教えて、 2-1
「じゃあ、改めて説明しますね」
アカリさんはコーヒーを一口飲んだ後、トートバッグから何枚かの紙を取り出した。
「ボランティアサンタっていうのは、言ってしまえばサンタさんに扮装して、依頼のあった家庭に訪問しプレゼントを渡していくって活動です。プレゼントは予め各家庭の親御さんが準備してくれているし、依頼料は頂いているから交通費とか含めてサンタさん役の人に経済的負担は特に発生しません。まぁボランティアなので金銭的報酬も無いのですが」
アカリさんは机にパンフレットを広げ、慣れた様子で説明を続ける。
「各家庭から頂いた依頼料は全て貧しい国の子供達に寄付されます。この活動の趣旨はサンタさんを信じる子供たちを世界中に増やそうっていうコンセプトなんです」
アカリさんはそこまで言って「ケンさんには賛同して頂けますか?」と悪戯っぽく笑った。
「もちろん」
元々ひねくれた性格だ。チャリティーだったり募金だったりに何となく胡散臭さを感じてしまう俺だったが、何故かボランティアサンタの活動だけはすんなり受け入れることが出来た。嘘なんて微塵もないって事がアカリさんの瞳から伝わってきたからだ。
「あぁー良かった! じゃあここからが本題なんですけど、ケンさんも無理だと思ったら言って下さいね」
「無理?」
俺が聞き返すと同時に、アカリさんはもう一枚の紙を机の上に広げた。『サンタとは?』と題されたその紙にはサンタに関する情報が所狭しと書かれていた。
「私達はサンタを信じる子供達を増やすことを本気の目的にしてるので、半端なサンタさんは許されないんです」
そう言うアカリさんの目はいわゆるマジだった。
アカリさんは資料を指さしながらまくしたてるように話し始めた。
「サンタクロースは聖ニコラウスがモデルって言われてて……ってまぁこの辺りは常識ですよね。飛ばしましょう」にべもない口調で話す。ちなみに俺はサンタのモデルなんて知らなかった。
「フィンランドには公認サンタ協会っていうのがあって、私達のサンタもその教会のイメージに則って作られているんです。例えば衣装はいわゆるコスプレみたいなペラペラの生地じゃなくて、本当の服みたいな衣装を用意してるし、ヒゲも特別にもじゃもじゃの物をつけます。ほらこれ。皮膚弱い人はかぶれたりするんですけど、ケンさんは大丈夫ですか?」アカリさんはスマホで去年のボランティアサンタ参加者の実際に皮膚がかぶれている写真を見せてきた。
「DMでも説明した研修っていうのはいわゆる演技指導のことです。例えば当日、綿を詰めたプレゼント袋を背負ってもらうんですけど、ケンさんはその袋を床からどうやって担ぎます? ……あぁ~残念。その袋は本当ならプレゼントが沢山詰まったとっても重い袋のはずですよね? だから背負い直す時とかは、ヒョイって持つんじゃなくて……こうやって……足を踏ん張って、グッと腰で持ち上げるような演技が必要なんです」アカリさんは話しながら自分のトートバッグをプレゼント袋に見立て実践して見せてくれた。
「当日はサンタとトナカイ役の2人で活動してもらうんですけど、周りに人がいる時は私語は厳禁ですよ。わざとサンタさんらしい会話をして下さいね。例えば『今年の日本は寒いなぁ』ってサンタが呟いたらトナカイは『フィンランドよりはマシでしょサンタのおじさん』とか返しますから、そしたらサンタさんは『そうだな。ホッホッホウ!!』ってお腹を抱えて笑って貰います。あっ、これ研修会でちゃんと練習しますから安心してください」そう言ってアカリさんはグッと胸を張る。
アカリさんの怒涛の剣幕にやがて周りの席の人が気付きクスクスと笑い始めた。
それでもなお席を立ち話し続けようとするアカリさんの様子に、思わず俺は「アカリさん。アカリさん……!」と囁き、アカリさんの手の甲を何度か軽く叩いた。
アカリさんはふと我に返ったように話を止めたあと「あははっ、ごめんなさい。恥ずかしかった?」と俺に聞いてきた。
アカリさんはまるであっけからんとした表情を浮かべていた。
言われてふと気付く。
あぁ、恥ずかしかったのかな。
何故だろう。俺は少しだけ惨めな気持ちになった。