1 追放された挙句に人間爆弾にされました
1
「悪いが、貴様には今日で部隊を抜けてもらう」
隊長の言葉に耳を疑う。
「……え?」
酷く掠れた声が自分から漏れた。
「その身体ではもう戦えまい」
隊長の視線が肘から下を失った右腕へと注がれるのが分かる。
けれど、
――俺はまだ戦える。
戦えるのだ。
「いえ、私はまだ戦えます! 無くした腕は駆動義手を付ければ何とかなるはずです! 現にフレイだって――」
そこまで出た言葉は、唐突に響き渡った衝撃音により途切れてしまう。見ればフレイが壁に義手を叩きつけていた。
「何でお前なんかに駆動義手なんて貴重品やらなきゃならねぇんだよ!? 俺と一緒にするな! 黙って受け入れろよ。隊長に感謝してな。名誉の負傷によって除隊なんて、役立たずのお前には勿体無いくらいの大義名分だろ?」
そのあまりの言いように唖然と目を見開く。
「そんな言い方っ! 俺だって一生懸命――」
「司令のお気に入りだか何だか知らねぇが、蒼い顔しながら時折頭抑えてギリギリで戦ってるお前を見てるとイライラするんだよ。今までどんだけ足引っ張って来たと思ってんだ!? お前が居なかったら、俺等の部隊はもっと早く『精鋭部隊』と呼ばれていたはずだ」
「そういう事だ。私も含め貴様を仲間だと思っている者はいない」
静かにそう言った隊長の言葉に、全身が激しい拒否感に震えた。救いを求めるように他の仲間へと視線を送る。けれど、そこにあったのは、此方を小馬鹿にするような仲間達の視線でしかなかった。
「そんな……」
何かが自分の中でバラバラに崩れて行くのを感じる。
「だが、まだ戦えると言った心意気は買ってやる。私の慈悲深さに感謝しろ。貴様には最後の晴れ舞台を用意してやった。次の敵捕虜収容所に対する奇襲作戦。貴様には最も重要な任務をくれてやる」
「……その任務とは?」
「敵捕虜収容所内での自爆だ」
「なっ!?」
「名誉の負傷による除隊、そして名誉ある死。おまけに2階級特進付きだ。なぁ、私は慈悲深いだろう?」
「……」
「まさか、嫌だとか言い出さねぇだろうな? お前が生きてると馬鹿司令が『車椅子使ってでもお前を連れていけ』とか言い出しかねねぇ。そしたらこっちが死んじまう。だからお前は俺等の為に死んでくれってこった。今までお前のおかげで散々死にかけて来たんだから当然だろ? まだ戦いたいってなら最期ぐらい役に立ってみせろ」
「そう言う事だ。優秀な私はお前が『まだ戦いたい』と言う事を予想していた。だからこうして、既に貴様の意志を尊重する命令書を得ている。司令が偶然にも不在だったからな、わざわざ本部に掛け合ってやった私に感謝しろ。負傷兵の生体爆雷志願にエリア統括は目を潤ませていたぞ。……命令に背くことが何を意味するかは分かっているな?」
「……はい」
悔しさに涙がにじむ。
「よろしい。本日付で我が分隊、決死隊への異動を命じる。隊と言っても貴様一人だがな」
「……」
「敬礼はどうした?」
「……え?」
「返事はどうしたと言っているんだ! 敬礼して『イエッサー!』だろ! 最後くらいきびきび動け! のろま!」
「イエッサー!」
「言っとくが体内に生体爆雷を埋め込む手術は痛いぞ? この施設には麻酔なんてものはないからな」
2
敵捕虜収容施設から2Kmほど離れた地点。廃墟と化した旧世界の市街地。
まるでゴミの様に自分はここに捨てられた。
――名誉の負傷?
違う。
自分は仲間の投げそこなった手榴弾の為に負傷したのだ。それに対する謝罪の言葉は遂に無かった。今思えばあれが本当に事故だったのかも怪しい。
生体爆雷を埋め込む手術室へと運ばれる自分を見る彼等の顔に浮かんだ薄ら笑いが鮮明に思い出された。
「クソ!」
そう吐き捨てた瞬間、自身を襲った激しい痛みに悶える。
生体爆雷を埋め込んだ後、雑に縫合された傷口から血が滲み出ていた。
油汗が全身から吹き出し止まらない。自分が死に向かっている事を否応無く実感した。
投降兵を装った敵施設内での自爆。それは今や最も行われている戦術だった。
世界は、『死霊』と呼ばれる人知を超える機械生命体の襲来により崩壊し、秩序と文明の全てを失った。戦争の勝敗は決したのだ。
残された人類はゲリラ戦を展開していくこととなる。生産能力の大半を失った人類にとって、限られた施設でも製造できる炸薬を体内に抱えての自爆戦術は、下手に貴重な兵器を使用するよりも遥かに戦果に繋がる戦術なのだ。
自分とてその覚悟が無い訳ではない。けど、これはあまりにもと感じた。
自分一人が敵施設内で自爆したところで、敵が混乱する程の影響が出ると思えない。体内に埋め込める爆薬の量などたかが知れているのだ。最低でも十数人規模で行なわなければ意味が無い。
自分が自爆しようがしまいが今回の作戦には一切影響が出ないだろう。
思えばガキのころにレジスタンスに拾われて以来、戦争しか知らない人生だった。楽しい事など今までに一つも無かった。
「こんな終わり方……クソっ死にたくない、死にたくない!」
掠れた嗚咽混じりの声が自分から漏れる。
次の瞬間だった。頭が割れるような激しい頭痛に襲われた。
――来た……
この頭痛は敵が近くに居る時に必ず起きる現象。まるで頭の中で誰かが喚き散らしてるように煩い。意識が掻き乱され、集中力の一切を失う。
この現象のせいで今まで真面目に戦ってこれなかった。でもこの現象のおかげで仲間の窮地を救ってきた……つもりでいた。
――ここに居る誰もが貴様を仲間だと思ってはいない。
その言葉が呪いの如く頭に響き渡る。
近づいてくる独特の駆動音。瓦礫をかき分け、ついにヒトの十数倍はあろうかという敵の巨体が姿を現す。
黒光りする装甲。深海魚にも似た醜悪なフォルムの胴体の至る所で、赤い光を放つセンサー群が生物の眼球の如く獲物を追って動き回る。下方に突き出た複数の脚部は昆虫のそれに似て鋭い先端を持ち、後方には死霊共の兵器に共通する特徴である長い触手を不気味にうねらせていた。
そんな化け物が10数体も姿を現したのだ。
何かがおかしいと感じた。たかが一体の生体反応を収容しに来たにしては敵の数が多すぎる。それは狩りに来たとしていたとしても同じだった。
さらに違和感を感じたのは敵の中に今まで見たことも無いタイプのものが混じっていた事だ。他の奴に比べ倍以上のサイズがある。そして何よりも特徴的なのがそいつの周りだけ不自然に空間が歪んで見えるのだ。
敵の新型を目撃したとの情報を持ち帰ったら、それは部隊にとって有益な情報になっただろうか。
だが、最早そんな事はどうでも良い。自分には関係の無い事だ。
動かない身体に鞭を打って両腕を上げてみせる。その行為が『降伏を意味すること』をこの得体の知れない敵が知っているのかすら分からない。
次の瞬間、新型から猛烈な勢いで触手が突き出された。それが首に巻き付き宙吊りにされる。どうやらこいつらは自分を生かして収容する気は無いらしい。
あまりの息苦しさに身を悶えさせる。
――これじゃ。まったくの犬死じゃねぇか……クソッ……
そう頭の中で呟いた次の瞬間、猛烈な虚しさと拒否感に襲われた。
――死にたくない! 死にたくない!
これほどまでに無意味な死があって良いはずがない。これでは自分の人生が何だったのかすらも分からない。
――死にたくない! 死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!
頭痛が激しくなっていく。拒否感で満たされた頭の中で、喚き散らす『自分の思考ではない何かの』声がさらに激しくなって行く。
敵の触手がビクリと震えた。首に巻き付いていた触手が唐突にほどかれ、身体が地に叩きつけらる。
敵の触手が再び迫る。
――嫌だ死にたくない!
今にも途切れそうな意識の中、再び首に巻き付いた触手を左手で無意識に掴んだ瞬間、その触手を通して大量の何かが自分に流れ込んで来るのを感じた。
身体が熱い。焼けるように熱い。これだけの苦痛の中それを超えて頭痛の方が激しくなっていく。
そして次の瞬間、自分の中で何かが弾けるのを感じた。
3
強い光を感じる。うっすら目を開けると瓦礫の間から差し込んだ陽光が辺りを照らし出していた。
――まだ、生きてる?
少し体に力を入れると、まるで先までの苦痛が嘘のように反応した。ゆっくりと上半身を起こす。周りの状況を確認するべく辺りを見渡して唖然とした。
そこにあったのは大量の敵の残骸だった。まるで高熱源を持つ何かに切り裂かれたが如く溶融面を晒し、ばらばらに散らばった残骸。それらは断面で時折激しいスパークを起こし電光を迸らせ、そこから流れ出たのであろう大量の赤い流体液が地面を染め上げていた。
「……何が起きた……?」
「貴方が全部やったのよ」
唐突に聞こえた声にビクリと身体が震えた。本能的に身構えながら声のした方に視線を向ける。
そこには見慣れない服装をした女がいた。身体に張り付くようなデザインの黒一色の衣服。年齢は16、17と言ったところだろうか。
腰まで届く程に伸ばされた銀髪と赤い瞳のせいで、何処か現実離れして妖精の様な印象を受ける。
「俺が……全部やった?」
「そう、その右腕でね」
「なっ!? 何だこれ!?」
思わず上がった悲鳴。
手榴弾によって失ったはずの右腕がそこにはあった。だが肘から先が人間のそれではない。しいて例えるなら刀身1.5mは有ろうかという巨大な剣だ。
「随分とレトロな戦い方してたわよ? ひたすら切り刻んでた。狂ったようにね」
「何だこれ!? 何だこれ!?」
あまりの混乱にそれしか出てこない。得体の知れないそれを自分の身体から引き離そうと無暗やたらと振り回す。
少女がスッと近づいてきて振り回していた腕を掴まれた。
その細い腕から想像も出来ないほどに異常な力だ。それによってようやく動きを止めた自分の右腕。
「落ち着いて。まず自分の左手をよく見て。そしたら、それを見ながら同じように自分の右手の形を強く意識してみて。そう、それでいい」
巨大な剣のようだったそれが見る間に形を変えて行く。そしてそれは腕としてあるべき形へ変化した。だが色だけは鈍い金属光沢を放つ黒色のままだ。そして手の甲に当たる部分には蒼く光る宝石の様な結晶が埋め込まれていた。
「色はどうにもならないの。ごめんね」
「これは一体……?」
「力よ。世界の流れを変える程のね。まぁ、言っても分からないだろうから、その力の一部だけ解放して試してみる?」
少女がそう言った瞬間だった。腕が自分の意志とは無関係に持ち上がる。
「え? ええぇ!?」
強い混乱から渾身の意志を振り絞り勝手に動こうとする腕を抑え込もうと試みる。
「お願いだから抵抗しないで。狙いが外れたら大変な事になる。そうね……取りあえず標的はあれでいいわ」
言いながら少女が空を仰ぎ見た。その視線の先を追って空を見た上げた瞬間、あり得ない現象が起きる。視界が異様な速度で空に昇って行く。ヒトの限界を遥かに超えてクローズアップされていく空。やがてそこに不格好な形をした浮遊物が明確に視認できた。
「あれは……?」
「旧世界の大国が打ち上げた人工衛星……ターゲットロック」
少女の声と同時に視界上の衛星に赤いマーキングが浮かび上がる。
「自動追尾開始。反粒子トランスレーター起動。エネルギー供給を開始。対高エネルギー放射線防御フィールド展開」
空を指さすように掲げられた右手。その延長線上の空間が不自然に歪み、黒色のパネルのようなユニットが次々出現し、回転し始めた。その内側に凄まじいまでの光が蓄積されていく。
「超流体コンデンサー内圧力上昇。出力20パーセントで固定。臨界まで10、9、8……」
その光は益々強さを増し、空間そのものが振動しているかの様な凄まじいまでのプレッシャーを感じる。何かとんでも無く嫌な予感がする。
「バキュン」
少女が小さくそう言った瞬間だった。
回転体の中に蓄積されていた光が、フッと消えた。訪れた静寂。何も起きなかった事に妙な落胆を感じ始める刹那、まるで空に太陽がもう一つ現れたが如き強烈な光が辺りを包み込んだ。
真空中に広がったエネルギーの余波が空を揺らしながら駈け抜けて行く。
「なっ!?」
「もし今のが地上で炸裂したなら、半径100Kmに残る物は何もないでしょうね」
「え……? はぁぁぁぁぁぁぁ!?」