4 どうやら今夜は戦闘になるようです
訪れたレジスタンス支配地域の集落。
荒涼とした砂漠を分断するように走る旧世界のハイウェイ沿いに、その小さな町はあった。こういった旧世界の田舎町では、激戦が展開された大都市に比べ被害が格段に少なかったと聞く。
だが、それも建物の大半は崩れ、無残な姿だった。
酷い匂いが立ち込める中、ボロボロの衣服をまとった者達の視線が此方に集中しているのが分かる。
――なんか凄い視線を感じるな――
そう、心の中で呟くと、
――それはそうでしょう。今の貴方、相当に目立ってるわ――
直ぐに頭の中にアイリスの声が響き渡った。これは『思考伝達』と言って、口を開かずとも思考を介して会話する死霊達のコミュニケーション手段なのだという。
何故、口を開かないのかと言えば、肉体を持たないアイリスを認識できるのは自分だけだからだ。
どう見ても違和感なく隣を歩いているように見えるアイリスは、脳に投影された映像に過ぎないのだと言う。つまり他の者には見えない。
自分が口を開いて会話をすれば、それは他人には独り言に見えてしまうのだ。
――だろうな――
――その腕、何故わざわざ、そんな目立つ外観に変えたの?――
アイリスの疑問はもっともなのだろう。今の自分の右腕はヒトのそれではない。肘から先が回転機銃の形状になっているのだ。
――あのリアルすぎる金属の腕よりは、まだこっちの方が違和感ないんだ。腕を失った兵士はよくこの手の処置を受ける。それに武器をチラつかせてた方が襲われるリスクが減るからな――
――理解したわ。けど、その後ろに引きずってるの、こんな所まで持ってくる必要があったの?――
それはここに来る途中に出会った牛科の大形草食獣だった。その貴重な蛋白源を命に感謝しつつ容赦なく刈り取り、そこから必要最低限を自分の物として、残りをこうやって引きずって来たのだ。
確かにこれは相当目立つだろう。
やがて、行く手を阻むかのように一人の男が前に立ち塞がった。
レジスタンス時代に一度任務でここに来たことが有る。記憶が正しければ男はこの集落の長だったはずだ。
「今日は何を取りに来た? 子供か? それとも女か? だが、もう見ての通りこの集落には年寄りしかない。水も食料も尽きかけてる。それでもそれを根こそぎ持って行くか?」
いきなり敵意をむき出しにして、そう切り出した男。
それに、
「何の話だ?」
と首を傾げる。
すると男の表情は更に歪んだ。
「その腕、お前はレジスタンスだろ?」
「違う。元レジスタンスだ」
「嘘だな。レジスタンスがお前のようにまだ使える若い男を手放すはずがない。ひょっとしてお前、脱走兵か?」
「いや、用済みとして追放されたんだ。自爆要員として身体に爆弾埋め込まれてな。だが、爆弾は生憎不発。こうして生き残っちまった」
そこまで言ってようやく男は僅かに表情をゆるめた。
「そうか、お前さんも酷でぇ目に遭ったんだな。なら大方此処に来た目的は水か、食料……いや、食料はあるようだな。だがさっきも言ったように生憎、お前さんに分け与えてやれるもんは何もねぇ。ここに居つかれるのも困る」
言葉の最後で再び表情を険しくした男。
「心配しなくて良い、直ぐに出てくさ。だが困ったな、水も無いか……ここらの集落では水は地下からくみ上げているはずだが、井戸が枯れたのか?」
「違う。発電機がいかれちまってポンプが動かねぇ」
男はそう言って、遠方を見つめた。
その視線の先には、巨大な金属製のブレードを持つ風車が聳え立っている。旧世界の遺物である風力発電機に違いなかった。
「そうだ、あんた『あれ』を直せないか? そうしたら好きなだけ水を持って行って構わない」
「残念だがブレードが一本折れてしまっている。流石にあれでは……」
「そうか、そうだろうな」
男が目に見えて落胆した。
それと同時に、集まり始めていた人々も同様の反応を示す。
――電力の復帰って事であれば何とかなるかも――
会話に割って入るかの如く唐突に頭の中に響き渡るアイリスの声。
――そうなのか?――
――ただし、一日もらって――
――分かった――
「代わりの方法を用意できるかも知れない。電力が復帰すれば良いんだな?」
男が目を見開く。
「その通りだ。だがそんな事が出来るのか?」
明らかな大きな期待の宿った男の表情に、僅かに気圧されつつも此方の要求に念を押す事を忘れない。
「そしたら水を分けてくれるな?」
「ああ、好きなだけ持って行くといい」
「分かった、何とかしよう。明日まで待ってくれ。それと情報が欲しい」
「情報? 何についての」
「全てだ。この集落の現状。困っている事。周囲の状況。何でもいい。出来れば無難に生きる術なんかも教えてほしい」
「それは、どういう?」
男が訝し気な表情をした。
「幼い頃にレジスタンスに拾われた俺は、残念ながら外の常識を知らない」
それを言った瞬間、強く顔をゆがめた男。そこには、哀れみとも怒りともつかない複雑な感情が浮ぶ。
「なるほど……だが、それは恐らく間違ってるよ。あんたはレジスタンスに拾われたんじゃない。攫われたんだ。この集落にいた多くの子供達のようにな」
「そうか……そうなのかもしれないな……」
心に湧き上がる言いようの無い感情。それを振り切るように、後ろに引きずる草食獣の死骸を自身の前へと投げ出した。
「いるか?」
「良いのか!?」
男は開いた口が塞がらないとでも言う程に、目を見開き此方を見つめた。
「もともと水と交換するつもりで持ってきたんだ。気にしなくていい」
そう言った瞬間、周りの人々から歓声が沸き上がる。
「こいつはすげぇ!! 大人二人がかりでもビクともしねぇ! よくこんなの一人で引きずって来たな!? にーちゃん!」
群衆のなかでそう声を上げた大柄の男に、
「それなりに鍛えてるからな」
と、ぎこちない作り笑いを浮かべて答え、喜ぶ人々を横目で見つつ、アイリスに思考伝達を送る。
――で、どうするんだ?――
――どうするって?――
――電力の件だ――
――フロンティアの自立型兵器を一機狩るのよ。その動力を拝借すれば、この程度の街の電力なら200年は維持出来るわ――
長い銀髪を掻き上げながら、平然とそう言ったアイリス。
――お前っ、それで良いのか!?――
――何が?――
――だってお前にとっては自国の兵器だろ――
――いいのよ。回収命令が出てるのに、一部の軍幹部の抵抗にあってろくに回収が進んでない代物だし。それにあんな血の通わない自動殺戮マシーンなんて無い方が良い――
そう言ったアイリスの表情は僅かに、憂いとも怒りともつかない感情を宿していた。
その表情の意味をどう取って良いのか分からず、
――そうか……――
とだけ答えた。
――決まりね。なら、夜になるのを待って出発。いいわね?――
――分かった――
どうやら今夜は戦闘になるらしい。肉体能力が尋常では無い程に向上しているのは感じているが、実際どの程度動けるのか知るのに良い機会になるのかもしれない。
嘗てあれ程までに恐怖した死霊共の兵器と戦闘を行う羽目になったというのに、僅かな興奮すら感じている自分がいた。