変化とは、常に勇気を必要とするもの。――4
翌日は土曜日で、学校は休みだった。
午前九時。俺は探索者協会文京支部を前に、深呼吸していた。
「――よし!」
改めて決意を固め、探索者協会の営業開始と同時に自動ドアをくぐる。
受付に向かうと、俺に気づいたひとりの受付嬢がぺこりとお辞儀をした。
ライトブラウンのセミロングヘアに、ブラウンの丸い瞳。
グレーのレディーススーツを着た彼女の名前は柳亜美さん。よくバスタードのメンバーに対応してくれていた受付嬢だ。
柳さんがおっとりとした笑顔をこちらに向ける。
「おはようございます。ダンジョン探索の申請ですか?」
「はい」
「承りました。ランクはどうされますか?」
「Eランクでお願いします」
ダンジョンの探索までにはいくつかの手続きが必要となる。
まずは探索者協会でダンジョン探索を申請し、目当てのダンジョンが出現しているか確認してもらう。出現していればそのままダンジョンへ。出現していなければ、探索者協会から出現の連絡があるまで待機だ。
目当てのダンジョンに行くことが決まったら、探索者協会で探索許可書を発行してもらい、ダンジョンの出入り口である『ゲート』の管理をしている、現場の職員に提示する。
こうして、はじめてダンジョンに踏み入ることができるのだ。
目当てのダンジョンを俺から聞いた柳さんは、ノート型パソコン(ネット接続はなし)を確認し、頷いた。
「Eランクダンジョンでしたら、昨夜出現したものが近くにございますが、挑戦されますか?」
「――っ」
俺は即座に「はい」と答えられなかった。すぐに挑戦できるという状況に、緊張が生じてしまったからだ。
手のひらに汗が滲む。鼓動が早まる。口のなかが乾く。
俺のステータスは、Eランクダンジョンに生息している通常モンスターのそれより少し上くらいで、ダンジョンの支配者たる『ロードモンスター』には遠く及ばない。
当然ながら、モンスターは手加減を知らない。容赦なく人間を襲ってくる。モンスターとの戦闘において、敗北は死を意味する。
負ければ終わりだ。死んで終わりだ。
落ち着け。覚悟していたことじゃないか。全部わかったうえで、挑むと決めたんじゃないか。
そう自分に言い聞かせるが、手の震えが止まらない。怖くて不安でたまらない。
そんな俺の様子に、柳さんが表情を曇らせた。
「つかぬ事を伺いますが、勝地さんはバスタードに所属していたのではありませんか?」
「そうなんですけど、いろいろあって……」
『昨日追い出されたんです』と正直に打ち明けることはためらわれて、俺は話を濁し、バスタードから離脱したことだけを明かす。
俺がバスタードを離脱したと知った柳さんは、心配そうに眉を寄せながらも「……そうですか」とだけ口にした。
探索者協会には、探索者に対して中立であるため、特定のパーティーや探索者に肩入れしない決まりがある。柳さんが俺の事情を深掘りしないのは、できないのは、そのためだろう。
それでも柳さんは、もう一度口を開いた。
「あの……もし困っているようなら、相談くらいには乗れると思いますので」
バスタードに所属していた頃はあまり話さなかったから気づけなかったけれど、柳さんは優しいひとらしい。
柳さんの気遣いで緊張が少しだけほぐれ、俺は「ありがとうございます」と微笑した。
「失礼な話になりますが、勝地さんのステータスではダンジョンのソロ攻略は難しいと思われます。ダンジョンに挑まれる前に、新しいパーティーを探してみてはいかがでしょうか?」
柳さんの言い分はもっともだ。だが、その提案はのみづらい。
「俺のステータスでは、加入させてくれるパーティーはまず見つからないと思います。探しているあいだに生活が立ちゆかなくなってしまうかもしれないので、今回はソロで頑張ってみようと思います」
それに、加入できたとしても、バスタードのときと同じく雑な扱いを受けて、最終的に追い出されてしまうかもしれない。
追放されるのは、役立たず扱いされるのは、あんな惨めな思いをするのは、もうこりごりなんだ。
そうだ。そうじゃないか。
ここで一歩踏み出さないと、いままでと同じくこき使われ、捨てられる人生が待っているんだぞ? それでいいのか?
いいわけないだろ! ためらってなんかいられないだろ!
俺は奥歯を噛みしめる。萎えそうな心に火を灯す。
現状維持じゃなにも変わらない。勇気を出して挑戦しないと、道は開けないんだ。
恐怖を殺せ! 不安を捨てろ! 勇気を振り絞れ!
これは、俺の人生を変えるための挑戦なんだ!
ギュッと拳を握りしめ、震えを止める。
キッと眉を上げ、俺は柳さんにお願いした。
「ダンジョンに挑戦します。探索許可書を発行してください」