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6 どうやら、やたらと感謝されてるようです


 狩り取った獲物の解体を終え、街に戻った時には明け方になっていた。

 

 日はまだ上ってはいない。僅かに空が明るくなり始めたばかりといった感じだ。だが、静まり返っているのではないかと思われた街は、意外にもそうでも無かった。


 どうやら、集落で自発的に発生した自警団が活動をしているようだ。


――なんか凄い視線を感じるな――


 そう、心の中で呟くと、


――それはそうでしょう。今の貴方、相当に目立ってるわ――


 とアイリスの声が頭に響き渡る。


――だろうな――


 昨日、全く同じようなやりとりをした気がするが、状況は前回の比ではない。


 自警団達は、自分を止めようとするどころか、何かに怯えるように後ずさりを始めた。


 そのうちの一人が何かを早口で仲間と話すと、街の奥へと走って行く。


――ここで待っていた方が無難そうだな。


 原因は自分が後ろに引きずるこのデカ物のせいだろう。それは先に狩ったデメニギスと呼ばれる死霊達の兵器に他ならない。向こうで出来る限り解体してきたものの、それでも昨日の大型草食獣に引けを取らない大きさを残している。


 そしてタチの悪い事に、それはどう見ても人類側の技術で作られたものでは無く、死霊の特徴を未だ色濃く残していた。


 それともう一つ、目立ってしまっている原因がある。


 残された男の視線がデメニギスの残骸から、機銃に偽装した右腕に絡みつくようにして隣に立つアイリスへと注がれた。


 その瞳は明らかな好色を宿している。

 

 それに思わず溜め息を吐いた。もしこの男の願いが叶ったとして、彼女の正体を知ったなら悲鳴を上げるに違いない。


 昨日、街を訪れた時と決定的に違う事。それはアイリスが実体を得ている事だった。


 『不定形物理干渉デバイス』と死霊達の世界で呼ばれるそれは、肉体を持たない彼等が現世界に物理的な影響を及ぼすためにあるらしい。

 

 速い話が謎の技術で作られた魔法のようなスライムがヒトの形をしているのだ。

 

 だが、腕に絡みつく彼女からは、悩ましい程にヒトの体温と感触を感じる。

 

 全くもって何でこうなってしまったのか。


 ――私、アイリス・クラウンは、貴方に惚れたわ――


 アイリスの言ったその言葉が頭から離れない。


 実際、その言葉以来、アイリスはこの有様だ。纏わりついて離れようとしない。


 正直に言えば、彼女ほどの美貌をもつ女性に、惚れられたと言うのは男としてこの上なく嬉しい。


 だが、その理由が全く以て分からない。


 これは死霊達の恋愛に対する独特の価値観なのだろうか。


 そんな事を考えていると、長である男が先ほど駆けて行った男と共に姿を現した。


 その後ろには、街の人々全てが出てきたのでは無いかと思う程の群衆が、集まっている。


 長である男が近づいてくる。その瞳は明らかに動揺していた。


「そいつはまさか……」


 男の口から震えた声が漏れる。


「あぁ、死霊の残骸だ。電力を復帰したいと言っていただろう? こいつの動力炉を使えば少なくとも数世代にわたって電力に困る事は無い」


「あんた、いったいそれをどうやって……」

「狩って来たんだ。俺は元レジスタンスだからな」


 男の目が畏怖と驚愕を宿して見開かれた。


「直ぐに作業に入りたい。通してもらえるか?」

「ああ、もちろんだ。だが、一つだけ確認させてほしい。そちらのお嬢さんは? 昨日はいなかったと思うが」


「ああ、このデカ物に襲われていたんだ。助けたら懐かれてしまった」


 言いながら視線をデメニギスの残骸へと移す。


「なるほど……それにしても随分と珍しい髪の色をしているな」

「余程育った環境が酷かったのだろうな。見ての通り色が抜け落ちて老婆のような白髪になってしまっている」


 そう言った瞬間、わき腹に激痛が走った。見ればアイリスが脇腹を抓りあげている。だが、その表情は恐怖を感じる程ににこやかだ。


「なるほど。それは御気の毒に」

「まだ何かあるか?」

「いや、失礼した。どうか気を悪くしないで頂きたい」

「まぁ、こんな世の中だ。警戒もするさ」


2


 全ての作業を終え、街に電力が復帰したころには、再び夜を迎えていた。


 夜を照らす街明かりの密度は決して高くないが、温かく感じる。


 作業を見守っていた長である男に、全てが無事終了した事を告げた。


「なんとお礼を言ったら良いのか……」


 男は深々と頭を下げた。


「いや、水の代わりに請け負った仕事だ。気にしなくていい」


「しかし、それではあまりにも」

「そうだな。ならこうしよう。旅の途中でまた此処を寄る事があるかもしれない。その時はまた水を分けてくれるか?」

 

 そう言って男の肩を叩く。


「もちろん、もちろんだとも」


 男が再び深々と頭を下げた。

 

 分けてもらった水で満たされた樹脂製のタンクを背負う。このタンクだけでも相当に貴重だったはずだ。それを用意して貰えた事だけでも有難い。


「もう行くのか?」

「ああ、目的は果たしたからな」

「せめて、見送らせてくれないか?」

「ああ、感謝する」


 変電施設のあった小高い丘から、長と共に下ってくると街中がお祭り騒ぎだった。


「あんたは俺たちの英雄だ!」


 見覚えのある大柄な男が駆け寄ってきて、そう言うなり両手で手を握り絞められる。


 それを合図に群衆が押し寄せ、もみくちゃにされてしまった。


 アイリスの手を引き、そこから脱出するのに思いの他、時間を食ってしまう。


 その間に「有難う」と言う言葉を何度も聞いた。思えばレジスタンス時代にお礼など言われた事があっただろうか。


 そんな感慨深さを感じながら街を後にする。


「みんな、喜んでいたわね」

「そうだな」

「貴方って優しいのね」

「いや、そうでも無かったさ、今まではな。きっと余裕が出来たんだと思う」

「そう、それは良かったわ」


 アイリスが柔らかな笑みを浮かべていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 一つの仕事を成し遂げて、まずは一安心 ディストピアなぶらり旅、いいですね
[一言] >「余程育った環境が酷かったのだろうな。見ての通り色が抜け落ちて老婆のような白髪になってしまっている」 颯くーん、アイリスはそれで不機嫌になったと思いマース! 老婆のような白髪って抓らない…
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