7 どうやら、謎の美少女の故郷に行くことになりそうです
1
相変わらずの徒歩の旅路。その少女と出会ったのは旧世界の国道だった。少女が道路脇に倒れていたのだ。
倒れていたのは少女だけではない。他に壮年の男女が倒れていた。状況的に見てこの男女と少女は親子なのだろう。残念ながら両親は既に死んでいた。野盗にでも襲われたのかもしれない。
だが、少女だけは辛うじて息があった。
虚空を見つめ荒い息をする少女。
「しっかりしろ!」
と声をかけると、僅かに少女は安堵の表情を浮かべた。
「傷を確認したい。服を持ち上げるぞ?」
そして絶望した。
銃創は肝臓を貫き背中へと抜けていたのだ。これでは助けられない。
めくりあげていた衣服を静かに戻すと少女は、悟ったように力の無い笑みを浮かべた。激しい怒りを伴ったやりきれない感情が湧き上がる。
――この子を助けられるかもしれない――
頭の中にアイリスの声が響く。
――本当か!?――
――けど、それは貴方が思っているのと別の形。でも、きっとこの子なら受け入れてくれる――
アイリスがしゃがみ込み、少女の顔を覗き込んだ。
「貴方、脳にニューロデバイスを導入しているわね?」
その言葉がどういう意味を持つのか自分には分からない。だが少女には分かったようだ。
アイリスがそう言った瞬間、少女の顔が驚愕を宿して見開かれた。そして苦痛に抗い首を横に振ろうとする。
アイリスがそれを制した。
「安心して。私はフロンティアの人間よ」
それを聞いた少女の表情が目に見えて和らぐ。それに反してアイリスの表情が真剣味を増した。
「よく聞いて。貴方の肉体はもう限界に来ているわ。分かるわね?」
少女がゆっくりと頷く。
それを受けてアイリスは一度瞳を閉じ、再び何かを決意するように開くと、少女の瞳を真っすぐに見つめた。
「私、アイリス・クラウンが、条項に基づいて貴方に問います。我等が同胞となり生きますか? それとも自身の価値基準に基づく人としての速やかなる死を望みますか?」
「私は、生きたい……」
少女の目尻から涙が溢れ顔を伝った。
「確かに貴方の意志を確認したわ。大丈夫、貴方は助かる。だから安心して。例え、肉体を失ったとしても貴方が貴方であることは変わらない」
アイリスがそう言うと、少女は心底安堵したような笑みを浮かべる。だが、それは直ぐに、消えてしまった。
表情を苦痛に歪めながら、口を再び必死で動かそうとする。だが大きく咳込んでしまった。
「無理をしないで。思考伝達でかまわないから」
少女が頷いた。
――お姉ちゃん……お姉ちゃんが攫われたの。助けて――
「分かった必ず助ける」
何かを言いかけたアイリスより先に、そう答える。
強い怒りに身体が震えた。
2
アイリスが空中にウィンドウを展開して僅か数十秒後、凄まじいまでの衝撃波を巻き散らし上空に姿を現したのは、死霊達の兵器の中ではもっとも見知ったものだった。
自身もレジスタンス時代に交戦した記憶がある。
まさか、あれほどまでに恐怖した死霊の代名詞たる機動兵器の到着を、こんなにも心待ちにする日が来ようとは夢にも思わなかった。
少女の処置を『彼』に引き継ぎ、アイリスと共に少女の願いを叶えるべく行動を移す。
そして、それは直ぐに見つかった。その理由は標的が車両を運用していた事に起因する。このご時世、そんな貴重品がおいそれと走ってる訳がない。
半径40Km以内に移動する熱源はそいつだけだったのだ。
上空からその標的を見据える。それはレジスタンスがよく使う輸送用大型トレーラーだった。トレーラーに施された趣味の悪いペイントからしても間違いない。
そしてペイントされた象徴絵から、それが嘗て自分かいたレジスタンスとは別エリア管轄のものと知った。
トレーラーの行く手を遮るが如く、その眼前に着地する。
地を切り裂くかの様なブレーキ音を響かせ、停止したトレーラー。
運転席の男が、驚愕に顔を歪め此方を見つめていた。
が、彼等は直ぐに次の行動に移した。自動小銃を手に降りてくる。そして荷台からも次々に男たちが降りて来た。
「何者だ!? 何故邪魔をする!?」
運転をしていた男が大声を上げた。
「ここに来る途中で、民間人を射殺したな?」
自分から出た声は低く掠れていた。
「それがどうした? 我々が死霊共と戦っているからこそ、彼等の安全は保障されてるんだ。その我々の要求を断り抵抗するなど。万死に値する!」
こんなものがレジスタンスの言動とは反吐が出る。
「そうか、そうだな。確かにレジスタンスの仕事は死霊狩りだ。搾取じゃない。だから喜べ、お前等に本業の仕事をさせてやる。俺を狩ってみせろ」
右腕の形状が大剣へと変化し、怒りを具現化するかの如き禍々しい光が吹き上がる。
「ヒューマノイド型の死霊がいるって聞いたことはあるか?」
「ま、まさか……!?」
男達の顔にありありと恐怖が浮かんだ。
前へと歩みを進めると、男たちが後ずさった。
「はったりだ! 撃て撃て! 撃ち殺せ!」
一斉に始まる自動小銃による射撃。だが、当然ながらシールドに阻まれ一切当たらない。
構わず歩みを進め続ける。やがて、弾丸が尽きたのか射撃は唐突に止んだ。
「終わりか? ならば此方の番だな」
怒りに任せて大剣を振り下ろす。その切っ先が通過した延長上の空間に凄まじいまでの光が走り抜ける。そしてそれは男達を掠めて通り過ぎ、後方で炸裂して大爆発を起こした。
巻き起こった爆風によって男達の一部が吹っ飛び、地面に叩きつけられる。
それだけで全てが決まった。立ち上がった者から悲鳴を上げ逃げ去って行く。
だが、3人だけ残った。寄り添うように立つ彼等は、恐怖に歪ませた顔を引きつらせながらも、既に弾丸の切れた自動小銃を尚も構え続ける。
その銃口はガタガタと震えていた。
子供だった。
あれは嘗ての自分だ。彼等には逃げる権利すら与えられていない。
そのまま歩みを進め、子供達の前でしゃがみ込む。
「なぁ、腹減ってないか?」
3
「貴方さっき自分の事を『死霊』って言ってたわね? それってこちら側に来る気になったと思って良いのかしら?」
アイリスが長い銀髪を掻き上げながら、茶化すように言う。
返す言葉に困っていると、彼女は声を上げて笑った。
「迷ってるようだから提案があるのだけど良い? 車も手に入れたことだし『中立エリア』に向かってみない? まぁそう言う名前がついてるだけで、フロンティアの管理施設ではあるのだけど。私達の世界の一部を見ておくのも悪くないと思うの」
そこで言葉を区切ったアイリスは、半ば身を乗り出すようにして更に言葉を重ねた。
「どちらにしろあの姉妹は『中立エリア』の出身だし、送ってあげても良いじゃない? それに少年兵の子達も中立エリアに預けた方が幸せかもしれない」
アイリスが空中に展開したウィンドウには、荷台で草食獣の干し肉にがむしゃらに食らいつく『少年兵だった子供達』と、それを見守る『先に出会った少女の姉』の姿が映し出されている。
「そうだな。一度見ておくのも悪くないか」
そう返すとアイリスは思いの外嬉しそうな笑みを浮かべた。