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30/31

30 どうやら、母親が現れたようです。

 輸送艇が降りたのは都心部から離れた空港であった。


 そして、そのまま都心には向かわず、田舎町に宿を取った。


 都心部を避けたのはアイリスの配慮だろう。別世界過ぎて落ち着けない事が容易に想像できた。


 目の前には田園地帯が広がる。そこで、農作業をする人々の姿が見えた。


 あまりに場違いであり、のどかで平和な風景。


 かえで紅葉もみじがロジャーとサクラと共に小川で遊んでいる。少年達はどうやら、銃を取り上げられてしまったために手持ち無沙汰のようだ。


 集落の人々は、アイリスが手配した案内人と共に町を回っている。アイリスは彼等をこの地域に住まわそうと考えているのかもしれない。


「貴方の名前。恐らくこの国にルーツがあるんじゃない? 楓と紅葉もそうだと思うけど」

「え?」

「貴方、日本人でしょう?」

「ああそう言えば遠い昔、まだ幼いころ……父親がそんな事を言っていたような気がするな。俺はこの国の言葉すら話せないから、実感はないが」


 自分にはレジスタンス以前の記憶が殆ど無い。


「そう……」


 止まってしまう会話。だが特に気まずさがある訳ではない。


 どれくらい経っただろうか。突然老婆にどえらい勢いで話しかけられた。


英一えいいち! 英一でねぇか!?」

「はぁ!?」

「分かるだろ!? あんた母さんの顔も忘れたんか!?」


 偉い勢いで、肩をゆすられるが、何を言っているか分からない。


「な、何て言ってるか分かるか?」


 アイリスにそう問いかけると、彼女は微妙な表情をした。


「どうやら、この人、貴方のお母さんみたいよ?」

「はぁ……はぁ? はぁぁぁぁぁ!?」


2


「母が失礼しました」


 男が深々と頭を下げた。彼が『自分と同じ言語』を話せて助かった。


 まったく状況が飲み込めないまま、老婆に強引に家に連れてこられ、彼女の息子らしき男と出会って今にいたる。


 そこは平屋の質素な家だった。質素と言っても自分が知る戦場痕が色濃くのこる常識的な建物よりは遥かに上等だ。


「英一とは私の兄です。先の戦争で死んでしまったのですが、母はどうやら受け入れられなかったらしくて、この有様です。貴方ぐらいの年齢の人を見ると誰彼構わずこうなるんです」

「兄……? あんたの方が俺より大分歳上に見えるが」

「ええ、そうでしょう。私は兄の年齢を大分追い抜いてしまいました。ですが、母の時間は止まっているのです」


 そう言って男は憂いの宿る瞳を細め、深い溜め息を吐いた。


「英一、ほらご飯にしましょう。あきらはお父さんを探して来てちょうだい」


 家の前で立ち話をしていると、先ほどの老婆が戻って来てそんな事を言い出す。


「ああ、分かったよ」


 そう答えた男は動こうとしない。それに違和感を感じ、


「探しに行かなくて良いのか?」


 と訊くと、男は再び溜め息を吐いた。


「父も……既に亡くなっています」

「そうか……」

「あの、迷惑なのは十分承知なのですが、少し母に付き合って頂けませんか? このまま貴方達が居なくなると、多分母はパニックになるんで」


 男は心底困った顔で、懇願してきた。こうなってしまえば断るに断れなかった。


3


「よかったわぁ。貴方がこうして無事に戻って来てくれて、母さん……」


 老婆はそこで言葉を止め、すすり泣き始める。かと思えば、突然泣き声は止み、表情をまったく別のものに変えて、アイリスと自分が連れていた少年少女達をしげしげと見つめた。


「それにしても何時の間に結婚したんだい? おまけにこんなに沢山子供まで。母さんこんなに沢山の孫が急に出来て、少し戸惑ってるけど嬉しいわ」

「な、何て?」

「結婚して沢山子供がいて嬉しいって」


 それを聞いた人種も肌の色もばらばらな少年少女達が互いの顔を見合わせた。


 食事はかなり上等なものだった。そしてどことなく懐かしい味がする。遠い幼き日の記憶が僅かに蘇える。


 当時食べたものは此処まで上等では無かった気がするが、それでも味がこれに似ていたように思う。


 食事が終わると、アイリスはスッと立ち上がり、洗い物を始めた老婆の手伝いを始めた。何の話かは分からないが盛り上がってるようだ。


 そして、それが終わると老婆は、今度はかえで紅葉もみじと何やら楽しそうに話し始める。どうやら二人に古い遊びを教えているらしい。


 何とも言えない気分になった。もし違う時代に生まれたなら、こんな日常もあったのかもしれない。


 そんな事を考えていると、昭が此方へと歩み寄って来て隣に腰を下ろした。


「付き合ってもらっちゃってすみません」

「いや、俺等のほうこそ飯まで食わせて貰ってすまない。せめて言葉が解かればもっとそれらしく振舞ってやれるんだが……」


 実の所、自分は殆ど何も出来ていない。老婆の言う事に表情を作り、頷くのが精いっぱいだった。


「十分です。母が家事をするなんてもう何年も無かったことです。しかもあんなに楽しそうに」

「そうか……それは良かった」

「本当に何とお礼を言ったら良いか」


 男の目尻には僅かに涙が溜まって見えた。


4


 22時過ぎ、老婆が寝るのを待って家を出た。


 何とも言えない喪失感が残される。


――家族か……――

――あら、子供が欲しくなったかしら?――


 漏れてしまった思考に毎度の如くアイリスが反応する。


――そういう事じゃなくて――

――分かってるわよ。けど、そう言う事よ――

――どういう事だ?――

――だから、そう言うことだって――

――はぁ?――

――貴方が望むなら、それは何時でも手に入るってこと。それに……――


 アイリスが瞳を細め僅かに視線を逸らす。


 その視線の先には、サクラやロジャーと戯れる少年少女達の姿があった。


 


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