悪女のお茶会
「マルグリット様。ようこそおいでくださいました。
さぁ、どうぞこちらへ」
パーティーから数日がたち、私はバネッサ・バルババロワ様が主催するお茶会に参加した。
参加者は私を入れて、七人。
「では、皆様、この間のパーティーでの報告をお願いいたします」
バネッサ様が優雅に尋ねると、お茶会参加者の御令嬢がたが次々と口を開く。
「一班。予定通り全員殿下に御挨拶できました」
「二班。リナが御挨拶に失敗しました」
「三班。パメラが殿下と魚の漁獲量について、お話をしました」
「四班。予定通り全員殿下に御挨拶できました」
「五班。予定通り全員殿下に御挨拶できました」
お茶会の参加者は、悪女の皆さんの一班から五班までの班長!!
「わかりましたわ。
では、次からリナの配置を変えて、殿下と御挨拶できるようにしなければね。二班の四番目から、四班の三番目に入って」
「はい。伝えておきます!」
「パメラはよくやったわ!
きっと殿下はこの間の災害の被害が海にまでおよんでいるのか知りたかったのね。また聞かれるかもしれないから、パメラは海関係の情報収集を続けておいてと伝えて」
「はい! わかりました!!」
こ、これは……お茶会というより、作戦会議!!
「ところで、マルグリット様?」
今度はこっちに話の矛先が向いて驚いた。
な、何を言われるのかしら? ……怖い。
「殿下に全力でアタックしている私達でさえ、このような状態です。
なのに、あなたは御挨拶どころか、殿下とダンスを踊ったうえに! 笑顔を向けられ! 褒められておりましたわね!!!!」
バネッサ様に、力強く指摘され、冷や汗が出てきた。
とても素直に嫉妬心を向けられ、もはや怖いというより、申し訳ない思いでいっぱいになる。
「私達もあなたのマネをしたのに、全然、興味を持っていただけませんでした!
マルグリット様は、あの時、何をされたのか、どうぞ教えてくださいませ!!」
なんていうこと!!
上流階級のバネッサ様が、貧乏貴族の私に教えをこうなんて、かなり屈辱的なのではないだろうか!?
さらに、申し訳ない気持ちが増した。
それほど、ウィリアム王子の事が本気で好きなのだわ。
「私があの日、行ったのは〔玉結び〕です!」
「「「「「「玉結び!?」」」」」」
「庶民が縫い物をするとき、針に糸を通してから最初にする動作です」
「「「「「「!?」」」」」」
そこから、玉結びの練習が始まった。
「なるほど! 端が丸まっていれば、糸が解けにくいですわ!!」
「あの時は、てっきり糸を撫でたのだと思っておりました!」
「糸を隠したのですね」
「確かに、鮮やかな技ですわね」
「なのに、私共はドレスの袖を破って、糸を撫でる姿を見せつけていたなんて、お恥ずかしいですわ!」
「いや、でも、殿下はそれが今の流行りと勘違いされてたので、大丈夫だと思います」
そこから、殿下が流行りと勘違いなさったなら、またアレをやらなければならないのだろうかという話し合いになり、結果、ドレスがもったいないので流行はあの日で終わったということで話がまとまった。
「あの時、言ってくだされば良かったのに……」
「ごめんなさい。
もし、『違います』と指摘して、皆様が恥をかいたら……とか、皆様の殿下への恋心が突然露わになってしまうのは、皆様が望まれないことなのでは? と考えこんでしまいまして……」
「「「「「「!!!!!!」」」」」」
「まぁ! マルグリット様!!
私達の殿下への想いに寄り添おうとしてくださっていたのですね!!!!
そうですの! 私達、本気で殿下に恋をしておりますの!! 一生懸命考えこんでくださって、ありがとうごさいます!」
悩んで良かったと思った。
彼女達は私が思った以上に、本気でウィリアム王子に恋をしている。
しかし、
王子様を追いかける悪女の皆様は20人ぐらいいるのに、全員が王子様に本気で恋をして、争いは起きないのだろうか?
他国には一夫多妻のところもあるらしいけど、この国にそんな制度はない。一人しか選ばれないのに、皆で協力って本当にできるのだろうか?
思いきって聞いてみたら、
「喧嘩になんて、なりませんわよ?」
と、堂々とした回答。
(本当に?)と疑う余地もないほど爽やかな答えだった。
「……だって、もし、結婚したあとで『他に好きな人ができた』なんて、聞きたくないですもの。
だから、殿下には〔殿下に恋する全ての女性〕に等しくお会いになっていただいて、その中から本当にお好きなかたを選んでほしいと思っております」
それって……、彼女達はお金ではなく〔愛ある家庭〕を求めているってこと!
お金が目的で王子様に近付こうとした私とは全然違う。
ウィリアム王子のことが本当に好きなのね。社交界では「悪女」なんて呼ばれてて、怖い人たちだと思ってたけど〔幸せな結婚〕に憧れる、可愛らしく、気高い御令嬢がたなのだわ!!
「本当の恋……。ステキですね。
パーティー会場では『次々と男を追いかけている』という噂を聞いたので、私、バネッサ様がたのことを勘違いしておりました。自分が恥ずかしいです」
心から勘違いをお詫びすると、悪女の皆さんから「どよ〜ん」と黒いオーラが漂ってきた。
またマズイことを言ってしまったのだろうか?
「失恋したら、次の恋にいくしかありませんもの……」
「………………失恋?」
言われて初めて気がついた。
バネッサ様たちはむやみに男性を次々と追いかけていたわけじゃない! 本気で恋をして、失恋してしまったから次の恋に向かっていたのね!! 真実の愛を探し続けているだけなのだわ!
「お相手がいらっしゃるかたを追いかけても、嫌われるだけですわ。お慕いしているかたに嫌われるのは、とても切ないことです」
まぁ!
バネッサ様がたが愛しくてたまらないわ!!
「私! 皆様のこと、応援します!!」
ウィリアム王子は素敵なかただけど、私なんかよりバネッサ様がたの方が相応しい。
「ありがとう。マルグリット。
では、私たち共にウィリアム殿下へのアピールを頑張りましょうね?
誰が選ばれても、恨みっこなしですわ」
「え? ……わたしたち?」
私は王子様のことは諦めようと思ったのに、私達?
バネッサ様に肩を掴まれ抱き寄せられる。感動的な雰囲気になってて「私は身を引きます」と言いにくい。
その時、バネッサ様の目が「キラリ」と光った。
「ところで、マルグリット様?
噂では、殿下とパーティーでダンスを踊った翌日、町でウィリアム殿下とデートをされた……とか?」
バネッサ様の声のトーンが一段下がった。
私は怖くて、震えながら答えた。
「それは、ただ……、殿下が町の復興の進み具合を見に来てくださっただけです。私はウィリアム殿下がいらっしゃるとは知らなかったんです!
午前の復興作業目標の所まで終わったから、パン屋さんでお昼ごはんを買って、店を出た所で偶然お会いしたから、お昼にパンを一緒に食べただけです。
あの、だから、デートではないんです。
殿下と話したのは、復興作業の話と、『ハムとチーズが入ったパンが美味しいですね』っていうぐらいで……」
「そのお店は何処ですの?」
「?」
「殿下がおきに召されたパンを、私達も食べてみたいですわ!」
その日から、パン屋は大繁盛した。
もしかしたら、ウィリアム王子に会えるかもしれないと悪女の皆さんは思ったらしい。
少しずつ時間をずらして、一班から五班までの悪女の皆さんがパン屋に通いつめた。ついでに近くのお店にも寄ってくれたので町全体が潤い、復興費用の心配はなくなった。
……と、いうことは…………今度はその報告に行かなければならないのだろうか?
小さな町の貧乏貴族が、国に余分にお金を使わせてしまったら、他の貴族から睨まれてしまう! そしたら、こんな小さな町なんて、あっという間にゴーストタウンになるかもしれないわ!!
とにかく急いで、正式な謁見の申込みをして、丁寧にお礼を言って、終わりにしなければ!
私は急いで王宮に手紙を書いた。