12
ロアとフレーゼの足元を囲むように金光の帯が伸びて不思議な模様が描かれていく。床から光の粒が舞い上がり頭上を越え、ぐにゃりと視界が曲がった。
胃をひっくり返されるような感覚に吐き気がこみ上げ瞼を閉じる。
刹那、足裏に伝わる感触が変わった。
「フレーゼ嬢、もう目を開けてもいいよ」
おそるおそる瞼を持ち上げると、視界いっぱいに岩肌をむき出しにした崖が聳え立っていた。
「……うわあ……」
頭上には墨を流したような漆黒の中で大きな満月が輝いている。月が明るいとはいえ、ごつごつとした岩肌が威圧的だ。ひんやりとした風が頬を撫でる度に恐怖が湧く。
いや、ここで怖気づいてどうする。
フレーゼは深呼吸をして、ぐっと顎を持ち上げた。そして眼前の大きな崖に空いた穴を見やる。
冥府への入り口のような洞窟は、口を大きく開き中は暗く先が見えない。
「封印を解くと真っ先に火竜たちが気付く。でも火竜は人間の施した封印に興味がないから、封印が解かれようが何もしてこないと思う」
「火竜にとって竜花は価値の無い物なんですか?」
「というより、それぞれが魔力をもつ個体であるし、肉体も強固だ。そして彼らは人間よりも聡い。竜花を求めることがどういうことか一番理解しているよ」
ロアは苦笑して、洞穴の入り口を見つめる。
「だから真っ先に来るのは父上の追手だと思う。封印が解けたらすぐ中に入って、花を手にすることだけを考えよう。そしてすぐに逃げる」
フレーゼが力強く頷き返すと、ロアがフレーゼの袖に触れた。
「本当にいいの? 一緒に竜花を取りに行こうと誘ったのは僕だけど、僕が王子だから断れなかったとかなら……」
ロアは言い淀んだが、ここまで来たら最早どうしようもない気がした。
「殿下が誘ってくださらなかったら、私一人ではここまで来れませんでした。気にしなくて大丈夫です」
「でも君が同意しなかったら実行しなかった。僕は卑怯者で、君を巻き込んだよ」
「殿下は卑怯じゃないです。それに私が唆したんです。ね?」
「違うよ。唆したのは僕だ」
フレーゼがくすくす笑うとロアは目尻を下げた。
「僕ら、いい友達になれそうだね」
「本当ですか! 嬉しいです」
ロアは笑みを深めたが、すぐに気を切り替えた。背筋を伸ばし深呼吸をし、洞穴の前で瞼を閉じる。
この世界が前世で楽しんだ異世界ゲームや小説の世界だったら、何が起こるのか知ることが出来たのに。でも、何も知らないから知った時は単純に嬉しく楽しい。
彼のことも何も知らないからからこそ、ひとつひとつ丁寧に知っていき、たくさんの感情と共に彼を覚えていける。
ロアの足元を中心に黄金に輝く光の帯が伸びていく。大地に図形が広がり、そして洞口の周りを蔦が覆うように伸びていく。先程は気づかなかったが、これは俗にいう魔法陣だ。
光り輝く魔法陣が大きな光の粒を散らして辺りが眩しくなる。
それに反応するように、洞窟の入り口を遮る赤い魔法陣が浮き出てきた。ロアが掌を赤い魔法陣に叩きつけ、ばんと音が響き渡る。
花火のように光が爆ぜ、フレーゼは咄嗟に目を閉じ顔を背けたが、瞼が光を通さなくなったので洞穴を見やった。
小さい光の粒が舞い、二つの異なる色の魔法陣は消えていた。
ロアが連続して短く息を吐いている。
「殿下! 大丈夫ですか?」
フレーゼは慌てて駆け寄り、立ち尽くすロアの顔を覗きこむ。
「結構疲れた。でも封印は解けたよ」
彼は息を切らしながら、袖で額の汗を拭った。
「早く行かないと追手が来る」
「はい!」
二人で洞穴の中を駆ける。中は暗いと思っていたが、先を進むのに困らない程度の明るさが維持されていた。きょろきょろと石壁を見ながら先を進む。
「明るくて不思議な場所ですね」
「本当だね。何故、明るいのだろう?」
ロアも理由は分からないようだった。砂利の道を駆けていくと天井が高い広い場所に出た。天井の先端が尖り穴が開いている。穴から月の光が差し込んでいる。
月の光が照らす先の大地に小さな草むらが見えた。むき出しの固い石の大地に一部だけ緑の草原がある。その光景は息を飲む美しさだ。
「ふわああ、物語の世界みたい」
そう言いながらフレーゼは草むらを目指す。
ごん、と野太い音が響いた。
「……っつ!」
フレーゼの体は横なぎに弾き飛ばされ、大地に落ちる。
洞穴内の闇と同化して姿が見えなかった。眼前に火竜が立ち、口から炎をもらしている。
火竜がもう一度尾をしならせた。
ロアは衝撃を魔法で防ぎ、急いでフレーゼに駆け寄った。
「フレーゼ!」
「だ、だだだ、大丈夫です……! げほっ」
フレーゼは痛む体を起こそうと動き、必死に返事をする。
完全に油断していた。全身を思い切り殴られた。息がし辛いし体中が痛い。
「フレーゼ! 城に戻るよ!」
火竜がこちらに向き直っている。口の中からもれる炎が増し、背にある翼が膨らんで今にも開きそうだ。
「殿下、待って!」
フレーゼは立ち上がれず、腕と肘に力を込めて体を引きずる。
「何言って……!」
ロアは火竜を見つつ、フレーゼを一瞥する。フレーゼの投げ飛ばされた先に草むら見える。彼女はそこに少しずつ近寄り、腕を精いっぱい伸ばしている。
草原には青い花が咲いていた。
「竜花……!」
ずっと望んでいた竜花に感嘆の声が漏れる。
でも。
ロアは火竜を見ながら、これ以上は無理だと悟った。
誰かを巻き込んで何かを得るなんて。為政者である立場の人間がする行動じゃない。綺麗事だと思うけれど、そんな人間になりたいと思ってきた。
ずっとそう思ってきたのに、フレーゼを巻き込んでここに来たことはやはり間違いだった。
「フレーゼ!」
転移するためにロアはフレーゼを掴もうと腕を伸ばす。
同時に火竜の炎が渦を巻いて口から噴き出された。
業火とはこういう炎なのだろうな。
フレーゼはまるで走馬灯のように炎の軌跡を見つめる。
「あぶないなあ」
場違いな気の抜けた声がした。
ロアとフレーゼの盾になるように立つ青年はひらりと手を振った。手の動きに合わせるように吐き出された炎がぐるりと回って消え失せる。
火竜はフレムの存在を視認し身を震わせる。翼を羽ばたかせ、そして天井の穴から外に飛び去ってしまった。
「彼はここをねぐらにでもしてたのかもね~」
フレムはこちらに向き直りフレーゼの前に屈むと、また手をひらりと振った。
(……なんか体が熱い?)
次第に体の痛みがひいていく。フレーゼは目を瞠り魔法使いを見上げる。
「大丈夫? 無茶したねぇ」
「先生はどうしてここに」
「え、当たり前でしょ。封印が解けて真っ先にここに来れるのは僕くらいだ。国王が来るわけにもいかないし」
「……そ、そうですね」
フレムはフレーゼの腕を掴んで立たせる。
「痛みは?」
「ありません……」
フレーゼに続くようにロアは緩慢な所作で立ち上がり、身についた汚れを払う。
「殿下、お怪我はありませんか?」
フレーゼはロアを上から下まで舐めるように見つめる。ロアが困ったように笑みを浮かべた。
「怪我はないよ。そんなに見られると恥ずかしいな」
「あ、失礼しました!」
妙な沈黙がおりるが、ロアがふっと溜息をついた。
「先生、父上は……陛下はどこまで気付いておられますか?」
「封印が解けたことも、二人が洞穴に入ったこともご存知だよ。彼はああ見えて優秀だ」
フレーゼは国王陛下に対してのフレムの発言にぎょっとした。けれどロアは気にしていないようだ。
「じゃあ、このまま移動しようか」
フレムはロアとフレーゼを一瞥する。
二人は竜花に視線を向けたが、フレムに向き直り頷く。二人が頷いたのを確認してフレムは城へ転移した。




