人情とは、苦悩を知る者が持ち得るもの。――11
屋上に来た俺は、ドアから誰もいないのを確認して、天原さんを手招きした。
天原さんはキョトンしている。なぜ俺が警戒しているのか、なぜ教室から移動したのか、いまだにわかっていないようだ。
天原さんって微妙にズレてるんだなあ。
高嶺の花の意外な一面を垣間見つつ、俺は屋上に出て天原さんと向き合った。
実を言うと、俺からも天原さんに聞きたいことがある。
俺は口を開いた。
「ヴァルキュリアのひとたちは大丈夫?」
「はい。みなさん、目を覚まされましたし、容態も安定しています。障害なども残らないとのことです」
「そっか。よかった、ずっと気になってたんだ」
一命を取り留めたとは聞いていたが、障害が残れば、探索者として復帰することはできない。それがずっと気にかかっていた。
けど、心配はないみたいだ。ようやく胸のつかえがとれたよ。
俺は安堵の笑みを浮かべる。しかし、俺とは対照的に、天原さんの表情は曇っていた。
「ただ、しばらくのあいだ、ヴァルキュリアは活動できません。そのせいで問題が起きてしまったのです」
「問題?」
「ええ。わたしたちはいくつかの依頼を受けていたのですが、そのなかにどうしても達成しなくてはならないものがあるのです」
探索者協会が定めた制度のひとつに、『依頼制度』がある。探索者協会を仲介して、特定、または不特定の探索者・パーティーに、ダンジョンでのアイテム入手・モンスターの討伐などを頼める制度だ。
当然、依頼料が必要となるが、自分ではできないことをこなしてもらえるため、利用者は結構いる。
Sランクパーティーのヴァルキュリアとなれば、依頼される量は相当なものだろう。
「もしかして、三日前にCランクダンジョンを探索していたのも、依頼と関係しているの?」
「はい。あの日は、通信石版の採取を依頼されていました」
「それで、報酬が出ないにもかかわらずCランクダンジョンにいたのか」
「ふむふむ」と、俺は頭を縦に揺らした。
高ランク探索者が低ランクダンジョンの攻略を独占しないよう、自分のランクより三つ下以降のダンジョンでは、攻略報酬が払われない決まりになっている。
なぜヴァルキュリアがCランクダンジョンにいたのか気になっていたけれど、どうやら通信石版を手に入れるためだったらしい。あの日のCランクダンジョンは鉱山系――通信石版が採れるダンジョンだったしね。
「ドラゴンエンペラーに襲われる前に、充分な数の通信石版を入手できたので、そちらの依頼はこなせました。残りのほとんども期限に余裕があります。ただ、期限が迫っている依頼がひとつあるのです」
「どんな依頼?」
「『霊薬樹の琥珀』の納品です」
俺の質問に天原さんが答える。
天原さんは思い悩むように眉を下げていた。
「とある大手医療法人からの依頼です。霊薬樹の琥珀のストックが切れかかっているらしく、このままでは急患に対応できなくなってしまうそうです」
「それは急がないといけないね」
俺は渋い顔をする。
なるほど。天原さんが焦っている理由がようやくわかった。
霊薬樹の琥珀は、浸した水を回復薬に変えるアイテムだ。回復薬は病気にも効くため、医療関係者からの需要が絶えない。
ただし、霊薬樹の琥珀ひとつから無限に回復薬を作れるわけではない。霊薬樹の琥珀は消耗するアイテムなので、定期的に補充しなくてはならないのだ。
霊薬樹の琥珀のストックが切れれば、助かる命が助からなくなる可能性がある。だから天原さんは焦っているのだ。
「知り合いのパーティーに協力をお願いしたのですが、どこも依頼で忙しいらしく、無理とのことでして……」
「なるほど」
俺は悟った。
「天原さんは、依頼の達成を俺に手伝ってほしいんだね」
「その通りです」
天原さんが頷く。
天原さんの『お話』とは、俺への協力要請だったのだ。
『わたしたちの今後にかかわる重要なお話』ってそういう意味だったのか。納得したけれど、紛らわしい表現はやめてほしかったなあ。
乾いた笑いを漏らしつつ、俺はひとつ、天原さんに確認する。
「話はわかったけど、俺のステータスは最弱クラスだよ? それでもいいの?」
「はい」
天原さんは即答した。




