ダンス中でも悪女の群れがやってくる
私は急いでドレスの袖を直す作業に入った。
貧乏貴族なので、ドレスは母が若い頃に着ていた一着しかない。肩の部分が膨らんで、そのすぐ下にもう一つ膨らみがあり、その下にレースがついている肌の露出が少ないタイプだ。
最近の流行は、膨らみは肩の部分だけで、その下にすぐレースがついており、二つ目の膨らみがない肘ぐらいから肌が見えるタイプ。
好みで手袋やアクセサリーをつけたりもする人もいる。
肘!
とにかく、肘が見えるぐらいの長さにすれば何とか誤魔化せる!!
私は、必死にドレスの肩のあたりを縫い直し、もう出ることはないと思っていた社交パーティーに再び参加するために頑張った。
ウィリアム王子に支援してもらったお礼を言わなければ!
縫い直して正解だった。
前回よりも気軽な感じのパーティーだからか、ウィリアム王子にダンスに誘われた。たぶん支援の進み具合を知りたいから、っていうのもあって誘ってくれたのではないかと思う。
なにはともあれ、良かった。
ダンスに誘えるぐらいには、普通に見えるみたい。
ウィリアム王子の性格なら、流行遅れでも気にせずに接してくれそうな気もするけど、とりあえずドレスを直してよかった。
そんな、気が緩んだとき……。
「あ、糸が……」
王子様に言われて初めて気が付いた!
私のドレスの左肩の縫い直した部分から、糸が一本垂れている!!
ひぃぃぃ!
と、とにかく誤魔化さなきゃ!!
私は「ニコッ」と作り笑いをすると、「すっ」と右手の〔人差し指〕で、垂れた糸をクルクルと巻き取った。
そして、〔親指〕で糸を〔人差し指〕に押し付けながら指先に向けて転がす。「クルクルッ」と糸が絡んで、垂れてた糸が短くなると、そのままドレスのレースの中に押し込んで糸を隠した。
そして、「え? どうしましたか?」と言わんばかりの笑顔を、ウィリアム王子に向ける。
どうかしら?
誤魔化せた……かしら?
笑顔を向けると、王子様の顔もみるみる笑顔になった。
「今の、凄い技ですね。
あっという間に、糸が消えてしまった!」
「いえ、その、たいしたことでは……」
「あなたはそう言うけれど、素晴らしく慣れた手付きに、僕は感動したよ」
自分で裁縫をする必要のない王子様からしたら、珍しいかもしれないけれど、これは珍しい技術でもなんでもない。庶民は誰でもできる。男性も裁縫の経験がある人は簡単にできる動作。
珍しくもない技術をほめられて赤面していると、「「「「「ビリッ!」」」」」という音があちこちで聞こえた。
なんの音だろうと思ったけど、すぐに音の正体が分かった。
このパーティー会場にいるほとんどの令嬢が、右手で、自分の左腕のドレスの袖をひきちぎってる!!
彼女達は、ドレスの袖を引き千切っただけでは終わらなかった。
曲はまだ終わってないから、まだウィリアム王子と私は一緒に踊っている。にもかかわらず、王子様の側に次から次へと彼女達が近付いてきた。
そして、ドレスの左肩のビリビリに破れた部分から垂れている糸を、意味深に撫でる姿を見せつけては去っていく……。
その異様な光景に、パーティーの参加者たちは驚愕した。
よく見れば、悪女の皆さんだけでなく、結婚しているマダムまで、ドレスの左肩を引きちぎっている!
みんな王子様に褒めてほしいのね。
ウィリアム王子大人気!!
……でも!
皆様、違います!!
糸を撫でるのではなく、糸を丸めて隠すんです!!
動きがちょっと違います!!
彼女達からは、私が糸を丸めたのが、よく見えなかったみたい。
そういえば、一部の貴族令嬢がする〔ハンカチへの刺繍〕って、玉結びをしないわ。
結んじゃうと、その玉がハンカチを使うときにボコってあたるから、手触りがよくない。だから、縫いはじめの糸の端を上手い具合に糸に巻き込みながら縫うのが、今の貴族の刺繍の流行!
彼女達は玉結びを知らないのだわ!!
「皆さん勘違いしてます! “玉結び”なんです!!」と言いたいけど、言うに言えなかった。だって、彼女達は玉結びを知らない! 私は貧乏貴族だから、自分でお裁縫もする。だから、知っていただけ。
かといって、指摘されると、彼女達が恥ずかしい思いをしないだろうか……?
(どうしよう?)と悩んでいる間も、パーティー会場は糸を垂らして撫でる令嬢たちにより、異様な空気が広がっていく。
こうなってくると、さすがにウィリアム王子も異変に気付いてしまった。
「今、社交会ではドレスの左肩から糸を垂らして、それを撫でるのが流行りなんだね。
そうとは知らず、さっき僕は糸が垂れてることを指摘してしまった。ごめんね、マルグリット。
君は流行の先端をいっていたんだね」
違う――――――――!!!!
“ドレスの左肩から糸を垂らして撫でる”のは流行ではありません!!
心の中で叫ぶけれど、私にはそれを否定することが出来なかった。
これは、とてもデリケートな問題。
ここで否定すると、彼女達の想いウィリアム王子にバレバレになる。
それはどうなのか?
目の前で他人に、自分の恋心を暴露される。それは、かなり屈辱的ではないだろうか? できるなら、ウィリアム王子にそれとなく気付いてほしい。
ドレスって、高いのよね……。
高いドレスを犠牲にしてでも褒められたかった彼女達を思うと、私は何も言えなくなる。「あ……は、は」と苦笑いを返すのが精一杯だった。
「あなた!
ちょっと一回、ウィリアム殿下に褒められたぐらいで、いい気にならないことね!!」
ダンスの後に、ウィリアム王子への報告もできたし、「お腹いっぱい食べて帰ろう」とフードスペースに向かっていくと、バネッサ様に声をかけられた。
そして、一通の手紙を渡された。
「今度、お茶会を開きますの。あなたもぜひいらして」
怖い。
正直いって行きたくない。
でも、お茶会に参加して「私は身を引きます」ってしっかり説明しなければ 、目の敵にされそう。
ウィリアム王子は確かに素敵なんだけど、悪女の皆さんと戦って勝てる気が全然しない。支援もしていただけることになって、町は少しずつ元に戻り始めてる。玉の輿を狙う必要もなくなったもの。
私は悪女の皆さんの敵ではないと説明するために、バネッサ様が主催するお茶会に参加することにした。
玉結びは実際の所、どうなんでしょう?
私なりに調べましたが、貴族の刺繍で玉結びするのかしないのかわかりせんでした。
異世界のお話なので「ふ〜ん。この世界はそうなのんだ」と流してください。