人情とは、苦悩を知る者が持ち得るもの。――12
「勝地くんの活躍は柳さんから伺っていました。そのときから興味深いと思っていたのです」
「興味深い?」
天原さんが、もう一度頭を縦に振る。
「ステータスは絶対的なものです。ステータスが高いほど戦闘力が高く、低いほど戦闘力が低い。これは決して変わらない真理です――いえ、真理でした」
天原さんが俺を見つめる。
青く澄んだ瞳が、混じりけなく俺を映していた。
「失礼ですが、たしかに勝地くんのステータスは最弱クラスです。それでも勝地くんは真理を打ち砕いた。わたしはそのようなひとを知りません。だからこそ興味深かったのです」
俺から片時も目を逸らすことなく、天原さんは続ける。
「実際に、勝地くんはわたしたちを助けてくださいました。勝地くんには、ステータスを凌駕するなにかがあるように思えるのです」
すべてを見透かすような眼差しに、俺はドキリとした。
人付き合いをあまりしない天原さんが俺のことを知っていたのは、柳さんから話を聞いていたかららしい。俺に興味を持っていたかららしい。
俺のステータスが最弱クラスだと知ったうえで、ここまで興味を持ってくれたひとははじめてだ。
嬉しいような照れくさいような妙な気分になり、俺はポリポリと頬を掻いた。
「助けてもらってばかりで本当に申し訳ありません。ですが、頼れるひとは勝地くんしかいないのです」
天原さんが祈るように両手を組む。
「報酬はすべて勝地くんにお渡しします。霊薬樹の琥珀さえいただければ構いません。ですので、お力添えいただけないでしょうか?」
天原さんが深々と腰を折った。
依頼を達成できないと、霊薬樹の琥珀のストックが切れる。そうなれば、ヴァルキュリアに依頼している医療法人は、急患に対応できなくなってしまう。
それはダメだ。治るはずの病気が治らないなんて、助かるはずの命が助からないなんて、絶対にあってはならない。
だから、俺は決めた。
「わかった。手伝うよ」
天原さんがバッと頭を上げる。
天原さんは目を丸くして、目尻に涙をたたえ、花咲くように笑った。
「ありがとうございます。勝地くんはヴァルキュリアの救世主です」
ほとんど表情を変えることのない天原さんの笑顔。クールさとは裏腹に可憐な笑顔に、俺の頬が熱を帯びる。
どことなく照れくさくて、天原さんの笑みを直視できなくて、「お、大袈裟だよ」と俺は顔を逸らした。
頬の熱が引くのを待ってから、「ただ」と俺は付け加える。
「いくつか条件をつけさせてもらっていいかな?」
「構いません。わたしにできることならなんでもいたします」
「女の子がなんでもするなんて言ったらダメだよ!?」
「どうしてですか?」
「え? いや、それは……その……」
言葉に詰まる俺に、天原さんがキョトンとした。
いいい言えないよ! 『エッチなことを要求してくる男がいるかもしれないから』なんて!
視線を泳がせつつ、「うー」とか「あー」とか意味のない声を漏らし、頭をガリガリと掻いてから、俺はゴホンと咳払いした。
「と、とにかく、そういうことは軽々しく口にしちゃダメなんだ。それはともかくとして、条件の話に戻るけど、いい?」
「構いません」
わざとらしい話題転換だったが天原さんは気に留めなかった。『なんでもすると言ってはいけない理由』より、『俺が提示する条件』のほうが気になっていたらしい。
うまく誤魔化せたことに密かに胸を撫で下ろし、俺は条件を提示する。
「まず、報酬は一〇:〇じゃなくて半分こ」
「ですが……」
「ここは譲らないよ。俺の望みはヴァルキュリアの再建だからね」
「……わかりました」
渋々といった様子で天原さんが頷いた。
俺に助けてもらったことをここまで気にかけるなんて、本当に律儀なひとだなあ。
ひとつ苦笑して、俺は続ける。
「それから、俺がどんな戦い方をするか、どんな手を使うかは秘密にしてほしい」
「承知しました。決して他言しません」
「最後に、ダンジョンで手に入ったカードは俺に譲ってほしいんだ。それ以外のアイテムは全部あげるから」
天原さんが目をパチクリとさせた。
「……カード?」
コテン、と小首を傾げる天原さん。
俺は思わず笑みを漏らす。
こういう可愛らしい仕草もするんだなあ。今日一日で、だいぶ天原さんの印象が変わったよ。




