悪女の群れは編成を組んで、効率よく挨拶をする
私、マルグリット•ブロンジーは、緊張しながらパーティー会場のド真ん中に立っていた。
本当なら壁際で目立たぬように身をひそめていたい。私は内気な恥ずかしがりやだから。
でも、それはできない!
どうしても王子様の心を射止めたいから!!
(お……、お金のため!!)
心の中でそう叫んで、私は右手を握りしめた。
先週、父が治めるブロンジー領内で災害がおきた。
激しい雨と風、そして雷。
嵐はなんとかしのいだものの、巣がびちょびちょになった魔物たちは大移動。
結果、町がボロボロ。
魔物があちこちの建物にぶつかりながら、走り去ったからだ。
町を立て直すにはお金がいる。
もともと税金を高く設定してなかったので、予備のお金はすぐ尽きた。国に助けを求めようにも、「この間の暴風はそんなに酷くなかった」と却下されたと父は言っていた。
こうなったら、王子様と結婚するしかない!
そして、復興のためのお金を出してもらおう!!
そう思って、今まで避けてきた社交パーティーに出席を決めたのだけど……。
私ってけっして美人なわけじゃないし、髪の色はありふれたベージュ系の少し薄めの色。
背は高くも低くもない。
おまけに身につけているドレスと宝石は母のお下がり……。
なんか、……無理な気がしてきた……。
みんな最新のドレスにキラキラの宝石。
私と同じ髪の色の人が多いのに、髪がツヤツヤの人ばかり。
……はぁ。
でも、やってみなくちゃわからない!
世の中にはいろんな人がいる。
好みも人それぞれ!
あたって砕けろよ!!
そう決意したとき、一人の令嬢がパーティー会場に入ってきた。
「オーッホッホッホッホッ!
さぁ、皆様! 準備はよろしくて?」
突然現れた、銀髪ロングの華やかな令嬢の一声で、会場の空気が変わった。
彼女に向かって、年頃の令嬢が次々と返事をしていく。
「はい! バネッサ・バルババロワ様!!」
「第一班。配置につきましたわ!」
「第二班もですわ!」
「第三班……」
「第……」
聞いていると、第五班まであるようだった。全員が配置についたらしい。
まさか!
今日の舞踏会は、会場での立ち位置が決まっているの!?
それとも、そういう作法でもあるのかしら?
どうしよう? 私にはわからないわ!!
一人オロオロしていると、「バネッサ・バルババロワ様」と呼ばれていた令嬢が、私の目の前に来た。
「あなた。 あなたは壁の方にいなさい」
「でも、王子様にお話が……」
“王子様とお話したいので、ここにいたい”と言おうとしたのに、あっという間に壁の方にはじかれてしまった。
そして、壁に追いやられたタイミングで、会場にウィリアム王子が現れた。
金色の髪と金色の瞳。
その存在は輝く幻の野鳥のようで、誰もが王子様に見惚れた。
うわぁ、カッコイイ。
ゆっくりホールを歩いてくるウィリアム王子に、先程の一班から五班までの令嬢たちが次々に挨拶をしていく。
すっ、凄いわ!
ウィリアム王子に挨拶をしにくる方々との挨拶と挨拶の間の僅かな時間に、邪魔にならないように挨拶をしている!!
「また悪女の群れが現れたぞ」
「今度のターゲットはウィリアム殿下のようだな」
「次から次へと独身男性を追い回して、恐ろしい集団だな」
そんなヒソヒソ声が聞こえてきた。
悪女の群れ!?
あ、無理。無理だわ。
彼女達をだしぬいて、ウィリアム王子に近付くなんて無理。私は無謀な戦いを始めようとしていたのね。
やがて王子は、さっき私が立っていた場所を通りかかった。そこに、「バネッサ様」と呼ばれていた令嬢が挨拶に行き、何やら楽しそうに笑っている。
そこには、私がいたのに!!
本当なら、今ごろ私は王子様と話せていたはずなのに! 心の底から悔しいと思った。
内気な自分の性格を考慮して、あらかじめウィリアム王子が通りそうな所に立っていたのに……。
でも、悪女の皆様と戦う勇気を私は持ってない……。
……はぁ。やっぱり短絡的な計画なんて、うまくいかないわよね。
ため息をついて、令嬢に囲まれるウィリアム王子を遠くから眺める。
場所を取られたのは悔しいけど、目的が邪だったからバネッサ様を責めるに責められない。計画は失敗に終わったし、せめて美味しいものをいっぱい食べて帰ろう。
そう思って向きを変えたとき、左手を掴まれた。
「大丈夫ですか? 気分が悪いのですか?」
振り向きながら「大丈夫です」と返事をし、声をかけてきた相手を見て驚いた。
「ウィリアム殿下!?」
「あなたは今、とても苦しそうな顔をしていた。あなたが悲しむ理由を教えてもらえないだろうか?」
なぜ、王子様が貧乏令嬢の私に声をかけてくれたのだろう?
驚いて頭の中の整理がつかない。
とりあえず自分の今の悩みを伝えた。
最近、領地で災害があったこと。災害事態は小さなものたったこと。災害のせいで魔獣の大移動があったこと。人的被害はなかったけど、魔獣は田畑を踏み散らし、民家にぶつかりながら移動したこと。復興に お金がかかること。思い出したことから次々と説明した。
ウィリアム王子はそれを真剣に聞いてくれた上に、国も支援をすると約束してくれた。
何ていい人なの!?
こんなに優しい人だから、貴族令嬢が束になってアピールしにくるのだわ!
援助の約束をしてくれたので、無理に王子様に近付く理由も無くなった。
あとは、影からウィリアム王子の幸せを願いつつ立ち去ろうと、パーティー会場をあとにしようとしたその時、悪女のリーダー格のバルバロッサ様に声をかけられた。
「あぁ〜ら、ウィリアム殿下とお話できて、よかったですわね。
こうなると思ってましたわ」
「え!? “こうなると思っていた”?」
彼女が言うには、ウィリアム王子は何か悩み事を胸に秘めている人を放っておけない人らしい。
だから彼女は、最初にいた場所から私を追い出したのだろうか? ライバルを減らすために……。
「あのままだったら、あなた、人混みに押されて殿下と話せなかったでしょう?
あの位置なら調度殿下の視界に入ると思ったのよ」
「え……?」
まさか!
私がウィリアム王子とお話できるように、あの場所に弾き出したというの!?
「ちょっと殿下の好みのタイプだからって、いい気にならないでいただきたいですわ!
殿下は困った人を放っておけない方なのよ。
いい?
二日後のパーティーでは、もっとましなドレスを着ることね。殿下に支援していただいた経過報告するとき、その時代遅れの袖のデザインでは笑いものになりましてよ?」
経過報告!!
そうか!
支援していただいたなら、「今、このように復興が進んでおります。ありがとうございます」と報告をするのが礼儀なのだわ!!
あまり社交の場に出ないから、気が付かなかった!
「あの、バネッサ様……で、よろしいですか?」
「えぇ。私はバネッサ・バルババロワですわ」
「私はマルグリット・ブロンジーと申します。
バネッサ様、ご忠告ありがとうございます」
お礼を言って、私は急いで家に帰った。
彼女のおかげでウィリアム王子と話せたし、支援の約束までしてもらえた。
そして、支援のお礼を言うのが礼儀なのと、袖さえ直せば時代遅れのドレスも見れるようになると遠回しに教えてくれもした。
“怖い人”だと思ったけど、バネッサ様はいい人かもしれない!
ヴァネッサ様が、「殿下の好みのタイプ」と言っていたのはどういう意味か、よくわからなかった。
でも、とりあえず二日後のパーティーまでに、このドレスを直さなきゃ!
そして、ウィリアム王子に経過報告よ!!