっと睨み上げると、丁寧にお辞儀をした。
「お嬢様をお送りくださりありがとうございます。夜も遅いですからこれで失礼致します」
返事も待たずにハンナは扉を閉めた。くるりとフレーゼに向き直り眉を下げる。
泣き出しそうな顔にフレーゼは驚いてしまう。
「遅い時間ですが、入浴の準備を致します。お待ちください」
フレーゼが頷き返すと、ハンナは慌てた様子で控えの間を出て行く。
まさかこの侍女にあんな顔をされるとは思いもしなかった。出発時もロアを案じ、そして同じようにフレーゼのことも案じていた。
無意識の内に、相手に壁を作っていたのは自分だったのかもしれない。
フレーゼは窓際の長椅子に腰かけ、寝室に続く扉を見つめた。
義弟はちゃんと寝ているだろうか。
今夜はさすがに死ぬかと思った。
前世で死んだときの記憶はないけれど、前世の自分を想いながら死について考える。
「私は……まだ死にたくないなぁ」
フレーゼは窓から差し込む月明りを見つめ呟いた。
とてもとても小さな声で。
けれど、それを聞き取れるたった一人の耳にだけ、その声は届いた。




