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仲間とは、尊敬の上に築かれる関係のこと。――13

「ああ?」


 五十嵐くんが苛立(いらだ)たしげに(くちびる)をひん曲げる。


「俺は天原さんの弱みなんて握っていない。俺と天原さんはパートナーだからね」


 それに、


「たとえ弱みを握っていたとしても、きみたちみたいなやつには絶対に教えない」

「……調子乗ってんじゃねぇぞ」


 五十嵐くんの声が低くなった。


 五十嵐くんが俺の胸ぐらをつかみ、乱暴(らんぼう)に引き寄せる。五十嵐くんの目は、怒りと憎しみと嫉妬で濁っていた。


「お前ごときが俺たちに(さか)らうんじゃねぇよ。雑魚は雑魚らしくゴマすってりゃいいんだよ。もう一度だけチャンスをやる。俺たちに天原の弱みを教えろ」


 こめかみに青筋(あおすじ)をうかべ、五十嵐くんが俺を(おど)してくる。怒りが沸点寸前(ふってんすんぜん)なのだろう。いまにも殴りかかってきそうだ。


 俺のステータスでは、逆立(さかだ)ちしても五十嵐くんたちに敵わない。彼らが本気で俺を襲ってきたら、大怪我(おおけが)(まぬが)れない。


 それでも折れるつもりはなかった。


 俺は天原さんのパートナーだから。天原さんを裏切るような真似(まね)は死んでもしたくないから。


 だから俺は、恐怖を乗り越えて決然(けつぜん)と答える。


「何度でも言うよ。きみたちみたいなやつには絶対に教えない」

「――っ! てめぇ!」


 五十嵐くんが(こぶし)を振りかぶった。


 やがて来るだろう痛みを覚悟して、俺は歯を食いしばる。




「その手を放してください」




 そのとき、氷のように冷たくて、(やいば)のように鋭い声がした。


 五十嵐くんが、振るおうとしていた拳を止める。その目からは、焦りと(おび)えが見てとれた。


 ポカンとしながら、俺は彼女の名前を呼ぶ。


「天原さん?」


 俺のパートナーである天原さんが、雪原(せつげん)のように冷え冷えとした空気をまとい、立っていた。


「どうしてここに?」

「帰ろうとしたところ、校庭が騒然(そうぜん)としていたのです。近くにいた(かた)(うかが)ったところ、勝地くんが五十嵐くんたちに連れていかれたと教えてくださいましたので」


 呆然(ぼうぜん)と尋ねる俺に答え、拳を振りかぶった体勢で固まっている五十嵐くんに、天原さんが()てつくような眼差(まなざ)しを向ける。


「その手を放してくださいと(もう)しましたが」

「あ、ああ」


 頬をひくつかせて、五十嵐くんが俺の胸元から手を放した。息苦しさから解放されて、俺はケホケホとむせる。


 バスタードのメンバーたちが緊張に身を強張(こわば)らせるなか、コツコツとローファーを鳴らし、天原さんが近づいてきた。


「さて。なにがあったか説明してくれますね?」


 尋ねる天原さんは、突き刺すような凄みを放っていた。骨の(ずい)まで()てつかせるような、絶対零度(ぜったいれいど)威圧感(いあつかん)


「い、いや、僕たちは天原さんのためを思って行動しただけだよ」


 押しつぶされそうなプレッシャーに青ざめながらも、赤井くんが釈明(しゃくめい)した。


「天原さんは、勝地くんに弱みを握られているんだろう? だから僕たちは、きみを救うために――」

侮辱(ぶじょく)はやめてください」

「ひっ! ち、違……! 天原さんを侮辱するつもりなんて……!」

「なにを勘違いしているのですか?」


 冷や汗まみれになりながら釈明を続ける赤井くんを、天原さんの視線が(つらぬ)く。


 死神に追い()められているかのように、赤井くんの息は()()えになっていた。


「わたしは、勝地くんへの侮辱をやめるように言っているのです」


 それまで冷ややかだった天原さんの声音に、青い炎のような熱が宿る。


「勝地くんがわたしの弱みを握っている? あなたたちはなにを言っているのですか? 勝地くんは、そのような(みにく)いひとではありません」


 絶対零度の威圧感は、いまや灼熱(しゃくねつ)の憤怒へと変わっていた。


 静かで、()いでいて、しかし、ジリジリと肌を(あぶ)り、大気すら焦がしそうなほどの、激情(げきじょう)


 誰もが天原さんを恐れ、声を出せずにいる。


 そんななか、天原さんに(おび)えるなか、それでも五十嵐くんが反発した。恐怖に抗うような、叫ぶような口調で。


「け、けどよ! 勝地はお前に相応(ふさわ)しくねぇだろ、天原! Sランク探索者に、こんな雑魚が――」


 五十嵐くんの言葉はそこで止まった。いや、止められた。


 五十嵐くんは一言も発せない。


 それもそうだろう。


 目の前に、レイピアの切っ先を突きつけられているのだから。


 天原さんが、目にもとまらぬスピードで、ストレージからレイピアを出現させたのだ。


 なにが起きたのかわからないように目を剥いていた五十嵐くんが、カチカチと歯を鳴らしはじめる。自分の命が天原さんに握られている現状に、理解が追いついたのだろう。


「それ以上、口を開かないでください」


 白い指がさらに白くなるほどの力でレイピアの(つか)を握りしめた天原さんが、極寒と灼熱を(ともな)う眼差しで五十嵐くんを射貫(いぬ)く。


「怒りのあまり、刺し殺してしまいそうですから」


 無力な子どものように、五十嵐くんはガタガタと震えることしかできない。ほかの三人も、獅子(しし)に牙を剥かれているかのごとく顔を蒼白(そうはく)にしている。


「勝地くんは、誰かとダンジョン探索するのを楽しいと感じたことがなかったそうです。嫌なことがあったからだと言っていました。――勝地くんに心の傷を()わせたのは、あなたたちですね?」

「ひ……ぃ……」


 天原さんが、レイピアの切っ先を五十嵐くんの喉元に触れさせた。五十嵐くんの息遣(いきづか)いは過呼吸(かこきゅう)のようになっていた。


「今後、二度と勝地くんに近づかないでください。よろしいですね?」


 五十嵐くんが命乞(いのちご)いするような目で頷く。


 天原さんがレイピアを下ろすと、バスタードのメンバーたちは、いまにも倒れそうな足取りで逃げていった。

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