落ちこぼれ悪女、リナ
このお話もR15かなと思いました。
苦手なかたはお気をつけください。
夕方。
リナ・フワリー子爵令嬢は、一人でお祭りを見に行っていた。
お祭りで浮かないように、なるべく平民っぽく質素な無地のワンピースを選び、クリーム色のフワフワした髪は結い上げずに左右をピンで止めるだけにしている。
まだ明るい海岸線に設置されている松明には、もう明かりが灯されていた。
海からの風に揺れる炎の下、屋台がズラリと並んでいる。
串焼きにした魚に、自家製クリームソースをかけて販売する店。魔法で景品を落とすゲームの店。占い。さまざまなフルーツを串に刺して販売する店。いろんなお店が並んでいて、見ていて楽しかった。
賑やかなお祭り騒ぎの中、女の子に意地悪をする男の子がいた。
リナは軽くため息をつくと、すぐに止めに入った。
「こ〜ら!
イタズラなんかしてると、女神様に妖精に変えられちゃうんだからね?」
「えぇ〜。
そんなの、こどもだましの迷信じゃん」
ふてぶてしく口答えする男の子。
リナは少し目を見開いて「まぁ!」と驚いた表情をし、続けた。
「昔話をするとき、よく“イタズラ好きの妖精さんが……”って言うでしょ?
あれは、妖精だからイタズラ好きなんじゃなくて、イタズラ好き妖精にされたのよ」
それを聞いて、男の子の顔色が青くなった。
「え……そうなの?」
「今日のお祭りは、その女神様をたたえるためのお祭りなのよ?
今からそのお話のお芝居を広場でやるから、詳しいことを知るために皆で見に行きましょう?」
そう言って、リナはこども達と手を繋いだ。イタズラした子も、イタズラされた子も一緒に、皆で海辺の広場に向かった。
『リナは、こういう時だけ積極的だなぁ』
リナの頭の上をヒラヒラと舞う、小さな妖精が語りかけてきた。
「どうせ、“こういう時だけ”ですよ〜だ!」
「おねぇちゃん何をいってるの?」
「な、何でもないわよ?
ちょっと、ひとり言。
えっと、広場は確かこっちだったよなぁ〜って」
「……ふ〜ん」
妖精は普通の人には見えない。
フワリー家に生まれた女性は、何故か代々妖精を見ることが出来る特殊能力を持っていた。
『〔悪女〕のグループにまで入ったのに、マトモに会話出来るのはこどもだけ。
しかも〔悪女〕のグループは解散』
妖精がリナの痛いところをついてきた。
そう。リナは引っ込み思案で、人に話しかけるのが苦手だった。特に男性が。
(どうせ私は〔落ちこぼれ悪女〕よ!)
今年、結婚適齢期をむかえたリナのもとに、父がお見合いの話をいくつか持ってきた。だが、リナにはどの男性も怖くて会う気になれなかった。
そこで、自分で優しそうな男性を探そうと、こっそり社交パーティーに参加するようになった。が、極度の緊張で男性に声を掛けられない。優しそうだと思った人には、令嬢が群がっている。
そんな時、声をかけてくれたのが〔悪女〕と噂されるグリープのリーダーであるバネッサだった。
グループに入ってからは、楽だった。
皆で動くから、同じチームの令嬢がサポートしてくれる。時々、失敗するけれど、リナでも男性と話すことができた。
何故そのグループが「悪女」と呼ばれるのか不思議なぐらい、いい人達だった。皆で同じ目標を持って行動するのが楽しかった。
優しい人達だったので、いつか自分も立派な悪女になろうと思ったほどだ。
グループの何人かは結婚まで辿り着いた。
でも、このままでは自分は結婚は無理だろうと薄々感じでいた。
だから、グループの解散も“仕方のない事”と、リナは受け入れることができた。
(たぶん。
違う方法で結婚相手を探しなさいという、女神様の思召しなのよ)
リナは、このお祭りのお芝居が大好きだった。
イタズラばかりしているから、女神様に妖精に変えられてしまう王子。魔法を解く鍵は〔真実の愛のキス〕。だけど、イタズラばかりする妖精を誰も好きにならなくて、絶望するお話。
こどもたちに、“こんなことになりたくないよね? だから皆と仲良くしようね”というメッセージのお話になっている。
作り話とわかっているけど、リナにとっての希望だった。
(おちこぼれの私よりも、苦労している人がいる。しかも何百年も!
それに比べれば、私なんてまだまだよ)
リナは毎年、このお芝居を観て勇気をもらっていた。
“下には下がいる。
王子様も頑張っているから、自分も頑張れる”
お芝居の途中で、男の子が繋いでいた手を「ぎゅっ」と握ってきた。
妖精になったあと、妖精が見える人を探すのに苦労するシーンが、怖かったのだろう。
きっとこの子は、もうイタズラをしない。
リナは、男の子が安心するように、繋いだ手を強く握り返した。
良かった良かったと安心した時、一緒についてきていた妖精がリナに提案した。
『ねぇ、リナ!
僕とキスしてみようよ!!』
妖精は無邪気な笑顔で、楽しそうに続けた。
『もし、僕が王子様だったら、リナをお嫁さんにしてあげる!』
面白い遊びを思いついたので、試したくて仕方がないといった様子だった。
妖精は他にもいる。
リナは毎日いろんな妖精に出会う。その妖精の全てが王子様ではないだろう。
それに何より、リナは妖精を見たことはあっても、女神様を見たことはなかった。神様を見たという人に出会ったこともない。
人には「イタズラすると女神様に妖精にされる」と言いながら、リナはその迷信を心の底では信じていなかった。だから、たまには妖精の遊びにつき合ってあげようと、軽いノリで答えた。
「いいよ」
リナの返事を聞いて、嬉しそうに妖精が飛び回り、小さな唇でそっとリナにキスをした。
もしも、本当にこの妖精が王子様だったら、どんなに素敵だろう。こどもの頃に出会ってから、ずっと一緒にいる妖精が結婚相手なら怖くない。見た目も可愛らしいし、無邪気な性格だからリナも自分らしくいられるのではないかと想像した。
急に目の前が眩しくなった。
うっすらと目を開くと、リナにキスをしている妖精が光を放っている。
まさか!
リナの鼓動が早くなった。
この妖精は、本当に女神様に魔法をかけられた王子様なのかもしれない。
光は更に強くなり、お祭りの会場全体を照らしたあと「パッ」と消えた。
リナの目の前には、波打つ黒い髪に、日焼けしてガッチリとした体格の王子様がいた。
「うわぁ!
おねぇちゃんの目のまえに、王子さまがあらわれた!!」
「本当にマホウにかけられた王子さまがいたんだ!!」
リナと手を繋いでお芝居を見ていたこどもたちは大興奮。周りの観客も、リナと突然現れた王子に注目した。
海の方では、「ザッパァァァァァァァァァァァン!!」と大きな音がして、波しぶきがリナのいる所まで飛んできた。
「ウソだろ!? 海から島が現れた!!」
「島には立派な城もある!」
「伝説の古代帝国が蘇った!!」
港の方から、人々が興奮して叫ぶ声が聞こえた。
「リナ!
僕、本当に王子だった!!」
どうやら、妖精になっている間は人間だった頃の記憶がなくなるらしかった。
「リナ! 幸せな家庭を築こうね!」
「嫌よぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
リナは全力で拒否した。
体格が良い上に、日焼けして、自信に満ち溢れているという、見るからにモテそうな男がリナは苦手だった。
(可愛くない可愛くない可愛くない可愛くない可愛くない!
話し言葉は変わってないのに、雰囲気が凄く違う!
声が低くなって、少し大人の落ち着きが出てきただけでこんなにも変わるの!?
もはや別人じゃないの!!)
「妖精だった時は小さくて可愛らしかったのに、何でこんな色気ムンムンのいい男になってるの!?
怖い! 無理!」
その返事に、魔法が解けた王子は、驚いた。少し青ざめた顔になっている。
「……魔法を解いておきながら僕を捨てるなんて、とんだ〔悪女〕だね…………」
(悪女!!)
〔悪女〕と言われ、リナは少し胸が苦しくなった。
悪女と呼ばれるようになれば、自分もバネッサのいるグループの一員だと誇れると思ったのに、嬉しくない。
しかし、苦手なものは苦手なのだ。
「タイプじゃないんだもん!!」
「そんな! ずっと一緒にいたのに!!
結婚の約束だってしたのに、酷いよリナ!」
リナは混乱した。
周りの人達はざわついた。
「どうしたの?」
「あの子、魔法を解いたのに、王子様を捨てるらしいよ」
「“ずっと一緒にいたのに”って、王子様が言ってるわよ?」
「結婚の約束までしたのに? 王子様捨てるの?」
「悪女だな」
リナは立派な悪女認定された。
「だいたい、あなたイタズラなんかしなさそうじゃない!
なんで魔法をかけられたのよ!」
「それがね。
僕はよく、お忍びで町のようすを見に行ってたんだ。そしたら、女の子に『話がある』って教会に呼び出されるようになって……」
王子は教会で告白されることが多かったと説明した。
当時の教会は日が暮れるよりだいぶ前に祈りの時間が終わり、夕方は誰もいなかったらしい。
告白したあと、彼女達は言う。「あなた、本当は高貴な人なんでしょう? せめて最後にキスしてほしい。そしたらあなたを忘れられるから」
あまりに苦しそうに言うから、彼女達からのお願いを聞いてあげてたそうだ。すると、ある日、女神が激怒した。
――来る日も来る日も、妾の前で違う女とイチャイチャと!――
――女神様! 誤解です!! これは……――
――問答無用じゃ!!――
「女神様に誤解され、妖精に変えられたんだ。
その後、教会で女の子にイタズラしてたからバチがあたったとか変なウワサを流されるし、最悪だよ」
必死に説明する王子を、リナは軽蔑した目で見た。
「……誰にでもホイホイとキスするような男、私はイヤよ」
やはり見た目どおりモテモテなんじゃないかと、リナは思った。
華やかな容姿の王子に、女の子たちが恋をするのもわからなくもない。だが告白してきた女の子全員にキスをしてたら、そりゃ女神様も怒るだろうなと思った。
それにしても、軽蔑の目を向けているのに、王子がみるみる頬を赤らめていくので、リナは不思議に思った。
(なんで照れてるの?)
この王子は、モテモテの自分に酔ってるのかと失望した時、王子は嬉しさに戸惑うように言った。
「リナは僕を独り占めしようとしてくれてるの?」
「え? なんでそういう話になるの?」
「告白してきた娘達は、身分違いだからとか、自分にはもったいないとか言って、僕を諦めることしか考えてなかった。
リナは、僕と結婚したらどうなるかっていう“二人の未来”を想像してくれるんだね」
別にそこまで考えてなかったけれど、そういう風に言われると、“もしも王子と結婚したら”と想像してしまう。
ウェーブの入った黒髪に、日焼けした体格のいい王子との結婚生活。
妖精だったころと同じノリなら、リナの顔を見るたびにところ構わず抱きついてくることになる。
……けっして嫌ではない。嫌ではないけれど、人目を気にせず飛びついてくるのは、はたしてどうなのか? と思いつつ、ちょっと期待してしまう自分もいて、想像を膨らませながらリナの顔は真っ赤になっていった。
「これからは、リナとしかキスしないから………………結婚して?」
しょんぼりしながら結婚のお願いしてくる王子。
(見た目はたくましい王子様に変わったけれど、性格は本当に妖精の時と変わらないのね)
リナはそのことに安堵し、真っ赤な顔のまま王子に返事をした。
「し……仕方がないわね…………」
はにかみながら答えるリナに王子は抱きついた。
「ありがとう。リナ!」
そう言って、王子は嬉しそうに微笑みながら、リナにそっとキスをした。
落ちこぼれ悪女のリナは、お祭りで語り継がれる王子様と幸せな結婚をした。
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