2 どうやら謎の美少女と一心同体になったようです
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 半径100kmって!?」
「それでも今ので出力は20パーセント」
涼しい顔をしてそう言った少女に開いた口が塞がらない。
いったい何がどうなっているのか分からない。
――まず、落ち着け俺。わからない事ばかりだ。出来事を整理するんだ。それから……
「貴方は私の専用機体を取り込んだのよ。それもこれも貴方が持つ『量子共鳴因子』のせい」
「共鳴因子?」
聞きなれない言葉に眉をひそめる。
「そう、それは私達の思考に干渉して行動を強制する力。貴方は『死にたくない』って強く願ったでしょう? その時私の頭の中は貴方の思考で満たされて気が狂いそうだったわ」
「……え?」
彼女が何を言っているのか分からない。
敵と遭遇した時に感じる強烈な頭痛。頭の中で喚き散らす『自分の思考ではない何か』。彼女も自分と同じような状況にあの時あったと言う事だろうか。
「でも、貴方の力はまだそれほど強くない。抗う事が出来ない訳じゃないの。抗い難いだけ。ただ今回の任務ではそれに抗う理由が無かった。まさか、私の機体を取り込んでしまうとは思わなかったけど。でも、任務は果たしたわ」
「機体を取り込んだ? 任務?」
何が何だか分からない。
「言葉の意味そのままよ。貴方は私ごと機体を取り込んだの。私の任務は『量子共鳴因子』を持つ貴方をこちら側に引き入れるか、抹殺すること。貴方の体内に生体爆雷があったから交渉の余地など無いって思ったけど。貴方の頭の中は自分が助かる事でいっぱいだった」
「君はいったい……?」
「私はアイリス・クラウン。フロンティア・女王旗艦ディズィール所属、女王直轄組織・ナイツ・オブ・クイーンの第5位――」
「な、何? フロンティア?」
「呆れた。敵の殆どが『私達が何か』も知らずに戦争を仕掛けているとは聞いていたけど、本当に知らないのね。早い話が私は貴方達が『死霊』と呼ぶ存在よ。はなはだ不本意な呼び方ではあるけど」
「死霊……」
その言葉に血の気が一気に引けるのを感じた。全てが繋がった。昨夜自分を襲った化け物は彼女なのだ。締め付けられた首の感触と息苦しさが鮮明に蘇り、喉を掻きむしりたい欲求に駆られる。
だが同時に例えようのない虚しさに襲われた。まさか戦っていたのが、この様な少女がいる組織であり、言葉が通じる相手だったとは夢にも思わなかったのだ。
自分は今まで何と戦っていたのかも知らなかった事実。敵は突然襲来した人知を超える機械生命体。それが、自分が知る敵の全てだった。
思えばレジスタンスに拾われ、敵の正体も、この戦争の切っ掛けすらも知らずに戦ってきたのだ。
敵だから戦う。そう教えられたから戦う。それが全てだ。そこには『何のために戦うのか』すらなかった。
敵と名乗った少女を改めて見る。その顔にはまだ幼さすらも残っているように見えた。もっともそれは、得体の知れない敵が此方の心理に付け込みやすい容姿を形作っているだけの可能性もあるが。
「意外ね。言った瞬間、敵意をむき出しにして襲い掛かって来るかと思ったけど」
「正直、もう良く分からない。仲間に裏切られて自分が何のために戦ってきたのかも分からなくなってる」
自分の口元に情けない笑みが浮ぶのが分かる。どうしようもない虚無感と脱力感。
「そう? じゃあ、こちら側にくる? 歓迎するわ」
「それは……」
言葉に詰まった。それをすることは、『人類に対する裏切り』だと言う拒否感が強くある。
「流石に無理? でも、もう貴方は戻れない。戻っても居場所は無い。既に貴方はこちら側に近い人間になってる。そう言う意味で私は任務を果たしたと言ったのよ。その腕、貴方の仲間が見たら何て思うのかしら?」
「ああ、そうだろうな……何かもう人間じゃなくなった気がするよ」
黒く鈍い金属光沢を放つ右腕。それは死霊達の外観を色濃く反映している。
「貴方達の定義からするとそうなのでしょうね。けど私から見れば貴方は人間だわ。そして勿論私もね」
「……え? 君が人間? さっき自分で死霊って」
「信じられない?」
少女が此方へと近づいてくる。そしておもむろに、生身である左手を取ると次の瞬間、自分の胸へと強く押し当てた。
柔らかく温かい感触が手を伝わる。その事実に強い衝撃を感じた。
「感じるでしょう? 私の体温を、鼓動を。ただそれは、偽りの物。貴方の脳に干渉して再現しているに過ぎない――」
そこで言葉を区切った少女が憂いを宿した瞳を此方から逸らす。
「でも私達自身が自分の体温や鼓動を感じることは凄く重要な事なの。私達は元々は貴方達と何も変わらない人間。どうにもならない理由から肉体を捨てネットワーク内に移り住むしかなかった人々の末裔。それが私達……」
少女の瞳が強い感情を宿して再び此方を見据えた。
「貴方はもっと私達を知るべきだわ。いいえ、私達を疎み、攻撃する全ての者は自らが何と戦っているのかをもっと知るべきよ。一方的な戦争を仕掛けてきたのは貴方達の方なのだから」
「俺達が戦争を仕掛けた……?」
今まで考えもしなかった可能性だった。これでは言い分がまるで逆だ。死霊共は人類を一方的に襲う怪物であり敵だと教えられ続けて来たのだから。
「だから、貴方にこちら側に来て欲しい。私達を知るために。まして『共鳴因子』と言う能力を持ち、力を手にした貴方にはその義務があるわ」
「断ったら?」
「私は貴方を命令通り殺すわ。そして私も死ぬ」
まるで熱烈な恋心を示すような言葉。だが勿論この場合はそれではない事は分かる。
「え? 何故君まで」
「貴方と私は既に一心同体。貴方が私を取り込んでしまったから。今の私の本体は、貴方の右手の甲に埋め込まれたその石よ。つまり貴方が死ねば私も死ぬ。その逆も同じ、私の本体であるその石が壊れれば、貴方の体内で活動しているナノ構造体は制御を失って暴走する。結果的に貴方は死ぬわ」
少女の瞳に宿る光は、それが決して偽りでは無い事を示している。そして此方が断れば彼女は、自分が死ぬと解っていて尚、確実にそれを実行するだろう。
「何故そこまでして……」
「ようやく私達と貴方達の共存が再び見え始めてきた。貴方達の世界の全てが私達と戦争をしている訳ではないの。……まだ一部だけど」
「死霊と共存している人々がいる!?」
信じられなかった。
けれど、少女は強く頷いた。
「そして貴方のもつ能力は、私達の女王が持つ力と同質のもの。それを生身の肉体を持つ貴方が持っている事は私達にとって脅威であると同時に希望でもあるのよ」
「意味が分からない」
彼女の言う事を自分が理解するためには情報が少なすぎた。そしてそれを知り理解するためには膨大な時間を必要とすることが容易に想像できる。あまりに自分は知らなすぎるのだ。敵を、そして今の世界の現状を。
「少し……いや、長い時間を貰っても良いか……?」
「え?」
「旅をしたい」
「貴方は何を言っているの?」
少女が訝し気に此方を見上げた。
「俺はレジスタンスしか知らない。幼いころに拾われて以来そこで育ったからな。もっと広い視野が欲しいんだ。答えを出すには、俺はあまりに何も知らな過ぎる」
暫くの間。その静寂が妙に重苦しく感じる。
やがて少女は諦めたように口を開いた。
「いいわ。貴方が『それが必要』と言うのなら、私は何処までも付き合うしかない」
そう言って少女は掴んでいた手を離した。ようやく解放された左の手の平に残ってしまった彼女の胸の感触を、どう処理して良いか分からず自分の手を見つめる。
「何? 欲情したの?」
唐突に浴びせられたその言葉に、強い羞恥心を伴った混乱を感じ、
「いや……決してそんな事は……」
と慌てて答える。
「そう、それはそれで心外だわ」
「その、すまない」
整った顔を歪め、あまりに深い溜め息をついた少女に、非常に申し訳ない気分になってしまう。
少女は控えめに言っても、自分が今まで出会ったどの女性よりも美しい。まして彼女は身体に張り付くようなデザインの衣服を身に着けているのだ。欲情しなかったと言えば嘘になるに違いない。
そう思うと急激に魅力的な曲線を描く少女の身体が否応なく意識されてしまう。
「そう、ならもう一度訊くわ。欲情したの?」
「その……実は……」
「変態」
「なっ!?」
全く想像もしなかった言葉に思わず情けない声がもれた。
「でも、だとするなら貴方の欲望に応えて上げても構わない。もちろん条件は即刻、こちら側に来ることだけど」
そう言って恥らうように此方から視線をそらした少女に、激しく頭が混乱する。
「ええっ!?」
思わず上がった悲鳴に、少女の瞳が此方を蔑むかのように細められた。
「冗談よ。期待した?」
「お前、大分性格ひんまがってんな」
「失礼ね。貴方が旅をしたいなんて言い出すものだから、これから長い間二人きりになるにあたって少しくらい和ませておいても良いと思ったの。貴方に取り込まれた私は、貴方から離れることは出来ないのだから、いっその事、肉体関係を結んでしまって恋人になる方が楽しいのかもしれない。それくらいの希望も持ったら駄目だって言うの?」
「本気で言ってるのか!?」
「冗談よ。期待した?」
意図せず深いため息が出た。頭がクラクラしてくる。
「お前、ひょっとして怒ってないか?」
「気のせいよ。気にしないで」
再び深い溜め息を吐く。どうやら旅をするにあたって、少なくとも暫くは退屈しなさそうだ。