23 どうやらこの施設にいた人間も普通では無かったようです
ホログラムの男がゆっくりと語りだす。
「『多重理論分枝型・生体思考維持システム』。僕がDr.葛城の提唱するこのシステムに関わったのは、彼の目指す思想に共感したからだ。科学の力で『不慮の死』という運命に抗ってみせる。素晴らしいと感じた。だが、それがこの様な未来を招きよせるとは……
僕は二つの大きな過ちを犯した。一つはフロンティアを生み出してしまったこと。そして、もう一つはこの戦争を止められなかったこと。
あの戦争の切っ掛けとなる事件が起きた時、僕がしていた事と言えば、一人の少女の意識を月へと逃がす事だった。後にフロンティアの最初の女王となるその子が持つ因子の特殊性に気付きながら。
今なら分かる。彼女を解き放つべきではなかった。彼女の持つ力はあまりに強過ぎた。
その力が『彼等の意識』を1方向へとまとめ上げ、時間加速へと導いてしまった。
彼等の持つ兵器は、こうしている今も現実世界の100倍と言う速度で進化を続けている」
男は苦悩に満ちた瞳を閉じて続ける。
「僕はここに来て、軍が長年秘密裏に行ってきた研究を知った。それは、僕とDr.葛城がフロンティアを立ち上げた直後から行われていた、あまりに非人道的なものだった。まさか、僕らの夢が、こんな吐き気がする研究に応用されていたとは……
ここで行われていたのは電子化されたヒトの脳から、脳科学的なアプローチの元、生物的な要素の全てを排除し、戦闘用AIとして落とし込む研究だった。
だが、今となってはこれに頼るしかない。それ以外に人類が彼等に対抗する術はないのだから。
僕は今ここに科学者として、ヒトとしての倫理を捨て、パンドラの箱を開く。いや、箱は僕等がフロンティアを立ち上げた時に既に開かれていた……」
この後、彼の話は人類がいかに死霊達に比べて劣っているかという話に続き、肉体限界や反応速度の観点から、自立型無人機を用いてしか死霊達に対抗する術が無いと結論付けられる。
そして、そのようなAIをプログラムするには技術が足りず10年の開発期間をもってして実用に足るか分からない事、だから軍が行っていた非人道的な研究に頼らざるを得なかった事が語られた。
「食道閉鎖症を患い生まれ、食事をすることなく外的な栄養補給で育った子供は、後に手術により食道の機能が回復して尚、食事を求めないという。
神経系の異常で、痛みを知らずに育った子は、自身の身体が損傷することに対する恐怖が、どんなに教えても理解できなかったという。
適正時期に言語を学ぶ事が出来なかった子が、後にどんなに教えようと言葉をしゃべれるようにはならず、逆にこの時期に音階を叩きこまれた子は脳の言語野に音階が言葉として刻まれる。
飲食の機会を与えず、痛みを知る機会を与えず、運動に対する疲れを脳にフィードバックすることも無く育て上げる事は、現実では不可能でも肉体を持たない彼等に対し行う事はあまりに容易い。そして仮想世界でヒトは時間加速により一瞬にして育つ」
そこまで語った彼は、突然吐き気を感じたように口元を抑え走り去り、ホログラムが一度消えてしまう。だが、それは直ぐに再び復帰した。どうやら時間を置いて撮影されたものらしい。
彼はこの後、軍の研究データをもとに脳内の感情に関わる部分に意図的に損傷を与える実験を繰り返す事となったようだ。
「いったい僕はこの数か月でどのくらいの命を犠牲にしたのだろうか。もしかしたらそれはこの戦争で既に失われた命の数よりも多いのかもしれない。時間加速を行ってはリセット。これの繰り返しだ。1万のサンプルに対して意図的に損傷部位をずらしての経過観察が仮想世界の時間加速を用いれば僅か数秒で終わってしまう。僕はこの数か月でそれを何回繰り返した?
ははは……はははははは……
だが、これで完成だ。それらは完璧にAIとしての特性を示し、感情を持たず、疲れることも無く、補給も要求せず、痛みも恐怖も知らず、従順である。でもまだだ。これでようやく『彼等』に並んだに過ぎない。彼等より一歩先に出る必要がある」
そう語る彼の瞳は何処か虚ろであり、壊れ始めていると感じた。
この先さらに彼の研究は悍ましい方向へと突き進む。それは非ヒト型オブジェクトへの落とし込みだ。
「――多脚型、戦闘機型、車両型等のオブジェクトを与えられて産み落とされた子の成長過程。この観察結果は実に素晴らしかった。如何なる形状でも適応を示したのだ。
与えられた身体を操るために理想的な神経系がこれらの脳には構築されている。生命の神秘を感じずにはいられない」
そして彼の研究は最終段階へと入る。それは統計手法に基づく選別だった。
数万に及ぶ、非ヒト型オブジェクトをそれぞれの形状で生き残りを賭けて競わせたのだ。さらにそれを、数万回繰り返し、最も生き残る確率が高かった個体を選別したという。
「既にそれらは、複数の実機体に複製インストール済みであり、テストに於いては申し分の無い性能を示してる。
これについては命令があれば、何時でも量産可能である」
「まさか……」
自分が此処に侵入する際に倒した、無人機達の動きが異常であった事を思い出す。
ホログラムの中で更に男は続けた。
「また、これらを最も有効に統率するべく、思考レート加速を用いた指令伝達をするための専用AIも同様の方法で、作成した。それはオブジェクトを持たない純粋な思考体であり、戦術・戦略立案特化型である。五感を持たないため、思考に対して脳に割り振られたエリアが常人よりも格段に広く、その思考能力はヒトの比ではない。
こちらも数万回のシミュレートを通して、最も自立戦闘機動部隊を勝利に導いたサンプルを複製元として採用している」
それが自身をイディアと名乗ったAIをさしているであろうことは容易に想像がついた。
どうりでアイリスとの受け答えがスムーズなはずである。
男が語った全ての事の悍ましさに、胃が裏返るかのような強烈な吐き気が込み上げた。
「僕は『現時点の彼等』に対抗できるシステムを構築したと自負している。全ては均衡を保つために。
だが、まだ終われない。『彼等』は時間加速によって驚異的な速度で先に進み続けている。だから、僕も同じ速度で先に進まなければならい。僕は自らを電子化し彼等と同じ存在となった。だが、このままでは100倍の時間加速のなかで僕の寿命は半年と立たず尽きるだろう。僕は生きなければならない。だから大量の僕自身の複製と並列に繋がることにした。理論上はそれで脳の空き容量が確保できるはずだ。
頭の中がうるさい。まるで、数千、数万の自分が騒ぎ立ててるようだ。気が狂う。いや、既に僕は狂っている。狂っているんだ。はは……うん、そうだね。狂っているね。間違いない。狂っている、狂っている狂っている狂っている……」
ホログラムが唐突に消えた。
『記録はここまです。次の命令を』
「一つ……、聞いても良い? 貴方はヒトとしての身体が欲しいって思った事はある?」
『私が何かを望むという事はありません』
「なら貴方がヒトして生きろと命令されたら?」
『最大限模倣を行います』
「そう……」
アイリスは泣いていた。
「なぁ、この子だけでも助けられないか?」
「けど、この子はヒトとして生きていけない。さっきの奴の説明きいたでしょう? 彼女がどういう風にして生み出されたのか……彼女の脳は……」
「それなんだけど。楓が受けたって言ってた処置、えっと『ヒト共通標準コードによる脳補正』だっけ? あれ、適応出来ないかな? 俺は良く分らないけど、楓は脳の障害をもって生まれてきて、それでニューロデバイスを導入して補正したって言ってたから。彼女にも適応できるんじゃないかって」
それを言った瞬間アイリスが瞳を見開いた。
「可能かもしれない……」
アイリスが瞳を閉じ、何かを決意するようにウィンドウを操作した。すると直ぐに新たなウィンドウが開き、ナイツ・オブ・クイーンの隊長が現れる。
「旧世界の軍関連施設で、サーバーに閉じ込められていた我等が同胞を一人保護しました。そちらに転送します。また、彼女に『ヒト共通標準コードによる脳補正』の適応が可能かどうかの検討をお願いします」
「『ヒト共通標準コードによる脳補正』とは、普通ではないな」
隊長が怪訝そうに眉を上げた。それに対してアイリスは瞳を伏せてしまう。
「……詳しくは報告書を上げますので、それを確認してください」
2
目の前では超電磁加速粒子砲の直撃により、炎に包まれる施設があった。
今度こそ地下施設まで完璧に破壊されたはずだ。
これで抗争の原因を失ったレジスタンスも少しは落ち着くのかもしれない。
そして自らをAIと名乗った少女に思いをはせる。彼女はヒトとしての能力を取り戻すのかもしれない。
だが、経験は別だ。
そして何より彼女が取り戻した感情によって、自分が生まれ落ちた境遇に何を思い、感じるのか。それを考えると胸が押しつぶされそうな感覚に襲われる。
それでも自分の提案は間違っていないと信じたい。
「ありがとう」
不意にアイリスがそう言った。
「え?」
「彼女の事」
「ああ……」




