プロローグ
ギラリと輝く刃が、筋骨隆々とした巨体の、赤い肌を斬り裂いた。
『ガアァアアアアァァアアアァァアァァアアアアアア……ッ!!』
Cランクダンジョンのロードモンスター『クリムゾンオーガ』が絶叫する。
いまの一撃が致命傷になったのか、クリムゾンオーガの体がぐらりと揺れ、仰向けに倒れていった。
ズシン、と地響き。
倒れ伏したクリムゾンオーガは、ドロリと泥のように溶け、地面に吸い込まれるように消滅していった。
辺りが、シン、と静まり返る。
その三秒後、闘技場に似た広間が歓声で満たされた。
「――っし!!」
歓声が響くなか、クリムゾンオーガにトドメを刺した、ブラウンの髪を持つ長身中肉の剣士――五十嵐研一くんが片手でガッツポーズをとった。
大活躍した五十嵐くんのもとに、三人の仲間が駆け寄る。
「ナイスよ、研一。あたしが作った隙をちゃんと見てたじゃない」
赤いメッシュが入った、黒のミディアムヘア。自信に溢れたような顔つきをした盾役――宝条莉花さんが、腕組みしながら五十嵐くんを賞賛する。
「思ったより時間がかかったね。なかなかしぶとい敵だったよ」
金に染めたミディアムストレート。整った顔立ちをした長身細身の魔法使い――赤井涼くんが、ふぅ、と息をつく。
「まあ、倒せたんだしオールオッケーっしょ!」
ピンクに染めたショートヘア。両耳にピアスをじゃらじゃらとつけた、中肉中背の治癒術士――萩野綺蘭さんがニカッと笑う。
桐山高校の同級生で構成されたCランクパーティー『バスタード』の面々が盛り上がるなか、俺――勝地真だけはその輪に加われず、広間の端から遠巻きに眺めていた。
「あ! あれってドロップアイテムじゃね?」
萩野さんが、つけ爪をした指で広間の中央を示す。
クリムゾンオーガが倒れていた場所には、いつの間にか宝箱が現れていた。
バスタードのメンバーが宝箱を囲み、リーダーの五十嵐くんが蓋を開ける。
宝箱から出てきたのは、角のような突起が二本ついた、赤い兜だ。
「『赤鬼の紅兜』だってよ」
「防御力に加えて攻撃力も上昇……いい装備品じゃない」
「苦労した甲斐があったね」
「ほんそれ! これでハズレアイテムだったら萎えてたし!」
ドロップアイテムの性能を確認して、四人が沸き立つ。
ひとしきり喜びを分かち合ってから、赤鬼の紅兜を手にした五十嵐くんが、俺のほうを見やった。
「おい、いつまでそんなとこに突っ立ってんだ、勝地。荷物持ちはお前の仕事だろ。とっとと来い」
さっきまでの笑顔はどこへやら。五十嵐くんの顔には明らかな蔑みの色が浮かんでいた。決して仲間に見せるような表情じゃない。
「そうよ、勝地。ちゃんと役に立ちなさい」
「勝地くんにはそれくらいしかできることがないしね」
「あんたを守るのは楽じゃないんよー。その分、きっちり働いてもらわんと割に合わないっちゅー話」
ほかの三人も同様に、ぞんざいな言葉を俺に投げる。
俺は奥歯を噛みしめた。
悔しい。
悔しくてたまらない。
それでも言い返せない。
俺はクリムゾンオーガとの戦闘に加わっていないのだから。
五十嵐くんたちに守ってもらわないと、まともにダンジョン探索することもできないのだから。
だから言い返せない。
言い返せない自分が情けなくて仕方ない。
「……わかった」
拳を握りしめて悔しさを押し殺し、俺は駆け足で四人のもとに向かう。
「ほれ」
五十嵐くんが、押しつけるように赤鬼の紅兜を渡してきた。
ズシリと重い兜を左手で受け取り、収納術である『ストレージ』を用いるため、右手で『ウィンドウ』を出現させる。
宙に浮かび上がる長方形のディスプレイ。
『ストレージ』の文字列をタップしようとしていた俺は、自分の『ステータス』を目にして指を止めた。
・勝治真
【ステータス】
HP:65/65
MP:100/100
攻撃力:6
防御力:10
魔法力:22
魔法耐性:18
敏捷性:10
精密性:14
【スキル】
氷魔法:氷属性の魔法を扱える。
【装備品】
樫の杖 魔法力+8
魔法使いのローブ 防御力+1 魔法耐性+5
革のブーツ 防御力+1
思わず溜息が漏れた。目も当てられないほどの低スペックだ。
何度見ても、散々なステータスだよね。
すべての能力値が底辺レベル。攻撃性能・防御性能ともに貧弱。速力も命中率も下の下。魔法使い系のステータスなのに、長所であるはずのMP・魔法力・魔法耐性でさえ、並の戦士系に遠く及ばない。
ダンジョン攻略を生業とする『探索者』の平均を大きく下回るステータス。はっきり言って最弱クラス。
これでは、最低ランクのダンジョン――Eランクダンジョンの攻略も不可能だろう。
俺が暗い顔をするなか、赤鬼の紅兜を渡し終えた五十嵐くんが、サッパリした表情で背伸びをした。
「おーし、じゃあ帰るか」
「ダンジョン内のモンスターは全部倒したから、帰りは楽ができるわね」
「そうだね。みんな、お疲れ様」
「つーかさー、打ち上げどうする? いつものカラオケ?」
赤鬼の紅兜をストレージに収納する俺には目もくれず、五十嵐くんたちが談笑をはじめた。
もはや俺には興味ないとばかりに。
俺をいないものとして扱うように。
実際、五十嵐くんたちにとって、俺は取るに足らない存在なのだろう。いてもいなくても同じなのだろう。
五十嵐くんたちの背中を眺めながら、俺は自分の無力を嘆くことしかできなかった。
この世界にダンジョンが出現してから三年が経った。
RPGに出てくるそれとそっくりな異空間には、これまたゲームと同じように、モンスターが生息していた。
放っておくとモンスターが現実世界側に侵攻してくるため、ダンジョン攻略は人類最大のミッションとなった。
幸いなことに、一五歳を過ぎたひとたちには、モンスターの脅威に対抗する能力――『ステータス』と『スキル』が発現するようになっていた。
こうして、ダンジョンの攻略を行う職業『探索者』が生まれたのだ。
俺もそんな探索者のひとり。ランクは最低のEランク。そしておそらく、俺のランクが上がることはないだろう。
ステータスを伸ばす方法は、ダンジョンで入手できる装備品を用いる以外にないのだから。
俺には、ダンジョン探索で装備品を手に入れるだけの力がないのだから。
俺には、装備品を購入するほどの資金さえないのだから。
ああ……なんて理不尽な話だろう。
俺は一生、最弱ステータスのまま過ごさなければならないのだ。
俺は一生、役立たずとして過ごさなければならないのだ。