テーサィうこララんナ
「あー、やっぱり探偵なんかやるんじゃなかったかなぁ、小説とか漫画書いてたほうが金稼げたんじゃねぇかな」
男はソファで横になって頭上に浮かんだ空中映像の漫画を読みながら1人で呟く。
「第一、探偵なんてこのご時世で何するんだ……浮気調査だって過去の映像見とけば全ての行動が分かるしもうタイムテレビ実現できてるよ」
「……」
「はぁ……」
男は漫画を読むのをやめ、次はニュースに切り替える。そこには大きいゴリラが街中を壊し周り警官たちが追いかけている姿が映し出されていた。
「……おい、お前の親戚が街中で暴れてるぞ。ほらっ」
そう言って男は画面に手を当て向かいで体育座りで小説を読む女に向かってスライドし、画面の共有する。
「……」
女はそれに少し目を向け、近くに飾ってあった埃かぶった刀を一瞬で鞘から引き抜き、男の真横に投げて突き刺した。
「ちょっとっ、これ一応家宝なんだけど」
「うっさい、これ以上喋ると玉切る」
「ちょっ、冗談キツイって俺まだ1回も使って無いからね」
男は股間に両手で塞ぎながらそう言うと、次に突き刺さった刀に片手を当て何事もないかの様に引き抜く。
いや、引き抜けなかった。
なので今度は両手を使って力一杯引き抜く。
だがあまりにも深く突き刺さったそれの意思は簡単には折れなかった。
刀にインタビューできたのならば彼はきっとこう答えるだろう。
『ありがどー、ありがどー、いや、気持ちはまさにエクスカリバーっすね。引き抜かれない様に一生懸命頑張ります』
「——っあ」
ポキッっと刀は音を立て男が勢いよく転がる。
「……」
「……」
男はそのまま折れた刀の柄を握りしめ埃だらけの天井を見上げて息を吐く。
「……」
「……」
「なぁ……」
「……なに」
女は本を読みながら横目に男をみる
「これ、ツッコミ役足りなくね」
「……2人しかいないからね」
「普通、2人いたらお前がツッコミ役になるべきじゃないですかね」
「やだ、めんどう。女だからってツッコミ役に回ると思うな」
「っていうかぁ、その口調だと読者あれだよ、分かりやすい語尾つけないと男と区別つかないよ。ここが漫画の世界なら吹き出しで「ああ、こんな可愛い子がこんな罵声を浴びせてる」って何とかなるけどここ小説、小説の世界、文字だけの世界なんだから言葉遣いを捨てたら何も残らないよ。もはや男と女とか超越した存在になるよ」
「はぁ、分かりましたッピカ」
「ぇ、何、ネズミですか。もっと中にも色々あるだろ。ほら、ピンク色の悪魔とか。あれ最初ペポペボ言ってたくせに途中から言わなくなって席空いてるぞ」
「やだピカッ、これで行くピカッ」
「はぁ……」
「飽きた」
「そうだな……」
「……」
「……」
「っていうかさっきから地の文出て来てないけど……」
「あー、小説書いて見たは良いが表現がさっぱり出てこないんだろ。アマチュアだ、気にするな」
「私たちがさっきから喋ってるのに地の文で一向に名前すら出してないもんね。絶対名前決めてない」
「書いてたら思いつくだろうって魂胆だったが思いつかなかったんだろ。俺らは一生、男と女。新キャラはみんな男2、女2とか続いていくんだ」
「っは、やる気がないならやめちまえっ! だいたいタイトルから馬鹿丸出し何が探底だ、底が浅いのはお前の脳みその方だろ」
「おい、ダメだよ。タイトルは後々変える可能性があるんだからそこ弄ると後から入ってきた読者が分かんなくなるでしょ」
「適当に『転生したらうんこだったけど、新種のスライムに認定され美少女たちに抱きつかれます』とかなんとか書いとけば読者は釣れる。なろうの読者は大体そんなタイトルで大丈夫だろ」
「そんなので来た読者なんて大抵すぐにブラウザバックするさ」
「1人もいないよりはマシだろ」
「分かってないなぁ、プライドがあるんだよ。プライドが。なろうの作家に良くありがちな『俺は違う! 負けてたまるか!』って言う奴だよ」
「結局はオークと女騎士みたいにクッころになるくせにね」
「そうそう。そしてそう考えてからランキングを見てみろ。作品たちが次第に落ちたメス豚どもの様に見えてくる」
「見えるわけねぇだろ」
「っよっと」
男はそこでやっと起き上がり床に足を組んで座る。
「男、こいつまだ名前決めてないよ」
「ああ、もう、適当にうんこでいいよ。うんこで」
「そんなんでいいの、じゃ私はサララティーナで」
うんこ
「はっ、なんでお前だけそんな良さそうな名前なんだよ」
サララティーナ
「変換したら上に出て来た」
うんこ
「それじゃまるで俺がうんこが一番最初に出て来たからって思われるじゃねぇか」
サララティーナ
「そんなことより上見てみ」
うんこ
「……俺らの名前決まってね?」
サララティーナ
「一生うんこ背負って喋らなきゃいけないね」
うんこ
「ふざけるんじゃねぇ、それだったら適当に言わないで陽炎とか朱雀とかカッコいい名前にしとけばよかったッ! あーあ、一回でいいから呼ばれてみたかったー」
サララティーナ
「そう落ち込むなよ、うんこ」
うんこ
「その名で呼ぶな。台本みたいにセリフの前に名前つけやがって……読者の頭の中じゃ人型からうんこに変わってるぞ」
サララティーナ
「日がな一日ずっと漫画読んでいるだけだから実際うんことほとんど変わらないじゃん」
うんこ
「お前友達になれるうんことか見たことあるのかよ。喋れるんだぞ」
サララティーナ
「喋らなくても友達にはなれるよ、うんこ見て1日を過ごした日もあった」
うんこ
「いや、今はそんな悲劇のヒロインだったみたいな情報出すときじゃねぇから、大体、みんなうんこした後見るだろ。それの長いバージョン。みんなやってるから」
サララティーナ
「みんな友達?」
うんこ
「そう、みんな友達。言わないだけでみんなうんこと指と指を合わせたことあるよ、きっと」
サララティーナ
「友達、みんなうんこと友達」
うんこ
「そーう、ウンコイズユアフレンド。よくよく考えて見な。みんなどこに行くにもお腹の中にうんこ入れてるんだよ。もうこれは親友以上の存在だよ」
サララティーナ
「……これ、擬人化いけるんじゃね」
うんこ
「いや、行けねぇよ。冷静になれよこの馬鹿」
サララティーナ
「わざわざ乗ってやったっていうのに……」
うんこ
「いいから早くこれをとれ、こんなのに甘えてると読者がどんどん離れるぞ」
サララティーナ
「ったく、理由もなく名前をつけて描写書くことから逃げようとしやがって。そんなんだからいつまで経っても成長しないんだよ」
サララティーナはうんこの『ん』に手をかけると引き剥がしそこら辺に投げ捨てた。
う こ
「いいぞ、その調子で全部剥がしてやれ。小説だからって第四の壁破れないと思うなよ。大体のギャグキャラはそうゆうの持ってるんだよ。持ってなきゃそもそも始まらないんだよ」
女は自分の分の名前も全て剥がし終わり足で蹴飛ばしながら1カ所に固めた。
「これどうする?」
「あー、サブタイトルに捨てとけば。勝手にタイトル回収って勘違いしてくれるよ」
「あい」
「俺はトイレ行ってくる。うんこうんこ言ってたら我慢できなくなって来た」
「なんで我慢してたの?」
「お前ぇ、マラソン選手がなんで走ってるのか分かるか?」
「そんなのドMだからでしょ。走ってる最中だってはぁはぁ言って興奮してる」
「違うなぁ。あれはな、ゴールした後の解放感を味わうためにしてるんだよ」
「結局ドMに変わりないじゃない」
「人が限界までうんこを我慢するのもな。トイレした後の一時の解放感を味わうためなんだよ。大人に上がる階段でみんな一度はしてるんだよ」
「……本当に?」
「そう、うんこ我慢したことありますか? って道端で聞いてみろ。100%したことあるって答えるよ」
「なるほどね。確かにそうね」
「だろ、という訳で俺は行ってくるわ」
だが柏木 馮河がトイレに行こうと立ち上がった。その時だった。
「っあ、男。名前決まったみたいよ」
「――ちょッ、俺うんこしようとしてるんですけど。なんかものすごく嫌な地の文が見えるんですけど」
「物語がそう都合よく進むわけない。主人公はいつでも翻弄される運命にある」
「いや、逆に都合よく物語が進んでいるんですけど、もううんこが頭出し始めてるんですけど」
床が小さく、小さく微震し始める。
「――ちょっ、だからやめろって! っあ、顔ま」
「大丈夫、私に任せて」
小暮 雪がそういい、柏木の手から刀の柄を奪うとそれを穴にねじ込んだ。
「――ッ」
「これでもう安心、一番の宝は友とよく言う。これで家宝と親友もお友達」
「アアアアアアアアアア、てめぇ尻に何ブッ刺してるんだ!」
「これで親友を失わなくて済む」
「何が親友だ! こんなの親友でもなんでもねぇ。ボールは友達って言ってたやつだって結局は友達を蹴ってるんだぞ!」
「さっきは親友って言ってたのに……」
「この親友はな、穴から出るために必死に頑張ってるんだよ。決して穴の中に入っているようなタマじゃねぇんだよ。大体何で穴に家宝突っ込むんだよ」
「親友にも友達が必要かと思いまして」
「いらねぇよ、この親友はウォータースライダーに乗れば友達がたくさんいるんだよ。大体、友達は穴になんか入らないんだよ」
「親友を超えた存在なら竿ぐらい穴に入れる」
「あいにく俺にそんな趣味はねんだよ! っくそ」
柏木は穴に深く突き刺さったエクスカリバーを力を込めて引き抜く。
「なんかエクスカリバーって書くと肉棒みたいね」
小暮は顔に手を当て照れながらそう言った。
「いいかげんにしろよ、この小説R18じゃねぇんだぞ。これ以上言うと警告が来るかもしれねぇだろ――っん、あ、あれ、な、なんか振動止まってないですか」
よろよろになりながらトイレに行こうとする柏木が恐る恐る振り返ると、そこには窓からこちらを覗き込む大きいゴリラの姿があった。