勇気とは、絶対に逃げないと決意すること。――9
ドラゴンエンペラーの拳が大盾に叩き込まれる。
鼓膜が破れそうな轟音。
体がバラバラになりそうな衝撃。
ギシギシと骨が軋むのがわかる。ブチブチと筋繊維が千切れるのがわかる。
問題ない。
「『ヒール』」
治癒魔法を使い、傷を癒やしてHPを回復する。
ドラゴンエンペラーが翼をはためかせ、竜巻を放ってくる。
吹き飛ばされそうな暴風。
体がねじ切れそうな風圧。
カマイタチが肌を裂く。流れ出た鮮血が舞い散る。
問題ない。
「『ヒール』」
治癒魔法を使い、傷を癒やしてHPを回復する。
嵐ごとく激しいドラゴンエンペラーの猛攻を、わたし――天原白姫は凌ぎ続ける。
恐怖はある。苦しさもある。つらさもある。
けれど、逃げない。
――だから信じてる。天原さんなら、俺を絶対に守ってくれるって。
勝地くんが、わたしを信じてくれたから。
――必ず俺が、ドラゴンエンペラーを倒してみせる。
勝地くんが、わたしに誓ってくれたから。
だから、逃げない。
どれだけ怖くても、どれだけ苦しくても、どれだけつらくても、絶対に逃げない。
たとえ手足が千切れようと、わたしは勝地くんを守り抜いてみせる。
勝地くんは、わたしの憧れのひとだから。
『GOLLLLL……!』
どれだけ攻撃されても音を上げないわたしに苛立ったのか、ドラゴンエンペラーが唸り声を上げ、大きく息を吸い込んだ。
鋭い牙が並ぶ口元から、真紅の燐光がチリチリと漏れ出ている。ドラゴンブレスを放つつもりだ。
ドラゴンエンペラーのブレスは、鋼鉄さえも一瞬で溶解させる、灼熱の奔流。まともに食らえばひとたまりもない。
それでもわたしは逃げなかった。
大盾を構え、威風堂々と仁王立ちする。
恐怖も苦痛も乗り越えて、わたしは言い放った。
「来るなら来なさい」
『GOOOOOOOOOOHHHH!!』
ドラゴンエンペラーが咆哮とともにブレスを放った。
灼炎が迫りくる。視界が赤く塗りつぶされる。
真紅の業火がわたしをのみ込んだ。
ゴウゴウと炎が荒れ狂う音が聞こえる。足元の地面がドロドロと融解していく。
ドラゴンエンペラーが満足したように口端を上げ、勝地くんに視線を向けた。
『GOLLLLL……』
「次はお前だ」と言うように、ドラゴンエンペラーが低く唸る。
「どこを見ているのですか」
ドラゴンエンペラーが目を剥いた。
聞こえるはずのない声がしたからだろう。左脚に鋭い痛みが走ったからだろう。
ドラゴンエンペラーが向き直る。
そこには、ドラゴンエンペラーの左脚にレイピアを突き立てる、わたしがいた。
ドラゴンブレスを食らいながらも、わたしの体には傷ひとつついていない。わたしが、四つ目のスキルにして切り札でもある、『守護神の加護』を発動させたからだ。
守護神の加護の発動中、MPの消費と引き替えに、わたしはあらゆるダメージを受けない状態になる。
すなわち、一時的な無敵化。いまのわたしにはどんな攻撃も通用しない。
守護神の加護がもたらす白銀のオーラに包まれながら、わたしはドラゴンエンペラーを睨み付けた。
周りのひとたちは、わたしを『クールな性格』と判断する。わたし自身、そう思う。滅多なことでは感情を露わにしないから。
けれど――
「あなたの相手はわたしです!!」
その叫びには、燃え上がる炎のような感情が込められていた。




