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人情とは、苦悩を知る者が持ち得るもの。――3

「お、おにぃ、これ、どうしたの?」

「なにかのお祝い?」


 帰宅後、ダイニングテーブルの上にある、俺が持ってきたあるものを見て、優衣と母さんが目を丸くしている。


 有名寿司(すし)店からテイクアウトしてきた海鮮丼だ。


 (はと)豆鉄砲(まめでっぽう)を食ったような顔をしている優衣と母さんの様子に笑みを()らしつつ、俺は説明する。


「今日、Dランクダンジョンの攻略に成功して、結構な報酬をもらったんだ。こういうときくらい贅沢(ぜいたく)するのもいいんじゃないかと思ってさ」

「やったぁ――――っ!」


 優衣が勢いよく抱きついてきて、「わっ!?」と俺はうろたえた。


 抱きついてきた優衣は、甘える猫のように俺の胸元に頬ずりしてくる。


「おにぃ、大好き! 愛してる!」

「ははっ。海鮮丼が食べられるから好きなんて、現金なやつだなあ、優衣は」

「むぅ、おにぃはあたしの愛を疑うの? 海鮮丼を買ってきてくれなくたって、あたしはおにぃが大好きだよ?」

「いや、愛て」


 頬をむくれさせる優衣に俺はツッコんだ。


 たしかに優衣はお兄ちゃんっ子だけど、愛してるなんてのは流石(さすが)にないだろう……ないよね?


 いまだに頬を膨らませている優衣を見下ろしながら、ちょっとだけ不安になっていると――


「無理はしてないのよね、真?」


 顔を(くも)らせた母さんが尋ねてきた。


「以前、とても悩んでいたときがあったでしょう? わたしは心配なの。ダンジョン攻略で真が苦しんでいないかって」


 バスタードから追放された日のことを言っているのだろう。あのとき俺は、悩んでいるのがバレないように振る舞ったけど、母さんには見抜かれていたようだ。


 母さんは眉を寝かせ、唇を引き結び、ひどく申し訳なさそうにうつむいた。


「真と優衣には負担(ふたん)ばかりかけてるわね。お父さんを奪ってしまったし、家事も仕事もできないし……本当、ダメな母親だわ」

「そんなことないよ」


 俺は即座に否定した。


「母さんは、俺と優衣を一生懸命(いっしょうけんめい)育ててくれたじゃないか。虚弱体質(きょじゃくたいしつ)になってしまったのも頑張りすぎたからだ。ダメなんてことは絶対にないよ」


 俺に同意するように、優衣もコクコクと頷く。


 母さんが俺たちの父親と離婚したのは、俺が九歳のときだった。原因は父親の暴力だ。


 それから母さんは、女手ひとつで俺と優衣を育ててくれた。一生懸命仕事して、かつ、家族サービスも忘れず、自分の時間すらもすべて俺たちに費やしてくれた。目一杯(めいっぱい)愛してくれた。


 だが、無茶をしすぎた結果、五年前に母さんは過労で倒れてしまった。虚弱体質になったのはその(ころ)からだ。


 病室のベッドに横たわる母さんと、わんわん泣きじゃくる優衣を目にして、俺は後悔した。母さんの苦労に気づけず、甘えてばかりだったことを猛反省した。


 だから決めたのだ。これからは俺が母さんと優衣を支えていこう。愛してくれた分、精一杯(せいいっぱい)恩返ししようと。


「母さんが苦労してくれたおかげで、いまの俺と優衣がいるんだ。それに、父親(あいつ)についても奪われたなんて思ってないよ。母さんは、父親(あいつ)の暴力が俺たちに向かわないように離婚してくれたんでしょ? わかってるよ」

「けど――」

「けどもなにもないんだよ、お母さん! おにぃの言うとおり、あたしたちはいままでのお返しをしてるだけなんだから!」

「優衣……」

「母さんは充分(じゅうぶん)頑張ってくれた。俺と優衣を愛してくれた。今度は俺たちの番だ」


 そう。あの日の(ちか)いを忘れたことはない。


 俺が、母さんと優衣を支えていくんだ。(やしな)っていくんだ。


「母さんにも優衣にも、もうひもじい思いはさせない。俺だけの武器を手に入れたから、ダンジョン攻略のほうも大丈夫。無理なんてしてないよ」

「真……っ」


 母さんの瞳が(うる)み、涙が頬を伝った。


 母さんが口元を(おお)い、嗚咽(おえつ)を漏らす。


「ごめんね……ごめんね、真、優衣。苦労をかけるわね」

「謝らなくてもいいんだって。俺が聞きたいのは『ごめん』じゃないよ」


 俺が柔らかく微笑むと、「そうね。きっとそうだわ」と母さんが頷く。


「『ごめん』じゃないわよね。わたしが言うべきなのは、きっと()()よね」


 ボロボロと涙をこぼしながら、眉を『八』の字にしながら、それでも母さんは笑い返してくれた。


「ありがとう、真、優衣。あなたたちがいてくれて、母さんは世界一の幸せ者よ」


 俺の目頭(めがしら)が熱くなる。


 優衣はもらい泣きしたようで、グスグスと鼻を鳴らしていた。


 大丈夫。俺は誓いを果たすよ。俺が母さんと優衣を支えていくよ。


 だからさ? 母さんも優衣も、なにも心配することないんだ。





 その日の食卓(しょくたく)は、笑顔が絶えることがなかった。


 俺も優衣も母さんも、みんな幸せそうな顔をしていた。

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