9 どうやら大規模石油コンビナートが復活する事になりそうです
1
「にしても、大量だな」
その殆どは少年等が密林に入り狩って来たものだ。銃の扱いに慣れ、密林の中でのゲリラ戦を訓練された彼等には、お手の物だったのだろう。
さらに姉妹が取って来た様々な果物まである。
トレーラーの荷台は、野営市場のような状況と化していた。
少年達の顔に、年齢に見合った無邪気な笑顔が宿っている事に心が和む。
荷台の片隅には、明らかにそれが『人類側の技術で作られたのではない』装置が置かれていた。それはフリーザ―である。
入っているのは食品の類では無い。それには姉妹の妹の亡骸が眠っているのだ。
昨日はフリーザ―の前に崩れ落ち、すすり泣く姉とそれを慰める妹の姿があった。
だが今、目の前には姉妹が仲睦まじげに話しこんでいる姿がある。妹の方があえて明るく振る舞っているように見えなくも無いが。
姉の方が楓、妹が紅葉といった。
紅葉はアイリスと同様の『肉体を持たない存在』となった。
「紅葉のように、フロンティアに現実世界から移り住んだ者を私達は『流入者』って呼んでる。楓のように脳にニューロデバイスを導入して、私達の世界にアクセスする術を得た者が『アクセス者』。ちなみに私は生まれながらに肉体を持ってない。純粋にフロンティアに生まれたから『純血者』」
「なんか偉く安直な名前だな」
「名前なんて分かり安い方がいいのよ」
「まぁ、確かに。じゃあ、俺は?」
「貴方の場合は事情が特殊よね。因子の開花によって変質してしまったと言うか。うん、だから『変質者』ね」
「なんか、凄い嫌だな」
「皆よろこんで! 晴れて、颯の呼び名が『変質者』になったわ」
「変質者って何だ?」
それを聞いた少年の一人が反応してしまう。
「それはね――」
「お前、子供に何を教えようとしてるんだ……」
「そう言えばお兄さんたちって恋人同士なんでしょう?」
何て答えて良いか分からない。果たしてそうなのだろうか。なんか偉く一方的な気もするのだが。
「そうよ」
あまりにあっさりとそう答えてしまったアイリス。
「じゃあ、もうエッチした?」
唐突に出たそれに、飲んでいた水を吹き出しそうになる。
「タクっ、最近のガキはっ」
「そろそろ、そういう事があっても良いころ合いだと思うわ。それに貴方と私の子ならきっと強い子が生まれる。クラウン家の名に恥じないフロンティアの戦士になるに違いないわ」
アイリスの言葉に、ついに盛大に水を吹き出してしまった。
「不満なの?」
アイリスの顔に氷のような微笑が浮かぶ。
笑うしかなかった。
――俺の人生、何処に向かってるんだろ……――
思わずそう心の中で呟いてしまうが、
――勿論、私達二人の幸せに向かってよ――
とすかさず思考伝達でそう返され、思考が漏れてしまった事を知る。
この思考伝達と思考の切り離しが頗る難しい。おかげで、下手な事を考えられない。と言いたいところだが、考えないようにしようとすればする程、深みに嵌ってしまうのが思考である。
にっこりと笑ったアイリスの表情にまるで「貴方の事は全て知っている」と言われているような気がして、首をブルブルと思わず横に振った。
2
トレーラーをアイリスの言う通り『中立エリア』に向けたものの、それはそこそこの旅路となる。何しろレジスタンスの支配エリアを抜けて、更に先を目指すのだ。
で、ハプニングが起きた。ガス欠である。
計算上では、レジスタンスの重要な補給拠点でもある製油施設まで、持つはずだったのだが、残り2kmを残してこのザマである。
結局、自分がトレーラーを引きずって歩くこととなるのだが、このままだと余りに在り得ない光景となってしまうので、子供らと女性達まで導入することとなった。
見かけ上だけ全員で押している格好をつくったのだ。まぁ、それでも大分無理がある気はするが。
「この車、『中立エリア』に着いたら改造しない? 動力をフロンティア製に変えるの。そうすればガス欠の心配も無いし……中立エリアに行った後も、まだ旅は続けるのであれば、だけど」
「それは良い案だな」
「あと安全面とか考えて、シールドも装備も必要ね」
「なる程」
確かに動力源を変えて、おまけにシールドまで付ければ、この車の荷台は安全が保障されたこの上なく居心地の良い空間となるはずだ。
「それに、力場発生制御装置と……」
「何だそれ?」
「え? 空飛べた方が便利でしょう?」
「い、いや……うーん」
「それに連続集積光砲メデューサ、あの触手みたいな奴ね。それと、超電磁加速反粒子砲も付けちゃおうかしら」
「おいおいおいおい、待て待て。なんか違う方向に進んでるぞ?」
「そう?」
そう言って、アイリスは首を傾げた。
それに思わずため息を吐く。
「ところで製油施設ってコンビナート?」
急に話を変えたアイリスの気紛れさに、再び溜め息を吐きそうになるが、トレーラーを機動兵器化されるよりはマシだろう。
「そんな立派な施設じゃないさ。あんなもん稼働させたら、直ぐ死霊に見つかって潰されるだろ? それにあれを修理出来る技術なんざ、もう地上に残ってないだろうし。今はバイオ燃料工場が細々とあるくらいだ」
「理解したわ。それで大丈夫なの? レジスタンスの補給拠点なんでしょう?」
「ああ、でも恐らく大丈夫だ。油の横流しなんて当たり前にやる奴等だからな。その横流しで助かってる連中が沢山いるんだから、俺は良いと思ってるけど」
「そう」
3
製油施設に着くと、やけに陰気臭い空気が漂っていた。なんだか皆が皆憔悴し切っているのだ。
その中の一人を捕まえ、交渉に入るべく責任者を呼ぶようにお願いする。
やがて、男に連れられ責任者が出てきた。
「油を分けて欲しいんだ。勿論、礼はずむ」
そう言って、荷台にある大量の食糧を見せる。
その瞬間、責任者の目の色が変わった。
「ありがてぇ」
「にしても、皆疲れているようだが何かあったのか?」
それを言った瞬間、男の表情が僅かに強張った。そして、此方を観察するように見つめ、
「お前は本部に近い人間……ではないか」
と、独り言のように呟く。
「ああ、それどころか今はレジスタンスですらない。追放されたからな」
「確かにレジスタンスにしては連れている者達がグチャグチャだな。だが、あのトレーラーは?」
「あれの所持部隊が死霊に襲われいてな。車両を放棄して散り散りになって逃げてくところをたまたま見たんだ。で、暫く待ってみたんだが戻ってこなかった。そりゃあ盗むだろう?」
そう言って、歪んだ笑みを口元に浮かべる。すると男は、
「ちげぇねぇ」
と言って声を上げて笑った。そしてひとしきり笑うと、深い溜め息を吐き、話を続ける。
「なんでも、先日レジスタンスの方で大掛かりな作戦を行ったらしいんだが、それに必要だとかで、奴等は殆ど無報酬で絞れるだけ絞っていきやがった。それで皆、干上がっちまってる」
「酷い話だな」
「全くだ。それにここに居る連中は皆、老齢だ。そろそろ限界も近い」
「そうか」
「昔は良かったんだが……昔と言っても戦前の話だ。ここに居る連中の殆どがコンビナートの技術者だ、俺も含めてな。それが今じゃこんな染みったれた仕事だ。それでも世のためになればと思ってやって来た。だが、今のレジスタンスは酷い。ここ最近じゃ死霊共の排除より、エリア支配に躍起になってやがる」
そう言って、責任者の男は大きく首を横に振った。
――ねぇ、ちょっと良い? 提案があるんだけど――
――なんだ?――
その後アイリスが早口で、色々と指示してきた。その内容に驚きつつも、『悪い話ではない』と考え実行に移す。
「なぁ、お前等は元、コンビナート技師だと言ってたな? また『あれ』を動かしたくはないか?」
「あれって?」
「石油精製用のあの巨大な蒸留塔だ」
「そんな夢みてぇな事が!?」
「俺の知り合いに、旧世界の産業を復活させようと躍起になってる変わり者がいてな。既にけっこうデカい組織になってる。そいつの話を聞いてみないか?」
「そいつはすげぇ!」
「返事は「イエス」で良いんだな?」
「ああ、断る理由がねぇ!」
「分かった。連絡をつけよう。恐らく数日中にここに現れる。特徴は、そうだな銀髪だ」
「銀髪?」
「あぁ、彼女のような銀色の髪をした男だ。珍しい色だから直ぐに分かるだろう」
言いながらアイリスの長い銀色の髪をすくい上げる。その瞬間、何故かアイリスは悩ましい仕草で身を捩ったが、あえて見なかったことにする。
交渉が無事済むや否や、責任者である男は走り出した。
「おい! 皆、聞けぇ! また昔みてぇにコンビナートを動かせるかもしれねぇぞ!」
それに反応して、あちらこちらで歓声があがる。
――偉い期待されてるが大丈夫なのか? コンビナートが復活したとして、原油はどうする気だ? ってより、お前等はコンビナートの復活なんて許すのか?――
――大丈夫よ。私に任せておいて。現実世界の復興は今やフロンティアの重要プロジェクトよ。反乱分子や危険分子を躍起になって狩ってた時代もあったけど、フロンティアに女王が復活して方針が変わったの。支配の仕方にも色々あるって事ね――
正直、アイリスの話は『どうやら死霊達の世界の政治事情に何かあったらしい』くらいにしか理解できない。
――それは貴方もレジスタンスとして体感してたんじゃない? 私達の方から貴方達の拠点を叩きに行くことが無くなったから――
そう言われて見ると、死霊共に拠点を襲われる被害は、ここ数年出ていなかった気がする。
――何よりこれは、クラウン家にとって悪い話じゃない――
――なんか、悪だくみの匂いがプンプンするんだが――
――何言ってるの? これはビジネスよ。クラウン家の人間としてのビジネス――
――彼等と取引するのか?――
――いいえ。クラウン家が報酬を請求するのはフロンティア政府よ。当面はね。これは国の事業なのだから。でも、もし彼等と対等に取引が出来る未来なんて来たら、それはとても素敵でしょうね――
そう言って、何処か遠くを見るアイリスの表情が印象的だった。