恋の結末は突然に
ウィリアム王子にお会いできるのも、これが最後ね。
正式に謁見を申込んだら、思ったよりも早くウィリアム王子にお会いできることになった。
普通は三ヶ月ぐらいかかるのだけど、お金が絡むからかしら? 国としても、早々にお礼を言って終わりにしてもらえれば、無駄な出費が減るものね。
丁寧にお礼を言ったら、それで終わり。
恋の渦に巻き込まれることもない。
ウィリアム王子とお会いできなくなるのは寂しい気もするけど、所詮は雲の上の人だもの。美しい御令嬢がたが目をキラキラさせてアピールしているのに、私がかなうはずもない。
バネッサ様はお優しいから「一緒に頑張りましょう」と言ってくれるけど、なんの取り柄もない平凡な私に、可能性はないと思う。
「マルグリット様。どうぞこちらへ」
お城に着いて通されたのは、書斎のようだった。
あれ?
広間に通されると思ってたのに書斎?
王子様が広間で少し高い位置にある椅子に座って、私は一段下の場所にひざまづいて恭しく感謝をのべるものだと思ってた。
あれかしら?
地位の低い貴族のたいした用事でない報告は、わざわざ堅苦しい形をとらなくても書斎でパッパッとすませてしまうのかしら?
まぁ、その方が私も気が楽ね。礼儀作法とか自信ないもの。
「お待たせしました!」
ウィリアム王子が息を切らして、書斎に飛びこんできた。
忙しい合間をぬって来てくれてるのだわ。申し訳ないから、早く報告とお礼を言って立ち去ろう。
「マルグリット!
教えてほしい!! いったい何があったのですか!?」
びっくりした。
名前を呼び捨てにされるとは思わなかったので、まさかの不意打ちに「ドキッ」としてしまった。呼び捨てなんて、恋人みたい。時間がなくて急いでいたから呼び捨てになっただけよね?
だいたい身分が下のものに敬称なんてつけないのが普通だもの。今まで「マルグリット嬢」と呼んでくれていたのは、お優しい殿下が気を使ってくれていただけ。
それにしても、謁見の申込みのお手紙に“支援が必要なくなったため”と書いておいたからご存知のはずなのに、なぜ私は質問されているのかしら?
「婚約ですか!?」
「え?」
「政略結婚ですか!?」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
ウィリアム王子が何を言っているのかわからない!
“支援の必要はなくなりました”と報告に来ただけなのに、なぜ〔婚約〕だの〔政略結婚〕だのという話に!?
「どいつが、あなたにお金を貢いでいるのですか!?」
ウィリアム王子は明らかに不機嫌な口調で聞いてくる。
わかった!
町の修繕費用のために、私が政略結婚させられると勘違いしたのね。それでこんなに問い詰めてくるのだわ。
なんて優しい王子様なの?
「ご安心ください。政略結婚ではありません」
「そんな!
では、……相思相愛で…………結婚するのですか?」
ガックリと肩をおとす王子様。
どうして結婚から頭が離れないのかしら? それに、もし私が結婚するとしても、ウィリアム王子が落ち込む理由がわからない。
まさか!
私が結婚すると、何かご迷惑をおかけするのしら?
私は慌てて王子様に返事をした。
「殿下!
私に結婚の話はありませんし、貢いでくれる殿方もおりません!!」
私は、ウィリアム王子が美味しいと言ったパンを買い求める人が急増したことと、その影響で周りのお店に立ち寄る人も増えて、町全体が活気づいたことを説明した。
「では、マルグリットが結婚するわけではないのですね」
「はい。
全てはウィリアム殿下のおかげです。
ご心配ありがとうございます。
殿下は本当にお優しいかたですね。これからも、殿下のご健康とご活躍をお祈りしております」
ドレスの先をつまんで、丁寧に品よくお辞儀をしたら、あとは立ち去るのみ。そう思ってお辞儀を丁寧にして、目を開けてビックリ。ウィリアム王子が私の前に跪いている!
「あなたに決まった人がいないのなら、どうか私と結婚していただけませんか?」
!?!?!?!?
何!? 何がおきているの!?
すぐに頭がこの状況を理解できなかった。
「あなたを愛しています」
「え? ちょっと待ってください!
あの、お言葉はとても嬉しいのですけれど、殿下には私よりも、もっと相応しい方がいらっしゃいますよね!?」
「?
もしかして、僕の取り巻きに何か言われましたか?」
王子様の表情がどんどん暗くなる。
それは怒りを含んでいるように見えたので、私はすぐに否定した。「悪女」と呼ばれる彼女達は本当は悪女なんかじゃないもの。
「いえ、そういうわけではありません!
それに、彼女達は本当に殿下のことを愛しております!!」
私は必死に、彼女達の殿下への愛を説明した。
だって、彼女達はウィリアム殿下のことをよく見ている。
殿下の好み、歩く速さ、殿下が最近気にかけていること、苦手なもの。多くのことを理解した上で、殿下の迷惑にならないように気をつけながらアピールする健気さ。彼女達の愛に私はかなわない。
「待って! マルグリット!!
お願いだから他の誰かとくらべないで、君は僕をどう思うか教えてほしい」
私は最初お金が目的で殿下に近付いたと正直に説明した。
私なんか殿下にふさわしくない。そう伝えたのに、ウィリアム王子は「僕はあなたが優しいことを知っている」と言う。
「やはり、あなたは彼女達に何か言われたのではありませんか?
もし、そうなら彼女達に罰をあたえ、謝罪させます!」
悪女の皆さんの想いが、王子様に少しも伝わっていないようで、涙が出てきた。切なくて悔しい。
「彼女達は本当にいい人です。
ちょっと乱暴だった私が殿下に声をかけてもらいやすいように誘導してくれたし、古いドレスでも肩の部分を直せば何とか見れるとアドバイスもくださいました。
ちょっとわかりにくい話し方をされますが、優しいかたたちです!
お茶会にも招待してくれて、ボロボロになったうちの領地にある店に何度も足を運んでくださいました。
彼女達は殿下を本当に愛しています!
なのに、人を本気で好きになったことで罰を受け、好きになったことを謝らなければならないなんて、切なすぎます!!」
もう自分でも何を言っているのかわからないまま、涙ながらに訴えた。最後の方は嗚咽まじりになったけど、とにかく彼女達は悪くないと説明したら、「やっぱりあなたは優しい」と言われた。
「『お金が目的』とあなたは言ってたけど、魔物の大移動で壊れてしまった町の人の家や店を立て直すためにでしょう? あなた自身のためじゃない。
それにね、ドレスの左肩から糸を垂らして撫でることが今の流行りだなんて、本気で思ってはいないよ?」
それを聞いて、フッと涙が止まった。
泣いている場合ではない気がしてきた。何故だか胸がざわつく。
「僕とのダンス中に、左肩から垂らした糸を撫でる姿を見せつけてくる彼女達を見て、あなたは焦ったり青ざめたりしていた。
あなたは彼女達の勘違いを指摘しようとして、出来なかった。
彼女達の想いを大事にしたいと悩んでいたのが見て取れたよ。人の気持ちを大事にしようとする優しい人だと思った。
糸をクルクル丸めて隠した時もそう。
私は無意識にあなたのドレスの左肩から垂れた糸を指摘してしまった。
あなたはそれに対して、ダンスの最中に気まずい雰囲気になるのを避けるため、笑顔で誤魔化しながら糸を隠した。見事だったよ。おかげで楽しいダンスだった。
僕に褒められたくて、糸を撫でる姿を見せつけに来た彼女達は、ちょっと邪魔だったけどね」
……バレバレだった。
「せっかくあなたと楽しく踊っていたのに、人の周りでチョロチョロするのは失礼だと思わない?」
いつも細かい作戦を練っている悪女の皆さんも、あの日ばかりは衝動的に動いてしまった。それがマイナスに出た。私には彼女達のそんな所がかわいいと思うけど、男性から見たら違うの?
「ねぇ、マルグリット。恋ってとても残酷だよね。
“気を使えば“、“努力をすれば”というものでもない部分が大きすぎる。“好み”があるから。
もしも、自分のことを誰よりも一番に考えてくれる人と結婚するべきならば、僕は側近のジェラルドと結婚しなければならなくなる。
彼は常に僕の側にいて、一日中、僕のことを考えてくれているからね。彼女達より僕のことを考えてくれいるよ? でも、僕は男と結婚するつもりはない。
だから、どうかじっくり考えてほしい。あなたと他の女性じゃなくて、あなたの中で僕は将来の結婚相手としてどうか……」
「……私の中で」
私の中でなら、もう決まっている。ウィリアム王子が好き。
バネッサ様がたにはかなわないから考えるのを避けていた想いと向き合えば、一気に胸が熱くなる。
誰も信じてくれなかった町の悲惨な状態の説明を、疑いもせず真剣に聞いてくれた。現地を確認しに来てくれた。普通の町のパン屋のパンを一緒に食べてくれた。優しくてとても頼りになる人。誰だって好きになる。だから、追っかけも多い。
「私の中で、なら、ウィリアム王子はこれ以上ない結婚相手です」
そう答えたら、王子様はとても嬉しそうに抱きついてきた。
こんなにはしゃぐウィリアム王子を初めて見たので、私は本当に愛されているのだなと実感すると共に、恋って本当に残酷だなと思った。
その日、お城を出てすぐバネッサ様のもとへ急いだ。何と言っていいのかわからないけれど、バネッサ様には誰よりも早く報告しなければと思った。
バネッサ様は、この日も「お茶会」という名の作戦会議を開いていた。
「ごめんなさい! バネッサ様!!」
涙が止まらなかった。
バネッサ様の努力と想いを知っているからかそ、辛くて仕方がなかった。
でも、報告を聞いたバネッサ様は笑顔で「おめでとう」と言ってくれた。
「やっぱり私の思っていた通りね。
マルグリット様は、殿下の好みのタイプの女性てすもの。
どうか、私のぶんも幸せになってくださいませ」
そういえば、バネッサ様と初めてお会いした時も、同じような事を言われた。「殿下の好みのタイプ」あれは本音だったのね。
「お〜っほっほっほっ!
私の予感は当たってましたのね。これで、さらに人を見る目に自信がつきますわ!!
さぁ、皆様。
失恋の傷はこのお茶で流して、明日からまた幸せに向かって走り出しましょう!」
バネッサ様は「つうっ」と一筋の涙を流しながら、明るく言った。
失恋が辛くないわけない。
なのに、気丈に振る舞おうとする姿に、私達は涙が止まらなくなった。
「「「「「「バネッサ様!!」」」」」」
「私達は一人じゃない。同じ痛みを分かち合う仲間!
この絆は失くさないでおきましょうね」
「「「「「「はい! バネッサ様!!」」」」」」
私達は声をあげて泣いた。
そして、肩をくんで泣いた。手を取り合っても泣いた。こんなに泣いたことなんて、今までないぐらい泣いた。
そこに、私達の深い絆を感じた。
バネッサ様……。
なんて気高い人なのだろう。
彼女達の想いを無駄にしないためにも、絶対に幸せになろうと胸に誓った。