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 満月の夜。

 月の満ち欠けが生き物に影響を与えるとはよく聞く。

 この国の第二王子であるロアは、満月の夜が最も魔力が強くなると言っていた。

 ならば新月は? と思ったが、元々備わった魔力は減ることがないので関係ないらしい。

 ロアの魔力はまだ細かい制御が出来るレベルではないそうだ。力の強弱で言えば、それなりに強いらしいが、とにかく加減が出来ないと言っていた。


 フレーゼは手持ち服の中で、最も動きやすい服を選んで着替えを済ませる。ズボンは伸縮性があり動きやすく丈夫な物を選び、ブラウスの上から上着を羽織った。肩にかかる髪はきつく一つに縛る。

 あとは何が必要だろうか。飲み水と……袋?

 フレーゼは床に腰を下ろし、この城にやって来た時に持参していた鞄を棚から引っ張りだす。斜めかけの質素な物だ。

 

 こんこんと衣裳部屋の扉がノックされた。開けたままの扉に背を預けながら、リージが後ろ手でノックしていた。橙色の瞳は不信感でいっぱいだ。


「義姉さん、こんな夜中に何してるんだ? 家出準備か?」

「ひっ! 驚かさないで! 起きてたの?」

「誰かさんがゴソゴソしてたら目も覚めるさ」

「そ、そう。それはごめんね」


 おかしいな。

 同室のリージにばれると嫌だから、疲れでぐっすり寝てくれるよう、昼は剣術の稽古をみっちり予定に組み込んでもらったのに。

 疲れすぎて逆に目が冴えてしまったのだろうか。


「で、なにしてる?」

「お城探検準備、かな」

「……警備兵に見つかって斬首されないか?」

「怖いことを言わないでよ」


 リージがじっとこちらを見つめている。

 見透かされそうで、視線をよけるように鞄で顔を隠す。


「何か企んでるだろ?」


 リージはつかつかと歩き、座り込むフレーゼに視線を合わせ膝をつく。


「め、迷惑はかけないわ。気にしないで寝てて」

「そう言われて気にしない奴がいるか」

「私のことに干渉しないで! はい、この話終わり!」


 フレーゼは勢いよく立ち上がり、鞄を肩にかけた。


「待て! 勝手に話を終わらせるな!」


 リージに腕を掴まれ、歩みだそうとしていた足がつんのめる。むっとして少し背が高くなったリージを睨み上げた。


「ねえ、リージ。私のこと嫌いでしょう? 関わらない方がいいんじゃない? また何か嫌がらせされるわよ」


「はん、慣れてるから大丈夫。それよりも今が義姉さんへの嫌がらせになってるみたいで楽しいよ」


 憎たらしい笑みを向けられて、歯ぎしりしてしまう。


「で、どこに行くんだ? まさかフレム先生のところか?」

「フレム先生?」

 何故ここで先生の名前が出るのか。不思議そうにしているとリージが眉を顰めた。


「違うのか?」


 リージは本気でそう思っていたようだ。想像と違う反応に狼狽えたようで目が泳いでいる。


「やだ、もしかして変な誤解したの?」

「なっ……!」

 フレーゼが笑うとリージが頬を赤く染めた。その反応がおかしくて笑いが止まらない。


「先生はこんな子供に手を出す変態じゃないわよ」

「貴族では婚約も決まる年齢だろ。変態はいるさ」

「まあ、変態はいるだろうけど。でもそれはない」

「じゃあ、どこに……」


 そこまで言ってリージがぱたりと前のめりに倒れた。慌てて体を支えるとリージの頭が肩にのる。

 すうすうと寝息が聞こえて、フレーゼは目を瞬く。


「ね、寝てるの? このタイミングで?」


「うーん、君たちは早く部屋を分けた方がいいよ」


 第三者の声にぎょっとしてリージの背の向こうを見やると、いつの間にかロアが立っていた。手に僅かな光の粒が見える。


「ま、魔法ですか?」

「うん。リージがまだ魔術に不慣れでよかったよ」


 ロアはリージの体を支えベッドに横たえさせる。フレーゼは掛布団をリージにかけながらロアを見た。彼も質素な服に身を包んでいる。


 ロアは気配を探るように視線を彷徨わせ、ふっと息を吐いた。


「転移魔法は僕のレベルじゃまだ難しいんだ。失敗はしないけれど、向こうでは封印を解いて帰りの分くらいしか魔力が残らないと思う」


 それは暗に何か危険があってもかばえないと言っているのだろう。


「大丈夫です。覚悟は出来ています」

「うん」

 ロアは困ったように笑んでいる。


「殿下、飲み水を用意しました」

 フレーゼ付きの侍女がロアに小さい声で話しかけた。フレーゼは驚き目を丸くする。


 そういえば、そうだ。

 場所を移動する魔法は行き来でしか使えないと今言っていたのに、突然この部屋に姿を現すなんて誰かの手引きがないと無理だ。


 予定では部屋を出て、ロアの侍従に連れられてサロンで落ち合う計画だった。

 ロアは微笑んで渡された瓶を受け取る。


「ハンナ。ありがとう」

 名を呼ばれた侍女が何かを言いかけて言葉を詰まらせる。


「心配かけてごめんね。わがままを聞いてくれてありがとう」

 ロアがハンナの手をとって礼を言うと、侍女の表情がくしゃりと崩れる。心配で笑顔が作れないようだ。


「殿下、危険を感じたらすぐに戻ってきてくださいね。お嬢様もお気をつけ下さい」

 侍女がフレーゼをまっすぐに見る。言葉をかけられると思っていなかったので、フレーゼはこくこくと頷き返した。


「じゃあ、フレーゼ嬢」

 ロアが手を差し出す。

「行こうか。竜花を取りに」

「はい!」

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