出会いとは、いつも予測できないもの。――2
四日後の日曜日。芸能人がお忍びで訪れると噂の高級焼き肉店。その個室に俺はいた。
テーブルには、肉が盛り付けられた皿がズラリと並んでいる。
見事なサシが入ったカルビ。
バラの花みたいに赤いハラミ。
文庫本に匹敵するほどの厚みを持ったタン。
ツヤツヤでプリップリのホルモン。
焼く前から美味いとわかるほど上等な肉だ。
つい二ヶ月ほど前まで貯金を崩しながら生活していた俺にとっては、期待を通り越して怯んでしまう光景だった。
「どうした、真? 口元が引きつってるぞ?」
「い、いえ、こんな高級店に来たことがないので緊張してまして」
「そんなん気にしなくていいんだよ! ここはあたしのおごりなんだから好きなだけ食べてくれ!」
ボックス席の向かい側に座っている女性が屈託のない笑みを俺に向け、生ビールがつがれたジョッキを傾けて、グビグビと喉を鳴らす。
年の頃は二〇代前半くらい。
赤茶色のショートヘア。
ダークブラウンのつり目。
モデルのような長身に、盛り上がった胸元。
身につけているのは、赤いジャンパー、白いシャツ、青いジーンズ。
どこか勝ち気な印象がする彼女の名前は焔村巴恵。ヴァルキュリアの大剣使いにして、リーダーを務める人物だ。
「巴恵ちゃんの言うとおりよぉ。遠慮しないで食べてねぇ、真くん」
焔村さんが「くっはーっ!」と気持ちのいい飲みっぷりを見せるなか、俺の右隣に座っている女性が、ライトブラウンの垂れ目を細めながら、炭火で焼いていたカルビを俺の取り皿に載せてきた。
ウェーブがかかったライトブラウンのセミロングヘア。
ベージュのブラウスとカーキーのロングスカートに包まれた中背は、肉付きがかなりよく、焔村さん以上に胸が大きい。
左目の下にある泣きぼくろが特徴的な、二〇代半ばほどの彼女は、ヴァルキュリアの治癒術師、渡会美月さん。
「ありがとうございます」
「いいのいいのぉ。今日はいっぱい食べていってねぇ」
包容力を感じさせる微笑みを浮かべる渡会さんに勧められ、俺は箸でカルビをつまみ、タレにつけた。
脂がテラテラと滲んだカルビがタレをまとったその姿に、口のなかが唾液でいっぱいになる。
「い、いただきます」
ゴクリと唾をのみ、俺はカルビを口に運んだ。
一噛みした瞬間、じゅわぁっと肉汁が溢れ出す。
脂の甘み、肉のうま味、それを引き立てるタレ。
硬い部分は一箇所もなく、ほどよい弾力と柔らかさが共存している。
俺はしみじみと呟いた。
「美味い……!」
「あははっ、本当に美味しそうに食べますねー」
感動に打ち震えていると、焔村さんの右隣にいる少女がクスクスと笑みを漏らす。
一六四センチの俺より一〇センチほど低いと思われる、カラフルなシャツとチェック柄のプリーツスカートを身につけた、同年代くらいの女性だ。
金のポニーテールとぱっちりしたブラウンの瞳を持つこの少女は、ヴァルキュリアの魔法使い、四条蓮さん。
「はい! スゴくスゴくスゴく美味しいです! 生きていてよかった……!」
「大袈裟ですねー」
本心からの俺の言葉に、四条さんが苦笑した。
「(ボソボソ)」
そんななか、四条さんの右隣にいる少女がなにやら口にする。
ここに集まったメンツのなかでもっとも低い背丈。
黒いミディアムヘアは前が長く、目元が隠れている。
フード付きの黒いパーカーと、黒いミニスカートを着ているのは、ヴァルキュリアの短剣使い、篠崎澄玲さんだ。
「なにか言いました?」
「(ビクッ!)」
小声すぎて聞き取れなかった俺が耳を寄せると、篠崎さんは肩を跳ねさせて、四条さんに助けを求めるように身を寄せた。
え? なに、その反応? 俺、怖がられてる?
篠崎さんの反応にショックを受けていると、四条さんが困ったような笑みとともに頬を掻いた。
「あー、気を悪くしないでください。すみちゃんは人見知りなだけで、勝地先輩を避けてるわけじゃないんです」
「(コクコク!)……(ボソボソ)」
「『そうなんです、すみません』って言ってます」
「そ、そうなんですか」
「はい。ちなみに、さっきは、『わたしたちは年下なので敬語じゃなくて大丈夫です』って言ってました。実際、あたしとすみちゃんは勝地先輩の一個下ですしねー」
「(コクコク)」
「えっと……じゃあ、敬語はやめるね」
「はい。そのほうがあたしたちも楽です」
「(コクコク)」
篠崎さんが何度も何度も頷く。前髪の隙間から見えた目元は><になっていた。
そ、そっか、別に怖がられているわけじゃないのか。
俺がホッと息をつくなか、渡会さんが四条さんと篠崎さんの取り皿に、いい色に焼けたハラミを載せる。
渡会さんは、食事がはじまってからずっと焼き役に専念していた。流石に任せっぱなしは申し訳ない。
「代わりましょうか?」
「いいのよぉ。お肉を焼くのはお母さんに任せてねぇ」
「お、お母さん?」
やんわりと断りながら謎ワードを口にする渡会さん。いつから渡会さんは俺のお母さんになったのだろうか?
「美月さんは一児の母で甘やかしたがりなんですよー」
「ああ。それで『お母さん』なのか……なのか?」
あれ? だからって、俺に対して自分のことを『お母さん』って言うものかな?
「深く考えなくて大丈夫です。『こういうひとなんだ』って思ってください」
俺が首を捻っていると、四条さんが「あははは……」と乾いた笑い声を漏らした。
ヴァルキュリアのひとたちって、想像と違って個性的だなあ。
四条さんと同じく苦笑しながら、俺は続けて思う。
それでも、彼女たちは紛れもなくSランク探索者なんだよね。




