人情とは、苦悩を知る者が持ち得るもの。――4
一週間後。
柳さんの推薦が受理され、晴れて俺はDランク探索者に昇格した。
探索者協会で昇格の報告を受けた俺は、さらなるランクアップと新しいカードを求め、その日のうちにCランクダンジョンへの挑戦を申請した。
都合よく目当てのダンジョンが出現中だったので、俺はゲートへと向かった。
ゲートがあったのは千代田区の公園。
俺は柳さんに発行してもらった探索許可書を現場の職員に提示して、ダンジョンへと踏み入った。
ゲートの先にあったダンジョンは、岩で構成された洞穴だった。洞窟系ダンジョンと似た造りだ。
ただし今回のダンジョンでは、キラキラ輝く鉱物が通路にちらほらと見えている。洞窟系ダンジョンとは異なる特徴だ。
「今回は鉱山系みたいだな」
鉱山系ダンジョンでは、その名の通り鉱物系のアイテムが採取でき、そのなかには『通信石版』もある。
通信石版はネット環境が失われた現代における主要な通信手段であり、需要が高い。
そのため、通信石版が手に入る鉱山系ダンジョンは、探索者のあいだでは『当たりダンジョン』と呼ばれていた。
ダンジョンの種類を確認した俺は、「よし!」と気合を入れ、奥へと歩き出した。
五感を研ぎ澄ませ、物音を立てないように注意しながら、慎重に通路を進んでいく。
「ひとつの油断が命取りだしね」
Dランク探索者に認定されたとはいえ、俺のステータスが変わったわけじゃない。相変わらず最弱レベルのままだ。
当然ながら、Cランクダンジョンに生息するモンスターは、俺がいままで挑戦してきたダンジョンにいたモンスターより強力だ。カードがなければまともな戦闘にすらならず、こちらが一方的に蹂躙されてしまうだろう。
だからこそ、いままで以上の警戒が必要となる。
一時も油断ができない状況。俺の額に汗が浮かぶ。
シャツの袖で額の汗を拭った――そのとき。
ジャリ……
かすかな足音が背後から聞こえ、俺はバッと振り返る。
『ガアァアアアアアアッ!』
同時、体長二メートルほどの獣が飛びかかってきた。
獣が、ナイフのように鋭い爪を振るってくる。
「くっ!」
咄嗟に地面に倒れ込み、俺は獣の爪を回避した。
俺が身につけているローブに爪をかすらせて、獣が通り過ぎていく。
地面に転がりながら、俺は獣の名を叫んだ。
「『ワーウルフ』!」
灰色の体毛に覆われた人狼『ワーウルフ』。攻撃力と俊敏性に優れた、軽戦士系のステータスを持つモンスターだ。
一歩間違えれば死んでいただろう状況に、俺の心臓がバクバクと暴れる。
落ち着け! 立て直せ! ボーッとしていたらやられる! すぐに対処しろ!
自分に言い聞かせながら、ふっ! と力強く息を吐いて動揺を鎮める。
ワーウルフはターンして、再び俺に襲いかかろうとしていた。
俺は素早くストレージを開き、一気に一三枚のカードを実体化させる。
飛びかかるためにワーウルフが姿勢を低くするなか、俺は五枚のカードを用いた。
「魔力ブースト、発動! リッチの秘宝、生成!」
10のMPを消費して50のMPを得る魔力ブーストを四枚。クリーチャーを生け贄に捧げることでMPを得るアイテム、リッチの秘宝を一枚。
俺の体が青白い光に包まれ、暗紫色の宝球が生成される。
ワーウルフが両膝をたわめ、エネルギーを蓄えて――
『ガアァアアアアアアッ!』
俺目がけて突撃してきた。
急いで俺は、八枚のカードを使用する。
「マナウィスプ、召喚! 分裂アメーバ、召喚!」
ワーウルフに立ちはだかるように、四体の火の玉と、四体のゲル状生命体が現れた。
『ガアァアアッ!』
「邪魔だ!」と言うように、ワーウルフがマナウィスプの一体に爪を振るう。
その瞬間――
「発動しろ、リッチの秘宝!」
俺はリッチの秘宝の効果でマナウィスプを生け贄に捧げた。
ワーウルフの爪がスカッと空振りして、俺のMPが10回復する。リッチの秘宝+マナウィスプのスキル『魔力解放』の効果だ。
攻撃を回避されたワーウルフは、苛立たしげな目を二体目のマナウィスプに向けた。
俺は胸を撫で下ろす。
ターゲットを俺からクリーチャーたちに移したみたいだ。ひとまず窮地は脱したかな。
危ないところだったが、これで一方的に蹂躙されることはない。
あとはミスしないよう注意しながら、クリーチャーを生け贄に捧げ、怨恨破の準備をしていこう。




