11 どうやら謎の美少女は上官の顔に落書きをするようです
1
男が大剣を構え、僅かに体勢を低くした次の瞬間、世界を呪うかの如き凄まじい咆哮が空間を振動させた。
男の咆哮に呼応するかのように大剣から高エネルギー粒子の炎が吹き上がる。
先ほどまでの男のイメージとは程遠い。その瞳はそれ自体が禍々しいまでの赤い光を宿して見開かれ、犬歯を剥き出して噛み締められた口は野獣の如き印象を受ける。
男が更に体勢を低くするのと同時だった。まるで何かが爆発したかのような衝撃が走り抜ける。
地にクレーターを残し、ほぼ水平方向に跳躍する男。猛烈な突進だった。
そのあまりの速度に男の装甲ジャケットが一瞬にして赤熱する。
引き絞られた大剣が、砲弾の如き勢いで突き出され、それがシールドに干渉して凄まじいまでの衝撃波が発生した。
男の剣はそれでも止まらない。一瞬にしてシールドの内側に潜り込んできた切っ先。それを剣化した右腕で受け流すべく合わせる。その瞬間、右腕に伝わったとんでもない衝撃。だが、これを受け流し切れば、突進を仕掛けた男には大きな隙が出来るはずだ。
そして内側に潜り込もうとする圧力に耐えきり、受け流し切ることに成功する。
そこから直ぐ様、攻撃に転じようとした刹那、視界に広がったあり得ない光景に目を見開いた。眼前に突き付けられた銃口。
それが悍ましい程の帯電光を迸らせている。
咄嗟の判断で銃身を掴み上げた直後、左腕が爆発したのではないかと錯覚するほどの衝撃が走り抜け、放たれた弾丸が頭上に抜けた。
――これを躱すか。やるな。アイリス、少し本気になっても良いか?――
頭の中に男の声が響き渡った。
――ええ、存分に。こちらも本気で行くわ――
距離を取った男の大剣に宿る光が爆発的に増した。更に左手に握られた大型ハンドガンが凄まじいまでの帯電光をまき散らす。こちらへと真っ直ぐに向けられた銃口。
――無制限情報リンク、開始――
アイリスの思考伝達が伝わると共に、脳に雷が直撃したかの様な衝撃が走った。
膨大な戦闘支援情報が頭へと雪崩れ込んでくる。デメニギスを狩った時の超感覚がリアルに思い出された。
脳内に投影された演算による多重未来予測、それにより複数の未来が見える。あとは都合の良い未来を呼び寄せれば良いだけだ。
が、その見えた複数の未来の共通項に動揺する。
――これは……いや、でも知ってしまったからには――
異様にクリアになった思考の中で、戦闘とは全く違うことを悩み始めた。
そして。
2
――何故、こうなった?――
目の前では地面が派手に陥没し、その中心に男があまりに情けない姿で沈んでいた。
――まさかの圧勝……ってより、副隊長が自爆したように見えたんだけど、貴方何したの?――
――いや、副隊長殿にこれから起こるよろしく無い未来が見えたから、警告のつもりでそのまま転送したんだが――
――それってどんな未来?――
――もう、手遅れだ。これから起きる――
そう思考伝達を送った直後だった。
空間に巨大なウィンドウが唐突に開く。
「貴様は何をやっている!?」
響き渡る女性の叫ぶかのような罵声。
「あ、隊長だわ」
アイリスがウィンドウを見つめボソりと呟いた。
クレーターの中で男が飛び起きる。そしてその場に正座した。まるで親に怒られる子供である。
「いや、これはあの……」
「ほう、心当たりがあるのか?」
ウィンドウ内では銀髪の女性が、瞳に明らかな殺意を滾らせワナワナと震えていた。
「いや……」
ウィンドウの中に更に、別の女性が割り込んだ。シルバーブルーの髪が特徴的な女性だ。
「陛下……」
アイリスが呆然と呟き、恭しく片膝を突く。
「あのね? 王帝宮に今また別のお客さんが来てるよ? 可愛らしい女の子。他に行くところが無いんだって。それでね、その子『貴方が責任とって一生傍にいるって誓ってくれた』って言ってるんだけど。これ、どういう事かなぁ?」
「いや、ちょっと待て、それは誤解だって。確かに責任は取ると言った。けど、それは――」
「うん、分かった。取りあえず直ぐ戻ってきて」
ウィンドウの中で張り付いたような笑みを浮かべるシルバーブルーの髪の少女。その笑顔の裏に秘められた『あまりに恐ろしい何か』がウィンドウ越しに伝わった気がして、当事者で無いにも関わらず、身体がビクリと震えた。
「戻るっ直ぐ戻る! 今すぐ戻ります!」
3
今、トレーラーの荷台に予定に無かった二つの荷物が追加で積まれている。一つは副隊長の専用戦闘義体だ。彼は義体を放棄して死霊達の本土がある月に帰ってしまったらしい。そしてもう一つは、彼が乗っていた大型二輪車だ。
荷台では、抜け殻とでも言うべき副隊長の専用戦闘義体の顔に少年たちが落書きを始めていた。
「それにしても、直接戦闘に必要ない未来予測演算までさせるって、どれだけのリンク深度と情報流入キャパもってるのよ、貴方は。『因子保持者』の能力って常識外だわ。本当に。陛下にしてもそうだけど。ますます惚れたわ」
腕に絡みついてくるアイリス。
「副隊長殿って、女癖悪いのか?」
「女癖が悪いって言うより、無自覚女ったらしね。おまけに超が付く程鈍感だからタチが悪い」
「なるほど、それであの反応か……」
ウィンドウの中で隊長と呼ばれた女性が怒りを露わにワナワナと震えていた事を思い出す。
「副隊長のこの先の未来なら、演算予測なんてなくても分かるわ。今頃きっと隊長の回し蹴りが顔面にヒットしてるころよ」
「それは、何と言うか……副隊長殿も大変だな」
「自業自得よ」
そう言って、アイリスは自らも副隊長の顔に落書きを始めた。
「それは、そうと一つ確認したいんだが、ウィンドウに映っていた青い髪の子」
「陛下のこと?」
「やっぱり、あの子が女王なのか」
「そうよ」
「ちょっと待て、副隊長は普通の人間だって言っていたよな? 今更だけど、それが女王直属の部隊で副隊長やってるのか?」
「そうだけど? 現実世界出身の純粋な人間。『アクセス者』の部類に入るわね。厳密に言えば少し違うのだけど」
その事実に愕然となる。
「そんな事があり得るのか……」
「あり得たんだから仕方ないでしょう? そういう女王が即位したからこそ、色々変わり始めてる」
「なる程な」
「て言うか貴方の事も副隊長が推薦したいって言ってたじゃない」
少しわかった気がした。
アイリスが意味深な表情を浮かべて、顔を近づけてくる。
「まぁ、私としては推薦より貴方が志願してくれた方が嬉しいのだけど。貴方がフロンティアに渡る決意をしたって事になるだろうから」
――そこにオチる訳か……――
――私の立場を考えれば当然の望みだと思うけど?――
漏れてしまった思考にアイリスが何時ものように反応する。
その何時ものやり取りに何となく笑みが零れた。




