プロローグ――1
七月になり、汗ばむようになってきた。
夏が近づくなか、俺は今日も天原さんとダンジョンに潜っている。
Sランクのダンジョンを順調に進み、俺たちはいま、最奥でロードモンスターと戦っていた。
『イイィィィィァァアアアアアア!』
二メートルほどの身長を持つ人型。貴族のような衣装をまとい、コウモリみたいな翼を生やし、右手にサーベルを持ったモンスターが、天原さんに左手を向ける。
ロードモンスター『ヴァンパイアノーブル』の左手から、闇を凝縮したような漆黒の球体が放たれた。
闇属性の魔法『ミッドナイトスフィア』だ。
「天原さん!」
「問題ありません」
迫りくる漆黒の球体に対して微塵の恐怖も見せず、天原さんが大盾を構える。
漆黒の球体が大盾に直撃して、闇色の爆発が起きた。
暗黒の煙が漂うなか、天原さんは平然としている。その体には傷ひとつついていない。
Sランクパーティーの盾役には、Sランクダンジョンのロードモンスターの魔法ですら傷をつけられないらしい。俺が心配する必要なんてなかったみたいだ。
ホッと胸を撫で下ろしていると、暗黒の煙のなかからヴァンパイアノーブルが飛び出してきた。
ヴァンパイアノーブルがサーベルを閃かせ、目にもとまらないスピードで連続突きを繰り出す。
ヴァンパイアノーブルの奇襲は、しかし、天原さんを動揺させることさえもできなかった。
ガトリング砲のごとき連続突きを、天原さんはいとも容易く防いでいく。そのたびに白い粒子が発生し、無数の針となってヴァンパイアノーブルを襲った。
あの白い粒子は、天原さんのスキル『リフレクト』の効果がもたらすものだ。
リフレクトは、攻撃を防御したとき、受けるはずだったダメージの、1/10を相手に返すスキル。防御しているだけで相手にダメージを与えられる便利な代物だ。
『イイィィィィッ!?』
飛来した白い針に貫かれ、ヴァンパイアノーブルが怯んだように仰け反る。
一瞬の隙。
それを見逃す天原さんじゃなかった。
「はあっ!」
横殴りの雨みたいな連続突きが止まった瞬間、天原さんはレイピアをヴァンパイアノーブルに放つ。
金色の閃き。
ヴァンパイアノーブルの左胸にレイピアが突き立った。
同時、レイピアから電光が迸り、ヴァンパイアノーブルの全身を駆け巡る。
『イイィィ……ッ!!』
ヴァンパイアノーブルの体が、ビクンッ! と跳ね、その動きが止まった。どうやら状態異常の『スタン』が発生したらしい。
状態異常とは、一定時間、自分にとって不都合な効果が及ぼされる状態のことで、スタンとは、五秒間、あらゆる行動がとれなくなる状態異常のことだ。
天原さんのレイピア『雷精のレイピア』は、低確率で相手をスタンにする『スタン効果(小)付加』を持っている。その効果が発生したのだろう。
これはチャンスだ!
すぐさま俺は、召喚しているクリーチャーに指示を出す。
「『スパークリングキャット』! 極大魔法を準備して!」
スパークリングキャットが『ミャオ!』と鳴き、全身から電流を発生させはじめた。
すでにスパークリングキャットには『加護シリーズ』のカードを三枚ずつ――計一八枚使用し、『溢れ出す真価』も使っている。
加護シリーズは、消費MPが少ないけれど、上昇値もわずかなステータス強化カード。
溢れ出す真価は、強化された回数だけ効果が上昇するけれど、消費MPが並外れて高いステータス強化カードだ。
どちらも使いづらくてゴミ扱いされているが、組み合わせて使用すれば劇的な効果をもたらす。
スパークリングキャットは、自分を対象に15枚以上のカードが使用されている場合に限り、自分を対象として使用するカードの消費MPを、一回のみ0にするスキル、『臨界点突破』を持っている。
俺は、この臨界点突破の条件を加護シリーズの大量使用で満たし、溢れ出す真価の消費MPを0にして発動させたのだ。
『加護シリーズ×溢れ出す真価×スパークリングキャット』の、超強力クリーチャー爆誕コンボだ。
スパークリングキャットの体から発生する電流が、そのボルテージを増していく。バチバチと迸る雷光が、ダンジョンを眩く照らしていく。
『イイィィィィッ!』
五秒が経過し、ヴァンパイアノーブルが自由を取り戻した。
けれど、もう遅い。
極大魔法の発動準備は整っているのだから。
「天原さん!」
「はい」
ツーと言えばカー。
短いやり取りながら、天原さんは俺の狙いを察したらしく、ヴァンパイアノーブルに大盾をぶち込んで体勢を崩させる。
タンッ、と軽やかに地面を蹴り、天原さんがヴァンパイアノーブルから距離をとった直後――
「いまだ、スパークリングキャット!」
『ミャアァアアアアアアアアアア!!』
スパークリングキャットが、雷属性の極大魔法『サンダーボルトテンペスト』を発動させた。
スパークリングキャットの体から迸っていた電流が、空中で無数の球体を作り、ヴァンパイアノーブルを取り囲む。
雷球のうちのひとつが、バチンッ! と大気を弾けさせた直後、雷光が解放された。
雷球ひとつひとつが雷となり、ヴァンパイアノーブルを四方八方からめった刺しにする。
ダンジョンを震撼させる雷轟。
視界を真白く染める雷光。
この世の終わりみたいな破壊がもたらされたのち、ヴァンパイアノーブルは影もかたちも残っていなかった。
決着。
戦闘終了とともにスパークリングキャットがカードに戻るなか、俺は右手を挙げる。
「やったね、天原さん!」
「はい。やりました」
同じく右手を挙げた天原さんが俺に駆け寄り、俺たちはハイタッチを交わした。
「相変わらず鉄壁の守りだね。全然危なげなかったよ」
「ありがとうございます。勝地くんも、隙を突く判断速度が絶妙でした」
俺と天原さんは互いをたたえ合う。
天原さんが続けて口を開いた。
「これで勝地くんは、通算三度目のSランクダンジョン攻略ですね」
「うん。天原さんが守ってくれるおかげだよ」
「勝地くんが見事な戦術を立ててくれるからですよ」
「じゃあ、俺たちふたりの手柄ってことで」
「そうですね」
無益な譲り合いがはじまる気配を感じて話をまとめると、天原さんがクスリと笑みを漏らした。
そんななか、ポコン、という音とともに、ヴァンパイアノーブルのいた場所に宝箱が出現する。
「ドロップアイテムですね」
「早速開けてみようか」
俺の提案に、天原さんが「はい」と頷いた。




