表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/65

出会いとは、いつも予測できないもの。――2

 四日後の日曜日。芸能人がお(しの)びで(おとず)れると噂の高級焼き肉店。その個室に俺はいた。


 テーブルには、肉が盛り付けられた皿がズラリと並んでいる。


 見事(みごと)なサシが入ったカルビ。


 バラの花みたいに赤いハラミ。


 文庫本に匹敵(ひってき)するほどの厚みを持ったタン。


 ツヤツヤでプリップリのホルモン。


 焼く前から美味(うま)いとわかるほど上等な肉だ。


 つい二ヶ月ほど前まで貯金を(くず)しながら生活していた俺にとっては、期待を通り越して(ひる)んでしまう光景だった。


「どうした、真? 口元が引きつってるぞ?」

「い、いえ、こんな高級店に来たことがないので緊張してまして」

「そんなん気にしなくていいんだよ! ここはあたしのおごりなんだから好きなだけ食べてくれ!」


 ボックス席の向かい(がわ)に座っている女性が屈託(くったく)のない笑みを俺に向け、生ビールがつがれたジョッキを傾けて、グビグビと喉を鳴らす。


 年の(ころ)は二〇代前半くらい。


 赤茶色のショートヘア。


 ダークブラウンのつり目。


 モデルのような長身に、盛り上がった胸元。


 身につけているのは、赤いジャンパー、白いシャツ、青いジーンズ。


 どこか勝ち気な印象がする彼女の名前は焔村巴恵(ほむら ともえ)。ヴァルキュリアの大剣使いにして、リーダーを務める人物だ。


「巴恵ちゃんの言うとおりよぉ。遠慮(えんりょ)しないで食べてねぇ、真くん」


 焔村さんが「くっはーっ!」と気持ちのいい飲みっぷりを見せるなか、俺の右隣に座っている女性が、ライトブラウンの()れ目を細めながら、炭火で焼いていたカルビを俺の取り皿に()せてきた。


 ウェーブがかかったライトブラウンのセミロングヘア。


 ベージュのブラウスとカーキーのロングスカートに包まれた中背(ちゅうぜい)は、肉付きがかなりよく、焔村さん以上に胸が大きい。


 左目の下にある泣きぼくろが特徴的な、二〇代半ばほどの彼女は、ヴァルキュリアの治癒術師(ヒーラー)渡会美月(わたらい みつき)さん。


「ありがとうございます」

「いいのいいのぉ。今日はいっぱい食べていってねぇ」


 包容力を感じさせる微笑みを浮かべる渡会さんに(すす)められ、俺は(はし)でカルビをつまみ、タレにつけた。


 (あぶら)がテラテラと(にじ)んだカルビがタレをまとったその姿に、口のなかが唾液(だえき)でいっぱいになる。


「い、いただきます」


 ゴクリと(つば)をのみ、俺はカルビを口に運んだ。


 一噛みした瞬間、じゅわぁっと肉汁が(あふ)れ出す。


 脂の甘み、肉のうま味、それを引き立てるタレ。


 硬い部分は一箇所(いっかしょ)もなく、ほどよい弾力と柔らかさが共存している。


 俺はしみじみと呟いた。


「美味い……!」

「あははっ、本当に美味(おい)しそうに食べますねー」


 感動に打ち震えていると、焔村さんの右隣にいる少女がクスクスと笑みを漏らす。


 一六四センチの俺より一〇センチほど低いと思われる、カラフルなシャツとチェック(がら)のプリーツスカートを身につけた、同年代くらいの女性だ。


 金のポニーテールとぱっちりしたブラウンの(ひとみ)を持つこの少女は、ヴァルキュリアの魔法使い、四条蓮(しじょう れん)さん。


「はい! スゴくスゴくスゴく美味しいです! 生きていてよかった……!」

大袈裟(おおげさ)ですねー」


 本心からの俺の言葉に、四条さんが苦笑した。


「(ボソボソ)」


 そんななか、四条さんの右隣にいる少女がなにやら口にする。


 ここに集まったメンツのなかでもっとも低い背丈(せたけ)


 黒いミディアムヘアは前が長く、目元が隠れている。


 フード付きの黒いパーカーと、黒いミニスカートを着ているのは、ヴァルキュリアの短剣使い、篠崎澄玲(しのざき すみれ)さんだ。


「なにか言いました?」

「(ビクッ!)」


 小声すぎて聞き取れなかった俺が耳を寄せると、篠崎さんは肩を()ねさせて、四条さんに助けを求めるように身を寄せた。


 え? なに、その反応? 俺、怖がられてる?


 篠崎さんの反応にショックを受けていると、四条さんが困ったような笑みとともに頬を()いた。


「あー、気を悪くしないでください。すみちゃんは人見知りなだけで、勝地先輩を避けてるわけじゃないんです」

「(コクコク!)……(ボソボソ)」

「『そうなんです、すみません』って言ってます」

「そ、そうなんですか」

「はい。ちなみに、さっきは、『わたしたちは年下なので敬語じゃなくて大丈夫です』って言ってました。実際、あたしとすみちゃんは勝地先輩の一個下ですしねー」

「(コクコク)」

「えっと……じゃあ、敬語はやめるね」

「はい。そのほうがあたしたちも楽です」

「(コクコク)」


 篠崎さんが何度も何度も頷く。前髪の隙間(すきま)から見えた目元は><(バッテン)になっていた。


 そ、そっか、別に怖がられているわけじゃないのか。


 俺がホッと息をつくなか、渡会さんが四条さんと篠崎さんの取り皿に、いい色に焼けたハラミを載せる。


 渡会さんは、食事がはじまってからずっと焼き役に専念していた。流石(さすが)に任せっぱなしは申し訳ない。


「代わりましょうか?」

「いいのよぉ。お肉を焼くのはお母さんに任せてねぇ」

「お、お母さん?」


 やんわりと断りながら謎ワードを口にする渡会さん。いつから渡会さんは俺のお母さんになったのだろうか?


「美月さんは一児の母で甘やかしたがりなんですよー」

「ああ。それで『お母さん』なのか……なのか?」


 あれ? だからって、俺に対して自分のことを『お母さん』って言うものかな?


「深く考えなくて大丈夫です。『こういうひとなんだ』って思ってください」


 俺が首を(ひね)っていると、四条さんが「あははは……」と乾いた笑い声を()らした。


 ヴァルキュリアのひとたちって、想像と違って個性的だなあ。


 四条さんと同じく苦笑しながら、俺は続けて思う。


 それでも、彼女たちは(まぎ)れもなくSランク探索者なんだよね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ